桜木優子の過去3
どうして。
優子の頭に浮かぶのは、その一言だけだった。
どうして。どうして。どうして。
どうして……お兄ちゃんが、自殺なんか、したの。
お兄ちゃんがいなきゃ、私は生きていけない。
どうすればいいっていうの?
あまりに無責任だよ、お兄ちゃん。
ねぇ。ねぇ。
優子は、施設に入ることになった。
引き取り先も、家族も誰一人としていない、孤独の身の彼女。
優子は、施設で過ごすうえで、様々なことを知っていった。
竜二は、バイト先のコンビニで、酷いパワハラを受けていたこと。
遊ぶ時間などもないため、十分に友好関係を築けず、同級生から軽いいじめを受けていたこと。
わくわくして入った美術部でも、ほとんど活動できていないので、先輩たちに酷い暴力を受けていたこと……。
すべてを知ると、優子は絶望した。
どうして世の中はこうなんだろう、と。
中学三年生になった日、施設である女の子に、出会うまでは。
その子の名前は、本田美鈴と言った。
あだ名はスズ。可愛くて、色白な子で、施設の男の子たちからかなりの人気を誇っていた。
施設でも、そんなふうに恋愛をするということも、優子は初めて知った。
美鈴は新しく施設に入ってきた優子にも優しくしてくれて、読書という趣味がよく合う女の子だった。
よく笑う、良くも悪くも純粋で素直な子で、すごく幸せそうに見えた。
だが、優子と境遇が少し似ていた。
施設では、普段自分の話はそんなにしない。過去を思い出すのが辛いからだが、美鈴は心を許した相手にはその過去を話していて、優子もその一人となれた。
「私の家、お父さんが社長だったんだけど。お父さんがやってた会社が倒産しちゃってさ。それで、なんかもう経済的にもいろいろピンチになって、お母さん、お父さん、私と一つ年下の弟、私で……ほら、無理心中しようとしたの。その結果、生き残ったのは私だけ。しかも、預けられた叔母さん家が、クソみたいな家庭でさ。毎日殴るわ蹴るわ、暴言吐くわ。お前も死ねばよかったなとか、色々言われてね、しかも、海外赴任だとかで、私は施設に預けられたんだ……まあ、殴られるよりは施設の方がマシだし、いいけどね。だけどたまに思うの。私もみんなと一緒に死にたかった」
優子も、家族の中で自分一人だけ生きているという点では同じだ。
だから、優子も自分の過去を話した。
すると美鈴は、小さくはにかんで、「偶然だね」と笑った。
「うちら、気が合うね」
そして、ふたりは親友になった。
「桜木さん、進路はどうするの」
中学三年生の六月。施設に入ってから、T.K中に転入してきた優子は、担任に問われ、優子はあいまいに笑ってごまかした。
「分かりません」
実を言えば、T.K中に入ったこと自体、優子は嫌だった。
美鈴もいるし、学校が嫌いなわけではない。だが、T.K中は……兄の母校だった。
それを考えると、頭がずんっと重くなって、苦しくなる。
優子は今まで、友達に嘘を振りまいてきた。
自分には兄も存在しない。シングルマザーだったところを、母親に捨てられて施設に。
そうやって誰かをワルモノにしないと、優子の心は打ちのめされてしまいそうだったからだ。
自分の過去を……本当の過去を知っているのは美鈴と施設の関係者、そして学校の関係者だけだろう。
「行きたいところはないの? 桜木さんの学力なら、大抵の学校は受かると思うわよ」
「はあ……」
「本当に他人事ね」
ため息をつく担任を見て、優子もため息をつきたくなる。
本当にどうでもよかった。
どうせ、十六歳になれば施設を出ていかなければいけない。
ならば、今のままで十分だ。ほかは何も、望まない。
——はず、だった。
ある日のことだった。
学校から施設に帰ると、目の前に救急車が止まっていた。
嫌な予感がして、優子は目を見開いた。
「……みれい」
親友の名を呟き、施設へ駆け込む。
「美鈴!」
「優子ちゃん! 来ちゃ駄目よ!」
施設の先生が立ちふさがる。
「え……?」
「早く、ここを離れて!」
目を手でふさいだ別の先生。
その手の隙間から、真っ赤な水たまりが見えた。
「みれい」
どう、して。
そして、優子の意識は途切れた。
しばらく投稿できなくてすみません。




