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残念ですが娘さんは地獄に落ちました

私の部屋に、ある日、蜘蛛が出た。


おそらく、女郎蜘蛛。

そこそこ大きい。

足も長いし、色も鮮やかで、苦手な人なら卒倒してもおかしくないサイズだった。


「……ん」


私は静かにその姿を見つめ、掃除用のモップを手に取る。

潰すためじゃない。

そっと、蜘蛛の前に差し出して、乗るのを待った。

蜘蛛は数秒迷った後、ゆっくりとモップに這い上がった。

私はなるべく振動を与えないように、モップを持ち上げ、ベランダの戸を開ける。


「はい、そっちの方が広いし、安全だよ……たぶん」


蜘蛛はくるりと糸を垂らし、ふわりと空中に降りて、消えていった。

私はそれを見送ると、またソファに戻った。


「私が地獄に落ちたりしたら、恩返ししてね」


そのときは、そんな独り言を漏らしただけだった。




そして、私は死んだ。


思ったよりあっさりだった。

横断歩道で、猫が飛び出して、トラックが止まらなくて、私は庇おうとして。

ぐちゃ、っとはならなかったと思う。

きれいに吹っ飛ばされたから、たぶん。


目を開けると、そこには真っ赤な空間。

そこにすごく綺麗な女の人が座っていた。

その前には、大きな天秤が置かれている。


「死後の審判へようこそ。私は閻魔」


「はい」


「あなたの魂は、清らかでした。特に」


閻魔は手元のタブレットを操作して、私の“善行一覧”をスクロールし始めた。


「蜘蛛を助けた件、素晴らしいですね。殺さずに逃がした人、今年でまだ12人目ですよ」


「……少ないね」


「ということで、天秤は天国行きを指しています、ご希望なら特典付きで異世界へ行くことも……」


説明の途中で──天秤がカタリと揺れた。


「……あれ?」


「……えっ」


閻魔も困惑していた。

その直後、天秤は真逆の方向へすごい勢いで傾いた。

閻魔様が、沙汰を下す。


「地獄、確定」


「はい」


「はい、じゃないが」


確かに「はい」で済ます問題ではないかもしれない。

だから質問してみることにした。


「理由、聞いていいですか?」


「……聞きたいですか?」


「はい」


閻魔は、暫しタブレットをいじり情報を確認する。

そして、映像を再生。

私の葬儀の会場、それと同時多発的に映し出される遺書と記録。


『彼女の笑顔が、生きる希望でした』


『世界から、太陽が消えた』


『死んだほうがましだ』


「……これは、私の友達?」


「二十人、確認されています。全員女性。あなたが死んだからという理由で命を絶ちました」


「……えっと、間接的に私が殺したって事になるのかな」


「愛されすぎてしまった者の業ですね」


「……皆そんなに私に友情を感じてたのか」


「友情というには湿度が高すぎますが」


気がつくと足元の地面が消えていた。


「それでは、お気をつけて」


「はい」


そう言って、私は静かに、赤く揺らめく光の中へと落ちていった。

蜘蛛の糸は、落下する私を助けることはなかった。


しかし、この時の私は気づかなかった。

何十本もの「運命の糸」が、私に絡みついている事に。


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