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第18話 高い壁、そして1羽のはばたき

 ソフィアに叩かれた背中の痛みをジンジンと感じる。与作は再び、目の前にそびえる岩壁の上へ、目線を押し上げた。


「で、どうするよ。この、でっけえ岩の上に登らないと、答えは分からねえよな……」

 あいも変わらず、錆色の岩壁が切り取った空は青く、目の奥を少しつつくような眩しさを覚える。

「……そうね。……しかし、どうしたものかしらね」

 ソフィアはおもむろに空に手を伸ばしてみた。しかし、そうしたところで、その岩の頂にその手が届くことはない⋯⋯。若干の歯がゆさすら覚える。

「ここ、ウルルはこの国の先住民族『アボリジニ』の聖地とされていて、観光登山は禁じられているわけ」

 来握りこぶしから親指だけを立て、来た道の方向に背を向けながら、くいくいと肩越しに指し示した。

「駐車場のところの登山口が封鎖されてたの、見たでしょ? あれって、そういう理由からよ」

「さっきの警察官を追い払ったみたいにさ、『アンダート条約』の何かで片づかないのかよ」

 与作が先の問題のまさに発端だった黒い袋をこれ見よがしに掲げた。もはや話が、出来すぎているくらいの感覚を覚えている。 


 ――なんだかんだとこの岩にも登れちまうんじゃないか⋯⋯。


 しかし、ソフィアは与作の意図に反して、渋い顔をしたままだった。

「これも結局法律の問題、というか民族信仰の尊重のために、法律的に登山禁止にしてるのよね。民族信仰を踏みにじってまで適用除外できるような法整備はされてないわ……」

 ソフィアはおもむろに胸ポケットにしまったばかりの紋所をつまみ出し、与作の目の前に突きつけた。

「実際、有力な理術士ってアボリジニみたいな各地の民族のシャーマンだったりするんだけど⋯⋯、こういう民族ってアンダートだのフィオナだのって政治的しがらみには関与したがらないのよ。だから、うちの組織を使っての合法的解決は……正直、絶望的ね」

 そう言って、突き出した紋所を、パッと離した。宙に浮いたそれはソフィアの首にかかるストラップを命綱に、ぷらんとバンジージャンプを決め、ソフィアの胸元に戻っていった。 

 

 ソフィアの背後に立っていた1本の樹に、1羽の鳥がスーっと飛んできて、その枝に留まった。グレーの羽毛に映えるオレンジ色のくちばしをしていた。キョロキョロと辺りを見渡すと、時子と目をあわせた。


「……合法的じゃない手段だったら、あるの?」

 時子は口を開いた。与作と、エリアスが、少し驚いた顔をして彼女の方を見た。しかし、時子は至極真面目な顔をしていた。その表情を見て、ソフィアは、「……はぁ」とため息をついた。全く、この子はこういうところ恐れ知らずよね⋯⋯。静かな口調で答え始めた。

「……普通に強行突破。けど、それって国際問題に発展するリスクがあるの。本当にそれしか手段が無いんだったら考えるけど……」

 まじめな顔をして、表情一つ変えず、必要ならば「非合法な手段でもやむを得ないじゃない」とでも言わんばかりに、整然としている時子の前に、ソフィアは立った。そして人差し指で彼女の胸元をツンとさした。

「……今回の建前は急を要する『災害鎮圧』じゃなくて『調査案件』なわけ。上も動かないし、私たちの身柄も危うくなるわよ」


 エリアスは、少し考え込んでいた。……すると、UN-DERTの会議室でソフィアから説明を受けた、ある言葉が記憶の中から立ち上ってきた。

「……フィオナは前身が『人文科学の学術ネットワーク』って言ってたよね? そのコネとかないのかな?」

 エリアスの言葉を聞いて、ソフィアは、おや? というような顔をした。少しばかり思い当たる顔を思い出してみるが、どれもこれも研究室に籠もって本を読んでいるような学者の顔しか出てこなかった。現地でフィールドワークに勤しむようなインディ・ジョーンズはどうも思い当たらない。


「ねえ、それだったらさ……」と時子は静かに口を挟んだ。


 ……背中のリュックを体の前に持ってきて、中をごそごそと探った。寒暖差対策にしまい込んでいた肩掛けケープが捜索を阻んだ。

(こう暑いんだったら、これはスーツケースに入れておくべきだったかな……)

 柔らかい布地を押しのけると堅い感触が指先にこつんと当たった。


「あった」


 時子はそれを掴み、外に引っ張り出した。複数の点描で描かれた円の文様が2つ。全体的に黄色の塗料をペッタリと塗られ、円から伸びた点の連なった線が、X線透過されたようなカンガルーの絵図に繋がっている——木製のブーメランだった。

「これ、昔、久作先生に渡されて、『お守り』代わりにずっと持ってたんだけど……。確か、アボリジニの人たちにもらったって……」

 それを聞いて、与作が頭を掻きながら言った。幼少の頃、憎たらしくにっかりと笑って、自分の頭をわしゃわしゃと撫でてきた父親の顔が浮かんだ。

「……確か『ヤクチャラ族』。クソ親父のやつ、そう言ってた。……俺も覚えてる。あいつ、その部族の誰かと面識があったはずだ」


 ――ああ、いたわね。インディ・ジョーンズより無茶苦茶なのが……。


 ソフィアはスマートフォンを取り出し、すぐさま検索を始めた。すこし指を忙しく動かし続けると、ぴたりと止まる瞬間がやってきた。

「――『ヤクチャラ族』。オーストラリア中央部のアリススプリングス周辺に居住してる部族ね……。ここから、車で5時間ほど、ってところかしら」

 それを聞いて、エリアスが少し眉をひそめた。

「……5時間か。それは、なかなか長距離ドライブになるね……」

 じわり、汗粒が頬を伝う感触を覚えた。きっと広大な赤土の大地の真ん中を貫く道路を延々と走る続けることになることは、想像に難くなかった。


「……まぁ、ほかに手がかりねえしよ、行って情報収集してみねえか?」

 与作が、あっさりとした調子で一言放った。


 背後の樹木の枝に留まっていた鳥がパタパタと飛び立った。思わず飛び立ったそれの鮮やかなオレンジのくちばしに時子は気を取られて、無意識に目線で追った。   

 ――はっと気づいて3人の方に目を向けると、各々が覚悟を決めたような表情をしていた。既にその場の空気は一つにまとまっていた。


「それじゃ、長距離ドライブ、張り切って行きますか……」


 ソフィアは結論を述べた。


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