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招集 1

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 結局、エイジェリンはハーパー伯爵家には向かわなかった。

 怪我が治癒するのが先だとウィリアムに言われて、強制的にブラッド家に連れ帰られたからだ。ウィリアムの言う通り、まともに歩くこともできない状況で行ったところで、話し合いなどできるはずもなかったし、下手に興奮すると傷に触るという彼の心配もわかるので、エイジェリンは素直に彼の指示に従った。


 そして怪我から二週間がたち、たまに引きつったような痛みはあるし、まだ包帯をはずすことはできないものの、歩いたり座ったりが問題なく行えるようになったころ、城からの招集状が届いた。


「ハーパー伯爵家の相続について、問いたいことがあるので城に来るように……って」


 エイジェリンが驚いていると、ウィリアムが肩をすくめる。


「なにがなんでも正義の味方ごっこがしたいらしくてね。まあ、これを逃せばなかなかチャンスはめぐってこないだろうから、面倒だけど、陛下に付き合ってやってほしい」


 つまり、ロバートとグレイスも呼びつけて、国王フリードリヒが直々に事の顛末を確かめるらしい。しかも、いろいろ裏も取れているから、どんな弁明をしてもロバートたちに言い逃れができない状況だという。伯爵領まで兵士をやって、半ば強制的に連行してくるらしいので、逃げることもできない。


「君を刺した御者からも自白が取れているからね。陛下を騙したことに加えて殺人未遂までくっつくとなると、情状酌量の余地はどこにもないから、死罪が妥当ってところだけど、ただ、ロバートの父のダストン子爵のことは陛下も買っているからね……うーん、減刑を願い出られた場合は、終身刑になるかもしれない」

「死罪に、終身刑……」


 それは、エイジェリンが思っていた以上の重たい罰だった。

 問題はエイジェリンが伯爵家を奪われたことではなく、ロバートたちが国王陛下を謀ったことにあるという。エイジェリンを騙しただけなら爵位を取り上げるだけで終わっただろうが、国王を欺いた罪は重い。最も重たい罪がそれで、次に殺人未遂。この二つでほぼ死罪が確定するレベルだという。


 エイジェリンは無意識のうちに、左の親指に触れた。

 そこにはまだブラックダイヤモンドの指輪がはまっている。不安を覚えたときの、最近のエイジェリンの癖だった。どうしてか、これに触れていると落ち着くのだ。一度、ネヴァルト・クリンシアに深く同調したからかもしれない。


 ネヴァルト・クリンシアは表に出てこなくなったけれど、指輪はエイジェリンの指からはまだ外れなくて、おそらく彼が、エイジェリンが「来る」のを待っているのだと、なんとなく思っている。


 ネヴァルトが見せた記憶の通り、彼は古城のキッチンの中にいた。完全に白骨化していて、彼の骨はキッチンの壁に寄りかかって座った姿勢のまま存在していたらしい。

 彼の言葉通り、乳母が来るのをずっと待っていたのだ。


 ネヴァルトの骨は持ち帰られて、丁重に埋葬された。隠居して田舎暮らしをしていた先々王自ら埋葬に立ちあった。

 先々王によると、ネヴァルト・クリンシアの乳母は、ハーパー伯爵領にある山の中で首をつって死んでいたそうだ。それを見つけたときに必死になってネヴァルトを捜索したがどこにも見つからず、きっと獣がくわえて持ち去ったのだと諦めていたらしい。まさか古城の中にいたとは思いもよらなかったと言って、先々王は静かに泣いたという。


 エイジェリンは、腹の怪我もあって、まだネヴァルトの墓に行けていなかった。だから彼は、エイジェリンが来るのを待っている気がする。

 ネヴァルトは乳母が迎えに来てくれるのを待っていた。エイジェリンのことを乳母と同一視している彼は、エイジェリンが彼の側に来てくれるのを、きっと待っている。


(早く……行ってあげたいわ)


 王家の墓地は王都の中にあるけれど、エイジェリンの怪我を心配したウィリアムからまだ許可が下りなかった。なぜなら、行方不明だった王子の遺体が見つかり埋葬されたニュースは王都中を駆け巡り、多くの人が鎮魂の祈りをささげるために墓を訪れたからである。人の多い場所にエイジェリンを連れていって、無理をさせたくないとウィリアムは言い、人の波が落ち着くまで待つように命じた。


「陛下からの指定日は……五日後だな。ルーベンス」

「ドレスですね。怪我が完治していないので、コルセットが不要なものを発注しておきます」


 当り前のようにドレスを買う話になって、エイジェリンはぎょっとした。


「そんな、大丈夫です! ドレスなら、以前パーティーに出席した時の……」

「エイジェリン。陛下の前に、何度も同じドレスで行くものではないよ。それに、あれはコルセットなしでは着にくいだろう? 今回も既製品になって申し訳ないが、新しいものを受け取ってほしい」

「でも……」


 例え既製品でも、ドレスは安い買い物ではない。どんなに安くてもエイジェリンのメイドとしての給料二か月分――下手をしたらもっとかかるかもしれないのだ。

 それなのに、ウィリアムはドレスに合わせた靴や宝石類も用意するようにと言いはじめて、エイジェリンは真っ青になった。


(どうしよう……あとでお返ししようにも、お金がないわ)


 伯爵家を取り戻すことができても、今のハーパー伯爵家は、義母や義姉の散財で火の車だ。エイジェリンのドレスや宝飾品代を支払う金はない。

 ルーベンスが発注のためにさっさと部屋を出て行くと、ウィリアムは遠慮がちにエイジェリンの手を取った。


「気にしなくていい、エイジェリン。俺が君に買ってあげたいだけなんだ」

「でも、わたしはメイドで……」

「もうじき伯爵令嬢に戻る。いや、この場合、相続して女伯爵になるのかな? 真面目で優しい新しい女伯爵への、ささやかなプレゼントだ」


 ウィリアムにはささやかでもエイジェリンにはちっともささやかではなかった。しかし、ウィリアムにここまで言わせて、頑なに拒否することはもうできない。

 エイジェリンはそっとウィリアムの手を握り返して、こくんと小さく頷いた。


「その……、ありがとうございます。本当に……何から何まで……、この御恩は、一生忘れません」


 ウィリアムが困ったらすぐに駆け付けよう。エイジェリンの力など微々たるもので、何の役にも立たないかもしれないけれど。

 エイジェリンが真剣な顔でそう言うと、ウィリアムは何も言わずに、ただ笑った。


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