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異世界恋愛

演技力皆無の王妃がお人好しすぎて困る。

作者: 久藤ナツメ

 私にはお人好しの妻がいる。


 人がよすぎて王妃としてはいささか心もとないが、家柄も教養もずば抜けている。それに人はいいが、バカではない。おっとりした雰囲気と穏やかな人柄は、人に警戒心を抱かせない。戦乱の世であれば王妃には不向きだが、太平の世であれば王の伴侶として素晴らしい人物だ。


 私はこのルクセル王国の国王だ。先代が早逝したため、二十歳を迎える前から王座に就いている。国王には早すぎると言われることもあったが、持ち前の威圧感と多少の実力行使で押さえ込んだ。体格と武芸に恵まれた私は、冷徹な国王としての威厳と権威を十分に発揮していると思う。


 その分、人との距離が開きがちだったため、それを補完してくれそうな女性を王妃に選びたかった。なにしろもう戦乱の世ではない。国を豊かに発展させるためには、多くの人々と良い関係を築く必要がある。


 私が厳つい見た目で人に威圧感を与えてしまう分、穏やかで優しい女性が国母となれば、ちょうど釣り合いも取れるというものだ。


 と、いろいろ国王らしい理由をつけてはいるが、実のところ私自身が彼女を気に入っている。

 何せかわいい。すごくかわいい。世界一かわいい。

 少しふっくらとした容姿も、ほわほわクセのある髪も、いつもふんわり笑っているところも、おっとりした話し方も、目が合うといまだに恥ずかしそうに照れるのも、からかうとすぐに本気にしてしまうところも全部かわいい。


 さすがにそんなことは国王の立場としては言えないので、あくまで理性的に合理的に判断した結果だと何食わぬ顔で決議を取って、晴れて夫婦となったのだ。簡単に人を信じるし、あっという間に騙されそうなのは事実だが、そんな気配でもあろうものなら、事前に私が排除する。


 太平の世、万歳だ。私が統治している間は、他国と戦争はしないと決めている。彼女が王妃にふさわしくない世の中など、絶対にあってはならない。



◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ところが。


 よりにもよって北の大国が侵略の準備を始めているという情報が入り、強い王妃を求める声が上がり始めた。


 これはまずい。情勢によって必要となれば、現王妃と離縁して新しい王妃を立てることは過去にも何度かあり、珍しいことではない。そういう慣習にしてきた先祖が恨めしい。前例がないとかで突っぱねられない。


 ならば、現王妃が強い女性であると示せれば良いのではないか。

 本人の気質を変えることはできないだろうが、いやそのまま、ありのままでいてくれていいのだが、家臣らの前で厳格で強い振る舞いを見せれば良いのだ。


 私がそう言うと王妃はコテッと首を傾げた。

 何それ、かっ、わいい……、いや、今はそんな場合ではない。


「強い振る舞いとは、具体的にどうすればよろしいのかしら」

「そうだな、たとえば失敗をした家臣を厳しく罰するとかだな」

「失敗には理由があるでしょう。罰はそれに見合ったものでないと」

「それはそうだが、優しいばかりでは舐められるだろう」

「そうなんですの? でも、わたくしの周りには、そんなに厳しい罰を必要とする方はいらっしゃらないわ」


 そう言われるとそんな気もしてくる。

 王妃が誰かを叱責する場面は見たこともないし、それをする必要を感じたこともない。

 さすが王妃。良い人には、良い人が集まるというものだ。

 それに一生懸命考えてる姿がかわいすぎる。このまま、寝台へ連れて行きた、いや今はそんな場合ではない。このままでは”強く厳格な王妃作戦”が頓挫してしまう。


「それなら、わざとそういう場面を作って、家臣に見せつければいい」


 と言うことで、私は秘密裏に動く影のものたちに命じて侍女に変装させ、”強く厳格な王妃作戦”を開始した。


「うまくできるかしら??」


 なんて言っては、王妃がこっそり一人で怖い声を出す練習をしていたのを私は知っている。

 全然怖くないのが気掛かりだが、それはそれでかわいいのでヨシとした。




◆  ◇  ◆  ◇  ◆




「無礼者っ!!」

「謝罪なさい!」

「侍女頭を呼んで! すぐに処分を!!」


 広間にいた侍女たちが騒ぎ出した。

 周りにいた家臣たちが何事かと視線を向ける。


 いよいよ”強く厳格な王妃作戦”が始まった。

 私が出ていくわけにはいかないので、物陰でこっそりと様子を伺う。


 王妃を馬鹿にし国王の愛人を狙う不届きな侍女に対し、王妃自らが厳しく叱責し、厳格な追放処分を即座に下す、という筋書きだ。


 しかし演技と分かっていても、王妃に向かってデブだの怠慢だのと言っている悪侍女役を見ていると、こちらが頭にきて飛び出しそうになったが、なんとか我慢する。


 ちなみに周りの王妃付きの侍女たちも侍女頭も全員事情は知っている。騒ぎ立てているのも全部演技だ。そして結構ノリノリなのか、憤る演技が非常にうまい。これも王妃の人望の賜物。芝居と分かっていても、王妃の悪口など聞くに堪えない。悪女を糾弾する演技にも感情移入しやすいのだろう。わかる。私も腹が立っている。


 もちろん王妃もこれが作戦と知っているが、本当に青ざめたような顔をしている。

 いい演技だと思いたいが、本心で傷ついているのか? 大丈夫か? 今すぐ抱きしめに行きたい気持ちをぐっと堪える。


 王妃は緊張した様子で、いよいよ一歩前に出た。


「あなた、いえ、そなた。誰に向かって、そんな、そのようなことをおっしゃるの? あら、言い方間違えたわ。……申すと言うのか?」


 アアアアアアアア、王妃! 言いなれてないから、アクセントがおかしい! 最後の語尾はこう↓下げないと、「言うのか?↓」って言わないと怖くないじゃないか! 「言うのか?↑」って、普通に尋ねてどうする!! そんなの、そんなのかわいいだけじゃないか……!!!


 悪侍女も王妃のたどたどしいセリフに、どうしたものかと固まっている……!


 柱の影で悶えながら見ていると、王妃はふんわり笑って侍女へ近づいた。


「ねえ、あなたがどうしてそんなこと言うのか、わたくし、存じておりましてよ。だから、大丈夫ですわ。気になさらないで続けて下さいな」


 わあああ、王妃よ、せめて小声で言って!? 仕込みだとバレるじゃないか! ほら、周りの侍女たちも悪女役ですら「えっ」て顔してるぞ!


 柱の影で私がヒヤヒヤしていると、悪侍女役が気を取り直したように、鼻で笑いながら王妃を詰り出した。さすがプロ。しかし、言い過ぎじゃないか? もうこれ以上、王妃の悪口言われたら私がキレそう。


「なんて無礼なっ……いい加減になさい!」


 そう言って怒鳴りつけると悪侍女をドンと突き飛ばし床に転がした……のは、王妃ではなく、一番の側近侍女だった。やってしまってから、しまったという顔をしている。


 本当なら、王妃がやるはずの行動だったのだが、あんまり王妃が動かないから痺れを切らしてしまったのだろう。


 だが、全然責める気にはならない。むしろよくやった! と喝采したい。褒美をやりたい。王妃の悪口を聞いているのが辛くて、我慢できない気持ちなのはよくわかる。あと少し遅ければ、私が先に飛び出していたかもしれない。


 王妃といえば、床に転がった悪侍女を見て慌てて彼女へ駆け寄った。


「大丈夫? 怪我はしていませんか?」

「は? あんたの侍女に突き飛ばされたんじゃない!」


 懸命に怒鳴り散らす悪侍女にも、王妃の態度は変わらない。


「そうねえ。でも、あなたも今はわたくしの侍女でしょう。心配だわ」

「……話、聞いてました? 私はあんたみたいな不細工な王妃じゃ国王も満足できないでしょうって、側妃狙いで登城してるんだから、別にあんたの侍女ってわけじゃないのよ」


 多少説明っぽいセリフだが、まあ、よしとしよう。いや、王妃は不細工などではないがな! これも作戦のためだ。

 王妃、思い出してくれ!! ”強く厳格な王妃作戦”を!


「あら、そうだったかしら。ねえ、ソフィア」


 そう言うと、くるりと振り返り、後ろに控えている侍女を見る。ソフィアというのは、先ほど悪侍女を突き飛ばした側近侍女だ。完全に筋書きから外れてしまって、どうすればいいのかわからないといった顔をしている。私ももはや分からない。


「守ってくれてありがとう。でも、いきなり突き飛ばすのはよくないわ。後でお話し致しましょう」

「は、はい……」


「それから、ジョセフィーヌ」

「えっ、あ、はい」


 ジョセフィーヌというのは悪侍女につけた仮の名前。悪侍女役本人も忘れていたかもしれない程度の設定だ。特に使う予定でもないから適当に設定したのだが、王妃は覚えていた。

 王妃はふんわりと微笑んだまま、優しい口調でジョセフィーヌに尋ねた。


「そうねえ、ええと、こういう時はどうするのでしたっけ」

「え?」

「ああ、そうそう、思い出したわ。……んんッ、コホン、”追放いたしますわ!”」



 その場にいる全員がピシリと固まった。



 と、唐突! 唐突だし、棒読みだし、笑顔だし、口調が優しいままだぞ!? 演技力ないにも程がある!!


 しかも何!!? 決め台詞の前の「コホン」って何!? 咳払い何!? かわいすぎない!? やばい、もう一度言ってくれ!! そうだ、今夜、二人きりの時に言ってもらおう。


 周りは全員ポカンとしている。それはそうだ。私は筋書きを知っているからかろうじてわかったが、口調と言っていることが全然合っていない。何を言っているのか理解するのに時間がかかる。


 本人は、やり切った! と満足そうに、少しホッとしたようににこやかに立ち上がった。


「アリスター」

「はいっ」


 王妃に呼ばれた侍女が、慌てて返事をする。


「ジョセフィーヌを医務室で診てもらって。それから、退城の手続きを一緒に進めてあげてね」

「は、はい……」

「では皆、参りましょう。ジョセフィーヌ、お大事になさってね。お勤めご苦労さま」


 そう言って王妃は微笑むと、悠々と侍女たちと去っていった。

 一部始終を見ていた家臣たちはまだあっけにとられたまま、その後ろ姿を見送っていた。




◆  ◇  ◆  ◇  ◆




 とまあ、こんなわけで私の画策した”強く厳格な王妃作戦”は失敗した。

 何せ王妃は人が良すぎる。”強く厳格な王妃”など、演じることはできそうにない。

 だが、それも彼女の素晴らしい性質だ。


 夜、二人きりの寝室で、筋書き通りにできなくてごめんなさいと、しょんぼりする王妃を膝に乗せて労をねぎらってやる。


「やっぱりわたくしには、強く厳しい王妃の演技は難しいですわ」

「そうだなあ」

「……戦にならなければ、こんなわたくしでも良いのかしら」

「ん?」

「今のまま、太平の世であればわたくしのような者でも王妃を務められるのでしょうか?」

「何を言う、お前のような人物は得難いよ。しかし、お前の言う通りだな。少し考えてみるとしよう」


 それから「わたくしなど」という王妃がどれほど素晴らしく可愛らしい人であるかを延々と説明してやったが、やはりなんとかしないといけない。




◆  ◇  ◆  ◇  ◆




 そこで私は作戦を変えた。


 彼女が呟いた通り、つまり国が平和であればいい話。戦時になれば、強い王妃がどうのこうのと外野もうるさくなるが、太平の世なら彼女は王妃として申し分ない。それに後継ぎも多く作ればいいだろう。全く問題ない。


 それから私は何年もかけ、周辺諸国との貿易、同盟、硬軟取り混ぜた政治駆け引きを駆使し、強大な安定国家を築くことに全力を挙げた。遠方諸国への外遊も積極的に行なっている。自国の強さをアピールすることも忘れない。ルクセル王国に戦を仕掛けようなどと、露とも思わせないようにしなければ。


 自身の腕も磨き上げ、いかめしい風貌に拍車がかかる。側近たちにももう十分と引き気味に言われるが、私が強くなければお人好しの王妃を守れない。

 それに私が人からどんなに恐れられても、王妃は変わらず優しく私を受け入れてくれるのだから、なんの問題もない。やはり王妃はお人好しだと思いつつも、そんな彼女が一層愛おしい。


 他国への折衝や外遊にはもちろん王妃を伴っていく。

 私の厳つい見た目とは対照的に、穏やかで知識も豊富な彼女は相手の警戒心を解いてくれ、交渉もスムーズに進められることが多かった。私たちは互いにないものを補い合えている。


 ほら、やっぱり素晴らしい王妃だろう。




◆  ◇  ◆  ◇  ◆




 ところで、これは後から知った話だが、例の悪侍女を追放した時に、周囲にいた家臣たちは震え上がっていたというのだ。


 罵倒されても泣きもせず怒る様子も見せず、自らは手を出さずに侍女が振る舞うに任せ、微笑みながら追放という処分を下した王妃が心底恐ろしかったというのだ。のんびりしたお嬢さんと思っていた印象が、すっかりひっくり返ったらしい。


 私にしてみれば、一生懸命怖い王妃を演じようとする彼女がいじらしくて堪らない場面の連続だったのだが、他の者たちには違うように映っていたようだ。まあ、結果オーライということだ。


 私たちは後世までルクセル王国・中興の祖と称えられる時代を作り上げたが、なんのことはない、私はお人好しの彼女と一緒にいたかっただけだ。そのためなら、こんなに騒がしい心の中を表に出さず、厳しい国王を演じるくらい全く容易いことなのだ。





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