黒縄地獄
私を助けてくれた糸を辿り森を進む。
行きつく先には、一体の巨大な蜘蛛がいた。
脚は艶のある黒。
身体には赤い模様。
そして、胴体の上部からは、女の子の上半身が生えていた。
白く透き通る肌。
艶やかな黒髪。
口元には小さな牙。
そして、手が六本もある。
「ようこそ、恩人さん」
蜘蛛の娘はにっこりと笑っていた。
笑っているのに、なぜか背筋がひんやりする。
「えっと……もしかして、君は……」
「そう、あなたが逃がしてくれた女郎蜘蛛よ」
そう言うと、彼女はぺこりとお辞儀をした。
「その節はお世話になりました、とっても嬉しかった」
「こちらこそ、助けてくれてありがとう」
人助け、ならぬ蜘蛛助けはしておくものである。
だが彼女は、首を傾げてこう言った。
「助けてないよ?」
「……え?」
意味がわからなかった。
今、なんと言った?
「貴女はここで──私たちに責められるの」
その瞬間、木々の間から糸が伸びた。
「ちょ、ちょっと待っ──んっ!」
全身に冷たい感触が絡みつき、腕、脚、腰、喉元まで、あっという間に縛られていた。
まるで蜘蛛の糸ではなく、生き物そのもののようだった。
身動きが取れない。
木の影からぞろぞろと、別の蜘蛛娘たちが現れる。
最初の子と比べて、やや小柄。
だが全員、上半身は人間の少女で、下半身は黒光りする蜘蛛の脚。
「え、え、待って、この子達を助けた覚えはないんだけど」
慌てて言うと、最初の蜘蛛娘が言った。
「この子たちは、私の娘。
だから──あなたが私を助けたことは、間接的に彼女たちも助けたことになるの」
「なるほど」
「助けられたら、責めるのが筋でしょう?」
「助けたら感謝するのが普通じゃないの? 」
「人間の世界ではそうかもしれないけど、ここは地獄だもの」
再び糸がぴん、と唸る音を立てた。
六本の手がすうっと私の顔に近づいてくる。
言葉では通じなかった。
私は理解した。
ここでは理屈も、倫理も、常識も通用しない。
「相手への思い」は全て罰となって降り注ぐのだ。
そして私は今、その真ん中に完璧に絡め取られている。