突然の解雇宣言 5
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左手をウィリアムにつながれたまま、エイジェリンは薄暗くなった道をゆっくり歩いていた。
エイジェリンの荷物はウィリアムが持ってくれていて、マフラーは借りたままだ。
このペースで歩けば、邸に戻るまで一時間ほどはかかるだろう。
「君の前任のメイドのことで嫌な思いをしたからね、次に雇う子は自分で選ぶって決めていたんだ。と言っても、魔王だとか悪魔だとか変人だとか散々な言われ方をしている俺のところで働こうとする人間なんて、それこそ愛人目当てだったりするような女性が多くてね、十人くらい面接したけれど、どの子もはっきり言ってイマイチで、だんだん面倒くさくなってきたときに君が来た。君は可愛らしいし、二十歳でまだ若くて未婚だったし、てっきり面接に来たほかの女性と同じだろうと思って、俺も最初は警戒していた」
「……それなのに、どうして?」
隣を歩く背の高いウィリアムを見上げれば、彼は目を細めて笑った。
「そのブレスレットのおかげかな」
エイジェリンはハッとして、父からもらったルビーのブレスレットを見下ろした。
「はっきり言って、君が語った経歴は胡散臭かった。商人の娘で、ほかで働いた経験もないと君は言ったけれど、商人の娘なら家を手伝うこともあるだろうし、何よりハーパー伯爵領で店を構える商人の娘が職を探して王都に来るはずがない。ハーパー伯爵領は王都から南に馬車で二週間もかかる場所だからね。君が嘘をついていることくらいすぐにわかった」
エイジェリンはぎくりと肩を震わせた。
ウィリアムは「怒っているわけじゃない」と言って続ける。
「この子もダメだなって思ったとき、君のブレスレットが語りかけてきたんだ。君がハーパー伯爵家の令嬢であること、務めていたモーリス子爵家でひどい目にあわされたこと。いろいろ教えてくれたよ。多分、君の母上かな」
「え……」
「君が心配でずっとついていたんだろうね。だから俺はエイミーと言う名前が偽名であることも知っているし、君の過去もわかっている。わかったから君を採用することにした。親戚の家に居座ればいいのに迷惑をかけるからとそれもしない、まともな嘘もつけない不器用な君なら、信用できそうな気がしたんだ」
ルビーのブレスレットに母の魂が宿っていることにも驚いたけれど、エイジェリンの嘘も、過去に何があったのかも知っていて採用してくれたというウィリアムにも驚いた。
「それに、もし君が俺の愛人や妻の座を狙っているなら、俺が君に抱きついた時点でそれを利用しようとするだろう。それなのに君は表情を凍りつかせて固まってしまった。……あの時は本当にすまなかったと思っている。いろいろ嫌なことを思い出させたのだろう」
ウィリアムの言う通り、彼に組み敷かれたとき、モーテン子爵にされたことが脳裏をよぎって怖くなった。すぐにウィリアムの口から「ママ」という信じられない単語が出てきて、あまりに驚いたために恐怖はどこかに消え失せてしまったけれど。
「本音を言えば、君の過去には同情もしている。同情しているが、女性として魅力を感じているわけではない。君とどうこうなるつもりは、今までもこれからも一切ない。だから、その点は安心してくれていい」
魅力を感じていないとはっきり言われるのは女としてどうかと思ったけれど、モーテン子爵にされたようなことは起こり得ないと言われて、エイジェリンはホッとした。
ウィリアムとのんびり話をしながら歩いていると、前方からルーベンスが走ってくるのが見えた。
彼はウィリアムとエイジェリンを見つけると、エイジェリンに平謝りをして、すぐに馬車を用意させると言って飛んで帰って行った。
「あんなに息を切らせて大丈夫でしょうか?」
ヒューヒューと喉が鳴るほど息を切らせて走り去っていったルーベンスに、エイジェリンはさすがに心配を覚えた。今にも酸欠で倒れそうだったからだ。
「大丈夫だろう。それに、倒れたところで自業自得だ」
突き放したように言って、馬車をよこしてくれるらしいから待っていようかと、ウィリアムが足を止める。
ほどなくして到着したブラッド家の馬車に乗って、エイジェリンはウィリアムとともに、数時間前に出た邸に戻ったのだった。