第21話
……詩菜は思い出す。
そう、始まりは詩だった。
詩菜は病室のベッドに横になっていた。そこは八年前、詩菜が七歳のときに宛がわれた詩菜の個室。
その日も、詩菜はそこで音楽を聞きながら本を読んでいた。
そこに詩菜の担当医である女医の杉原先生がやっきた。彼女は音楽とSF小説が大好きで、よく詩菜にプレゼントを持ってきてくれた。今、詩菜が読んでいるミステリー小説も、聞いているインディーズバンド「ラジカルドリーマーズ」のCDも杉原先生からもらったものだ。
そして今日も杉原先生は詩菜にプレゼントを持ってきてくれた。
それは一枚の色紙に書かれた詩。
題名は「青い空の作り方」。
「楽しんでやろう
悲しいことも、苦しいことも
全部まとめて楽しんでやろう
この世界を楽しみ尽くしてやろう
そして感じるんだ
誰の世界よりも、温かく優しい世界を
そして眺めるんだ
誰の空よりも、澄んだ青い空を
そう……
全ては自分次第なんだから
この世界も
あの空でさえも」
いい詩だとは思わなかった。
だって、詩菜には意味がわからなかったから。
悲しいことも、苦しいことも楽しむ?
意味がわからない。楽しめるわけがない。
この世界を楽しみ尽くす……?
詩菜の世界。それはこの白い壁に囲まれた狭い病室。どんなに頑張ったところで病院からは出られない。八年前から詩菜の世界は、この病院の敷地内が全てだった。
楽しめるわけがない。この世界は苦悩に満ち、生きること自体が苦痛だったのだから。
しかし共感出来る部分もあった。わかった気がした。
詩菜が目にした多くの本や歌で、世界は温かいものだと語られていた。空は美しいものだと語られていた。
でも、詩菜はそんなふうに思ったことは一度もない。世界はいつだって詩菜に冷たかったし、空は常に暗く色褪せていた。
その理由が、今わかった。自分が不幸だからなのだろう……
もし、全てが自分次第なのならきっとそういうことだ。
だから、詩菜は思う……
なんて不公平な世界だろうと。
幸せな人が、温かい世界を感じて、美しい空を仰ぎ……
不幸な人が、冷たい世界に凍えて、色褪せた空を仰ぐ……
とても不公平な螺旋だ。
そして――詩菜は心から思う。
どうして、自分はこんな世界に生まれてきてしまったのだろう。望んだわけでもないのに……
よりによって、こんな自分で……
 




