地獄の界隈ではこれが常識
私は、群れに呑まれた。
誰かの指が腕に触れた。誰かの髪が頬に落ちた。誰かの息が耳元をかすめた。
数が多すぎる。
「ちょっと……待って」
何か言おうとしたが、すぐに声を塞がれる。
くすぐったい。重たい。柔らかいものが全方位から押し寄せてくる。
背中に回った腕、膝に絡みついた脚、首筋に触れた唇。
「動けない……」
正確には、「身動き取れない」状態だった。
粘っこい液体の感触が肌にまとわりつく。
さっき足元にあった粘液が、この地獄の空気にまで混ざっているのだろうか。
そう思ったが、それにしては妙に体温がある。
「だめ……一番は私……」
「私だよ……私が先に名前呼ばれたの……」
あちこちから誰かの声がする。懐かしい名前が交錯する。
突然、首筋に軽く痛みを覚えた。ぱち、と音がして、肌が少し吸われた。
「……え、キスされた……?」
思わず、冷静に分析してしまった。
もう片方の肩にも何かが触れる。
今度はざらっと舌の感触。
背中に絡みついた指が、節ごとにうねるように動いている。
まるで蜘蛛のように。
「くすぐったいって……」
そう思った瞬間、今度は耳たぶを挟まれる。
口元に熱が近づき、額に柔らかな重みが重なる。
まるで、誰もが私という存在のひと欠片を欲しがっているようだった。
みんな、友達だった。優しくしてくれた。いつも笑いかけてくれた。
でも今のこれは。
「……ちょっと距離感が、近いんじゃないかな……?」
そう言ったはずなのに、誰も止まらなかった。
私を囲む女の子たちの群れは。
嬉しそうに、幸せそうに、何かを確かめるように触れ続けていた。
友情って、もっとこう──もうちょっとこう──
節度っていうか、ね?と思ったけど、声にはならなかった。
この地獄では、それが「普通の友達づきあい」らしい。




