第1幕 『高原灯子、開業します!』
「おまえなぁ...」
あきれ顔の石津先生。
だはは...。
そりゃそーだよね。突然やってきたと思ったら、いっこく橋やめちゃった...、だもの。
でも、先生だって、ヒトのこと言えないぞ。
「どーして、開業したんですか?」
いきなりこんなことを聞いてみた。
「他に出来ることないから...」
先生はとぼけてそう言っただけだった。
はぐらかされた感じだけど、でも、確かにそーかも...。
臨床って、つぶしが効かないものね...、
って、納得するなよ。
まぁ、それも理由のひとつだとは思うけど、それだけじゃないはず。隙を見てまた答えを聞き出してやろう。
こじんまりとした石津先生の病院には、ちょっと年配の動物看護師の山田さんがいた。
この山田さん、若い頃に動物看護師の仕事をしていたようで、結婚を機に辞めたけど、子育ても落ち着いたのでまた働こうかなって思っていたところを石津先生にスカウトされたそうだ。どうりでテキパキと動けるはずだ。
上田さんも歳とるとこーなるのかな?なんてちょっと思った。
「せっかく来たんだから、ゆっくりしていけば」という山田さんの言葉を、わたしは勝手に誇大解釈し、そのまま石津先生の病院の手伝いをしながら居座ることにした...ってゆーか、こき使われた。
その間、いっこく橋の時もそうだったように、石津先生の病院での日々の行動を観察させてもらった。
わたしはストーカーか...。
しばらくして、観察の成果が出た。
患者さんと接する石津先生を見ているうちに、先生がどーして開業したのか、そのほんとの理由が少しずつ分かってきたような気がしたのだ。
そして、その理由をあえて言葉にして聞き出すことに、はたして意味があるのか?...なんて思えてきた。
いっこく橋で見ていた先生と、ここで見る先生。
明らかにここでの先生の方が、石津先生らしく思えたんだよね。
なんだか、気兼ねなく生き生きしてる感じ? かな。
そう、自分の病院。
開業するって、こーいうことなのかもしれないな。
そうそう、もうひとつの「なぜ、突然病院を辞めたか」ってことは、結局聞くのをやめた。
だってさ、自分が病院を辞めてみてはじめて分かったんだけど、理由は絶対にひとつだけじゃないもの。単純明快な答なんて出ないよ。
それに、辞める時にはたくさんあった理由も、辞めてしまえばそれと同時になくなってしまうんじゃないかって思えたから。
時が経てば、きっと都合のいい後付けの理由しか浮かんでこないよね。
石津先生に聞きたかったことが自分なりに解決出来て、わたしは満足だった。
ここにやって来た甲斐があったってもんだ!
「で、どーすんの?」
病院に来てから1週間ほど経った頃、今までなんにも聞いてこなかった先生が、もうそろそろいいだろうって感じで聞いてきた。
山田さんが先生の後ろで笑っている。
あはは、ついに来たか...。
もし、ここにやって来てすぐにそう言われてたら、きっとその時には返す答えがなかったと思う。
でもね、今はちゃんと答えられるよ。
先生、グッドタイミング!
そーだね。
答えが出たんだから、
そろそろ、帰んなきゃ...。
「開業することにします」
わたしは自分の気持ちを伝え、石津先生の病院にさよならをした。