開業への第六歩目 ~ 『 こわさを感じるとき 』
工事はかなり進んできた。
少しずつ病院の形が出来ていくのがうれしくって、職人さんに渡すジュースとかを持って毎日のように現場に足を運んだ。
でも、邪魔になるといけないから、遠くから見てるだけなんだよね。
そうか、職人さんが帰った夜なら中に入っても邪魔にならないね。
監督さんに、夜に見てもいいか聞いてみた。
いいですよ、の返事。
夜、職人さんが帰ったあと、わくわくどきどきしながら侵入を試みた。
現場の周囲はフェンスで囲ってあり、入り口にはチェーンで鍵がしてある。
監督さんから番号を聞いていたので、クルクルと回しロック解除。敷地内に忍び込む。
どきどき...。
誰かが見てたら、ちょっと怪しげ...。
外回りはすでにサッシまでついていたので、窓からは侵入不可能。正規の入り口に向かう。裏口ね。
ドアノブに手をかける。ちょっと緊張。
そして、回した...。
あれ?
鍵かかってる...。(T-T)
ドアの鍵のことまで聞いてないよぉ....。
施主なのに入れない寂しさ。がっくり。
あきらめて帰ろうと思った時、ふとひらめいた。
きっと職人さんは鍵をいちいち持っていかないはず。
どこかに隠してある。
裏口の辺りを見回してみると、いかにも不自然に置かれたブロック。
吸い寄せられるようにブロックに向かい、それをどけた。
発見~!!
なぜだかちょっと後ろめたさを感じながら、鍵を開ける。
そして、自分の病院に忍び込んだ。
真っ暗...。
持ってきたライトを点ける。
まずは短い廊下。
まだコンクリートむき出しの床。木の切りくずとかがたくさん落ちてる。
壁はまだない。いくつかの柱でかろうじて部屋の区切りが分かる。
廊下に入ってすぐに右側。
メインの入院室。
動物が洗えるような大きなシンクと、洗濯機や乾燥機もここに置くぞ。
左側。
ここは、小さな入院室になるところ。
ネコ専用かな。場合によっては隔離室にも使える。
その隣は、手術室。
そしてその奥に、レントゲン室、暗室。
この辺りはまだ柱もない。床のコンクリートに壁が立つ予定の線がひいてあるだけだね。
廊下に戻ってさらに進むと、診察室。
病院で一番広い部屋。
ライトで周囲を照らす。
木や工具がたくさん置いてある。天井を作ってるところかな。
無理言って、天井を少し高くしてもらったんだ。
これくらいあった方が広く感じる。正解だったね。
部屋の中央には診察台を置いて、こっちの端に処置台のシンクがくる。
壁には作り付けのテーブルと薬品棚。
完成の様子を想像してみる。
窓際の日当たりのいい場所には、ぼーっとコーヒーが飲めるように小さなテーブルを置いてみようかな。
はは...。喫茶コーナーだ。
そして、その反対側の奥には壁で仕切りを設けて、狭いけどわたし専用のスペース。
壁にはテーブルの高さに合わせて明かり取りの小さな窓を2つ設けた。
LANの配線は全てここの壁に集まり、テーブルにはメインとなるマックを置いて病院の中枢となる場所。
床の工具を大きく跨いでさらに進む。
診察室を抜けると、診察室と同じくらいの空間。
受付と待合室だね。
真ん中辺りで、オープンカウンターを置いて仕切られる予定。
受付側の壁にはカルテと薬品の棚がきて、その奥は2階への階段下を利用したストックヤードとした。
次に、2階への階段。
真っ暗だ。
誰かいたらどーしよう...と、ちょっと不安だったり。
ライトで出来るだけ先を確認しながら階段を上った。
2階に出ると、ライトなしでも大丈夫なくらいの明るさだった。
大きな窓があるし、まだ何も仕切られていないからかな。
2階は奥にちょっとだけのプライベートルームをつくって、あとは何もない部屋にしておくつもり。将来、必要に応じて利用出来るようにね。
住居と併設の病院ってのじゃなくって、病院の一角に間借してる感じだね。
まぁ、家族がいるわけじゃないし。
明かりの差し込む南側の窓まで行き、外を見てみる。
足場やシートが邪魔して良く見えないけど、見晴しはいいかも。
でも、夏、あついかなぁ...。
次に、自分の部屋となる場所に行ってみた。
この辺りにテーブルで、こっちにベッド置くかな。
しばらく自分の部屋の家具の配置に想いを巡らしたあと、辿った道筋を戻って外に出た。
そして鍵をして、隠してあった場所に返した。
これが、わたしの病院になるんだ...。
実際に建物の中を見て、2次元の図面だけの世界だったものが3Dで現実味を帯びた。
フェンスの近くまで行き、振り返る。
そして、建物を見上げた...。
それは、星空を背景にした黒く大きな影だった。
ほんとは小さな建物なんだけど、なんだかわたしに覆い被さってくるようなとてつもなく巨大な存在。
急に不安な気持ちが沸き上がってくる。
これでよかったのかな?
わたしにやっていけるのかな?
胃が締め付けられる。
喜びと不安...。
安定しないわたしのこころ。
やっぱり、夜の暗さはよくないな...、そう思った。