第19話A 沸き立つ既視感、そして染みついた教え
駐車場の車まで戻ってきた一同は、車に乗り込んだ。出かけて、およそ二時間ばかりの時間が経っていて、車内はだいぶ熱がこもっていた。
「エリアス、半分進んだら交代してくれない?さすがに私一人で5時間運転し続けるの、辛いんだけど……。あなた運転できるでしょ?」
シートベルトを締めながらソフィアは、助手席に座り、同じくシートベルトを締めようとしていたエリアスに声をかけた。
「運転はできるけど⋯⋯国際免許の切り替えやってないから、ダメだよ」
ずいぶんと無茶なことを言われていると感じて、エリアスは思わずシートベルトを持った手の動きを止めた。眉間に少しだけ、しわを寄せながらエリアスはソフィア見ている。しかし、ソフィアはまるで、想定通りの受け答えだと言わんばかりに、自信たっぷりの様子をにじませ、口角をにやりと釣り上げた。
「それ、こっちで裏から手を回して対応済み。問題ないでしょう?」
得意げな顔で。ソフィアは王手をかけた。
「……なるほど。それなら断る理由はないね」
エリアスはすっきりとした表情で承諾した。それを聞いて与作が後部座席から乗り出してきた。
「あれ、じゃあ俺も運転できるのか? 日本の免許持ってるけど」
そういう与作の目は若干輝いている。これだけ広大な大地のドライブなど、日本の中ではまず体験できまい。後部座席で感じるドライブも悪くはなかったが、ここはぜひとも自分の手で運転してみたい。と期待する気持ちが湧いて出てきていた。
「あんたは、ダメ。『日野陽介』の偽装で手一杯だったのよ。国際免許になってない」
与作の期待はあっさりと撃沈した。
「ちぇっ。ガキの頃から、じいちゃんの畑の中で軽トラ動かしてた成果を、お披露目するチャンスだったんだけどなー」
「そんなの、狭い私有地の中の話じゃないの。時速100キロオーバーで公道走り続けるのよ? 手続きが通ってたとしてもお断り。おとなしく座ってなさい」
ソフィアはしっしと手を振り、はしゃぐ与作に着席を促した。
「はいはい、分かりましたよ」
若干、ふてくされたような顔をしてみたが、実際、ソフィアの言う通りで反論の余地もない。大学進学の直前、免許取得のために、地元の教習所の短期集中コースへ足しげく通ったが、隣に座っていた指導員はたいてい渋い顔をしていた。――どうも、俺のドライビングテクニックは華麗さが度を越しているらしい……。
大人しく引き下がって、後部座席に身を沈めた。
「まぁ、これだけ景色がいいと、運転してみたくはなるよね。気持ちはわかるよ。」
ソフィアに窘められる与作を見て、笑いながらエリアスがフォローを入れた。
「ちょっとぉ⋯⋯お遊びドライブじゃないのよ。気合入れて運転してちょうだい」
「はは、了解したよ、班長さん」
エリアスはシートベルトをしっかりと締めた。
空はどこまでも青く、地平まで赤土の大地が広がっていた。視認性の良い明るい緑のペイントに、白い英字で描かれた案内標識。主要観光地の近くのせいなのか、人口密度が低いオーストラリアとはいえ、行き交う車もちらほら見える。どれも車格が大きく、日本ではあまり見かけないタイプの車ばかりだ。
――なのに、与作にはなぜか拭えない既視感があった。
「……なんか、この道路の風景、日本じゃないのに、日本っぽくね?」
そうつぶやくと、助手席のエリアスと、隣に座る時子が不思議そうに顔を向けた。
ソフィアはハンドルを握ったまま、進行方向から視線を外さず、ふっと笑った。
「……ああ、それね。この国、イギリスに倣って左側通行だし、しかも日本車ばっか走ってるしね。そのせいじゃない?」
与作は今一度、やってくる対向車にしばらく意識を張り巡らせた。言われてみれば、前をすれ違っていく車のエンブレムは、トヨタ、マツダ、スバル——見慣れたメーカーのものばかりだ。
与作は納得して、思わず「なるほどな……」と漏らした。
「……ていうか、エリアス、エアコンもっと効かせられない? 暑いんだけど……」
ハンドルから左手を離して、ソフィアはパタパタと仰いでアピールした。
「僕はちょうどいいんだけどな。これより強いと凍えてしまうよ……」
エリアスが、若干の苦笑をにじませつつ答えた。
「私も、ちょうどいいかな」
時子は、静かに答えた。
「俺も全然問題ない」
与作は、両手を伸ばして、大きく伸びをしながら答えた。
「えー、私だけぇ?」
ハンドルを握りながら、ソフィアは己の劣勢を知り、少しばかりオーバーな口調で騒いでみせた。一連のコントのような、よく出来た流れの果てにソフィアが騒いでみせたので、後部座席の時子は、「くすっ⋯⋯」ととても小さく笑った。
◆◇◆◇◆あとがき◆◇◆◇◆
ムチソウ開発室―無知との遭遇、制作裏話
本エピソードの中で、与作がぽろっと漏らした道路風景の感想。これ、作者のリアル経験から来る感想です。実際に見たのはブリスベン周辺での風景の話なので、実際ウルル周辺ならどうなのよって、若干の整合性懸念は残っていたのですが、オーストラリアが舞台になった以上、この感覚はどうしても入れてみたい! と、いうことで入った内容だったりします。




