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記憶の中のフロット。

作者: 白瀬 粥

雨が降っている。一年前と同じだ。


一年前、僕は記憶を失くした。


僕は猫を庇って事故に遭ったらしい。

一年前、と言っても事故に遭うまでの記憶が一部ぽっかりと抜け落ちている。忘れてる期間すら忘れてるのかな。医師からは「解離性健忘」の中の「系統的健忘」という診断を受けた。何それ。


ここの所、晴れた空を見れていない気がする。

あの雲って名前何だったっけ?と思うくらいには見ていない。

そういえば日差しも浴びていないな。

毎日ベランダでラベンダーと触れ合うあの猫も見かけない。

雨宿りはちゃんと出来ているんだろうか。今はどこで何をしているんだろう。


寝ぼけたまま、コーヒーカップを手に取る。

何故か知らないけど結構気に入っていて、二つ対になる物を購入している。

パンダのコーヒーカップで、取手を横にして並べると手を繋ぐ。

ユニークだけど独り身の僕にはもったいない。


朝食は食べずに珈琲を一杯飲んで仕事に出掛ける。

これが僕の毎朝のルーティーンだ。


苦い。思わず口に出してしまった。

壁掛け時計を見ると、とうに家を出る時間を過ぎてしまっていた。

急いで支度をして、僕は飲みかけの珈琲を後にして家を出た。


僕の住む家は二階建てのアパートで、1階の壁側。

そうか、ベランダのラベンダー。

雨が降ってるし、水をあげる必要は無いか。


仕事に向かう道のりは水溜まりが多いので、いつも靴が濡れてしまう。

つい最近まではすぐ乾いていたのに。これも太陽を見ていないからかな。


職場につき、与えられた仕事を卒なくこなし、真っ直ぐ帰宅する。

皆、「仕事に飽きた」とか「もっと新しいことをしたい」とか言うけど僕からしたら、毎日が新鮮で全然飽きもしないしそれ以上もない。


でも体に疲労は残るので帰ったらお風呂に入って床につき、ゆっくり休もう。

帰ると夕食が用意してあって、桜色の便箋に「おかえり」と書いてある。


当たり前な日常だけど、何か。何かが足りない。

飲み物を混ぜるティースプーンだろうか。

歯を磨くための歯ブラシだろうか。

まさか息さえ吸い方を忘れたのだろうか。


少し冷たい手で頬を撫でられたような風が吹く。

ベランダ、開けてたのか。

外に出て今日を終わらせるための深呼吸。


「雨、止まないね。」


雨はまだすすり泣いている。

僕は嫌いじゃないよ。と雨に言った。

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