蜘蛛の糸
そんな私の前に、細い糸が降りてきた。
銀のような、でもどこか生き物めいた柔らかさのある糸。
見上げると、それは縦穴の遥か上。
見えないほどの高所から垂れていた。
誰かが降ろしてくれたものかもしれない。
あるいは偶然か、奇跡か。
深く考えるより先に、私はその糸を掴んでいた。
見た目に反して、糸は想像以上に強靭だった。
私の体重など気にも留めないほど、びくともしない。
「……登れるかもしれない」
そう思った瞬間、誰かの手がお尻を撫でた。
「ひんっ……!」
間抜けな声が漏れた。
けど、もう気持ちいいのは怖い。
優しさの顔をした圧が、何よりも怖い。
私は迷わず糸を登り始めた。
下から声がする。
「どこ行くの?」
「寂しいよ?」
それでも構わず、腕に力を込めて上へ、上へ。
すぐに、服の裾がぎゅっと掴まれた。
「やめ──あっ」
ビリビリッと布が裂ける音がした。
制服の背中が破れ、スカートも引き裂かれた。
かろうじて肌着だけは無事だったが、風が直接肌を撫でてくる。
「……恥ずかしい……けど、登るしかない」
ようやく、彼女たちの手が届かない高さまで登りきった。
ふと、下を覗き込むと。
女の子たちが、同じ糸を登り始めていた。
「……」
ほんの一瞬、迷いが胸をよぎる。
この糸、もしかしたら彼女たちも救える道なのかもしれない。
だって、私のせいで地獄に来たのだとしたら責任は取らないといけない。
それなら、連れて行ってあげたい。
だから私は、止めなかった。
ただ一つ心配があるとすれば──この糸が何人分も支えられるかどうかだ。
揺れる糸。キリキリと、軋む音。
でももし、途中で切れてしまったら?
「……まあ、落ちたらまた別の脱出方法を考えよう。たぶん時間は無限にあるし」
そして、長い時間をかけて。
私は上までたどり着いた。
光に目が慣れると、そこは深い森だった。
木々の間、蜘蛛の巣が枝から枝へと渡され、空気にぬるりとした湿度が漂っている。
その中心、朽ちた木の傍に打ち込まれた木札に。
こう書かれていた。
『黒縄地獄』
「……うん?」
汗が頬を伝った。
これは、また別の「地獄」が待っているということだろうか。
遠くから、女の子たちの楽しげな声が響く。
「……こっちはこっちで、厄介そうだなあ」