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青い空の作り方  作者: 鈴木りんご
一章「天使のお仕事」
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第4話



 目的地を交番に変えてから約十分。


 そこはまだ交番ではないが、航は足を止め、ある建物を見つめていた。航の瞳の中に映る建物——それは造りの古い、スクリーンも一つしかない小さな映画館。


 そこで上映されている映画。それは航の知っている作品だった。古いイギリスの映画。


 その映画は、元々はマイナーな作品だったが数ヶ月前に結婚した芸能界の大物カップルの出会いのきっかけとなった作品らしく、その話題で一躍有名になった。


 航は三年前、この映画に出ている主演俳優の大ファンである姉がレンタルビデオ屋で借りてきて見ていた。姉と二人で見て、ラストシーンで二人して号泣した。初めの二時間は盛り上がりもなく微妙だが、最後の十分に感動やテーマの全てを詰め込んだ傑作だ。


 航は当時、その感動をもっと多くの人たちと共有すべく、クラスメイトに進めたがほとんどの友達は見てくれなかった。見てくれた数人の友達もたいして面白くはなかったらしい。


 だからどの動画配信サービスのラインナップにもなく、レンタルビデオ屋にもめったに置いていなかったそのマイナー映画は、航と姉の二人だけの最高傑作だった。


 だが――今は違う。多くに人がこの映画に感動し、賞賛の言葉を送っている。


 それは三年前、航が望んだこと。


 しかし、三年前と何も変わらない。その感動を共有する人がいない以上、三年前と何も変わりはしない。そして今は、姉すらも横にいない。だから三年前の思い出すら語ることが出来ない…………


 航は映画館の看板を睨むように見つめ、思う。


 ここに引っ越してくる前、まだ実家で暮らしていた頃、航はずっと思っていた。


 自分は一人でも大丈夫。一人でも生きていける。


 それはお金や料理、洗濯など生活面のことではなく、精神面でのこと。


 それには絶対の自信があった。


 だって、テレビも映画も本もゲームもある。十分に一人でも楽しめるはずだった。


 そう、確信していた。


 でも、それは違った。


 面白いテレビ番組があれば、誰かとそれについて話したくなった。感動できる映画や、本に出会ったら、誰かにそれを薦めたくなった。ゲームが強くなれば誰かに自慢したくなった。一緒に遊びたくなった。


 しかし今、その願いは叶わない。航は独りだったから。


 だからつまらなかった。


 大好きだったはずの、テレビも映画も本もゲームも独りではあまり面白くなかった……


 独りになって初めて、今まで自分がどれだけ満たされていたかに気が付いた。今まで自分がどれだけの幸せの中に在ったのかを知ることが出来た。


「あーーぁ。なんかまーた、鬱状態におちいってる」


 サンが溜め息混じりに呟く。


「うん。なんか悪魔の俺様も流石に、不憫になってきたよ。フウ、サン早くこのウサギちゃんを幸せにしてやれよー」


「何でウサギちゃん?」


 フウが問う。


「だって、ほら、ようは独りで寂しくて死にそうになってるんだろ? ウサギちゃんじゃん」


「じゃあ、ニンジンあげたら喜ぶのかな?」


 頭の上に豆電球を輝かせて、得意げな笑顔でサンが言った。


「うーん。本当にどうしよう?」


 言って、フウは真剣に考える。


「うーむ……悪魔の俺様も余りに不憫なので、幸せになる方法を一緒に考えてやることにしようと思う」


 リースも真面目な顔をして考える。


「えっ……と、ニンジンはっ? 私の発言はスルー? なかったことになったの?」


 フウとリースの顔を交互に見つめながらサンが言う。


「サンはうるさいよ。フウと俺様が航の幸せのために真面目に考えているんだから、天然はどっか他所でやって」


「えーー! あれだよ。本当はわかってるんだよ。ウサギは寂しいと死んじゃうって話だから、だから航のことをウサギちゃんて呼んだんだよね。その辺のことはきちっとわかった上で、言ったんだからね。天然じゃないよ。冗談なんだよ。ボケなんだよ。だから拾ってくれないと。相方がボケたら突っ込む。これは人間界で絶対の掟だよ。それが出来ないようじゃフウくんはツッコミ失格だよ。私も突っ込んでもらえなくて寂しくて、もう瀕死だよ」


『ふぅ~~』


 二人そろっての大げさな溜め息。


「ええーー! 溜め息なの? 二人してそんな可哀相な人を見るような優しい目であたしを見下ろして溜め息を吐くの……」


『はぁ~~』


 もう一度、さらに大きく溜め息。


「やぁめてぇ~~。そんな目で私を見ないで。フウくんとリースが虐めるよーー。しくしくしくしく」


「えと、冗談はこのくらいにして、本当にどうしよう?」


 うーんと唸り声を上げながら、フウは考える。


「取りあえずは交番まで行ってみれば? 一人で考えてどんどん鬱におちいっていくのが得意技みたいだから、交番に着いて人と話でもすれば元気になるかもしんない。航もまた交番に向かって歩き出したことだし」


 と、リース。


「うん。それがいいのかな? それでも駄目そうだったらお家に帰ってから友達にでも電話させてみようよ」


 すでに何事もなかったかのように立ち直ったサンが意見を述べる。


「そんな感じかな? じゃあ、取りあえず、交番までは見守る方向で。交番に着いたらまた作戦会議を執り行いたいと思います」


『はーーい』


 フウの言葉にサンとリースの二人はそろって返事を返した。


「じゃ、交番に着くまではのんびりお喋りでもしてようか」


「うむ」


 フウの言葉にリースが頷く。


「ハイっ。ハーーイ。リースにしつもーん」


 航の肩の上で右手を真っ直ぐに上げ、サンはピョンピョン跳ねる。


「はい。サンくん。どうぞ」


 リースは何故か偉そうに答えた。


「んと、悪魔も人間の幸せを願っているんだよね?」


「うむ」


 リースは手を組んで偉そうに頷く。


「じゃあさ、なんで誘惑するのですかっ?」


「うん? そんなの、幸せになってもらいたいからに決まってるじゃん」


「えっ? そうなの?」


「そうなの! 悪魔は天使と考え方が違うんだよ。天使は人間みんなのことを考えてるでしょ。目の前の一人じゃなくてみんなのことを。悪魔は違うの。目の前の一人だけのことを考えて全力投球するんだ。だから誘惑するの。人のために自分を犠牲にしている人を放っておけないから誘惑するし、未来のために今を犠牲にしているのが我慢ならないから誘惑するんだ」


「それで幸せになれるの?」


「そんなのわからない。ケースバイケースなんじゃないかな? それでも自分たちが正しいことをしてるっていう確信はあるよ。だって自己犠牲じゃ誰も救えない。自分が辛い思いをして人を助ける? そんなの馬鹿げてるよ。助けられるほうの気持ちも考えろっていうの。自分の代わりに誰かが辛そうな顔をしてたんじゃ、助けられた方もちっとも救われない。それと今を大切にしないのも間違ってる。今ある幸せを肥やしにして未来にある大きな幸せの収穫を目指す? そんなの無理だよ。今を楽しめなくて未来が楽しめるはずがない。きっとそんな人はどこまでも今の幸せに満足できないまま、先にある幸せを目指し続けて終わってしまうんだ。だから神や天使がなんと言おうが、悪魔は悪魔の信念を持って人を幸せになってもらうために誘惑しているの」


「………………」


 ぐぅの音も出ないのか、サンはポカーンとした表情でリースを見上げている。


「すごい。リースがなんだか出来る子に見える」


 リースの真面目な言葉に固まってしまったサンの代わりにフウが答えた。


「むむむっ! リース様は出来る子に見えるんじゃなくて、出来る子なのです。学校では筆記も実技も一番なんだからな! 天才なんだぞ」


 頬を大きく膨らませてご立腹の様子。


「うっ……確かに、見習いなのに少しだけど人の動きを操ったり、石ころとかの物質召喚やらすごい魔法使うよね」


 と、サン。


「そうだぞ。すごいんだぞ」


 リースは至福の表情で胸を張る。


「でも、不幸には出来ないんだけどね」


 その横でフウがポツリと呟いた。


「…………ぐぅ」


 リースは辛うじてぐぅの音を搾り出した。



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