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柳雅也の過去3

 だから、そんな莉緒が、あんな目(・・・・)にあって、じっとしていられるわけがなかった。


 莉緒が行方不明になったというのだ。


 どうして彼女は行方不明になったのか。


 探そうにも、苗字も住所も分からないし、探しようがないのだった。


 しかも、彼女の両親は、勿論行方不明届など出さない。


 そこで彼はハッキングを学んだ。


 ハッキングを学ぶのは簡単ではなかったし、お金だってたくさんかかった。貧乏の身でそんなことは通常許されないが、彼女のためなら財布などいくらでもはたけた。


 だが、もう一つ思ったのは、彼女が自ら姿を消したのではないかもしれない、ということだった。


 彼女はきれいだし、街中を歩いていて声をかけられ、素直に頷いてついていく可能性もある。彼女の身に危険がないとよいのだが、どうなのか。


 雅也は一生懸命彼女を探し回った。


 そして——彼女を、見つけた。









 彼女は、図書館の隅の椅子で、うずくまるように座っていた。


 どうしてそこにいるのだろうか。


 慌てて雅也が駆け寄ると、彼女も雅也を見つめ返す。


「ごめんね、雅也くん。ほんとごめん。ここまで探しにこさせちゃって」


 彼女は泣いていた。そうしながら雅也に謝る。


「なんで」

「もう遅いよ、雅也くん。早く帰らなきゃ、お母さん心配しちゃうよ」

「別にいい。心配なんか、どうにでもなれ」

「わあ、かっこいい」


 彼女はくすっと笑った。でも、すぐに表情を改めて言う。


「ごめん、雅也くん。私、雅也くんに言ってなかったことがあるの」

「言ってなかったこと?」


 すごく嫌な予感がした。


「私、転校するの」


 その一言が、雅也の脳裏を貫いた。


 わたし、てんこうするの。


 ワタシ、テンコウスルノ。


 Watashi,tenkousuruno.


 言われていることの意味が分からず、何度も瞬きする。彼女は真剣だった。


「私ね、結構転校とか繰り返してるんだ。姉が、誰かにいじめられるのでとか適当な嘘吐いて、すぐ転校するの。ほんと、意味わかんないかもしれないけど、うちの家庭はそう。姉が転校したいといえば転校する。ついでに私もね」


 彼女が苦笑した。


「もう慣れてるっちゃ慣れてるんだけど。何度も繰り返してきたことだからね、もう慣れたけど。……だけど今回はいつもと違うことがあったの。何かわかる?」

「……わから、ない」


 雅也の頭は、まだ混乱していて、ようやく転校するという事実を少し飲み込んだばかりだった。


 適当に答えると、彼女は笑みを崩した。


「雅也くんがいたから」

「……え?」


 彼女は寂しそうな笑みを浮かべた。


「私、今まで、誰かと友達になったり、離れ離れになったら嫌だなって思った人がいなかったんだ。みんな、私のことを見下したし、それはそれで悪くなかったんだけど」

「……うん」

「だけど今回は、雅也くんに出逢っちゃった。それが大きな誤算だったの。大丈夫だったはずなのに、なんでこんなに」


 彼女が顔を上げた。


 その顔を、大粒の涙が伝っていた。


「なんでこんなに、雅也くんと別れるのがつらいって思っちゃうんだろう」


 きっと。


 きっと、そのとき、彼女は恋愛と言う感情を学んだのかもしれない。


 答えはわからない。でも、それでいいのかもしれない。


「……出発はいつ?」

「あした」

「早いね……」

「うん。今までほんとにありがと」


 彼女はそう言って笑った。


「……あのさ、莉緒ちゃん」

「ん?」


 少し調子を取り戻したらしい彼女が振り向く。


 言うことをためらった。だけど、言わなきゃきっと後悔する。


「……眼鏡の下の顔、見せて」


 それが雅也なりの、愛の言葉だった。


 莉緒にもそれが伝わったのだろう、頬を赤らめ、そして、眼鏡を外した。


 目のまわりには古い大きな傷跡があった。


 でも、きれいで濁りのない黒い瞳には、大きな光が宿っていた。


「いつか、絶対逢おうね」

「……うん」

「約束だからね。破ったら、許さないから」


 強い声だった。


 雅也は思う。


 そんな約束しなくても、絶対に会いに行く。


 それまで待っていて、と。


 そして翌日を迎え。


 彼女は、転校して、雅也の手の届かないところへ消えた。

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