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ネヴァルト 1

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 寝酒として選んだ赤ワインは外れだった。

 ワイングラスを揺らしながら、ロバート・ハーパーは眉を寄せた。


 このワインは、ロバートがハーパー伯爵家を手に入れる前――エイジェリンの父がはじめた領地の新事業で作られたものだ。はじめて十年も経っていないからだろうか、まだ味が安定しておらず、美味い年もあればまずい年もある。このワインは去年仕込まれたものだが、美味しくない。これでは貴族には売れないだろう。売れ残って平民向けにたたき売られるのがおちだ。


(父上からも援助はこれっきりだと言われているからな、いい加減なんとかしないと)


 昔は金鉱山で栄えたハーパー伯爵家も、金を取りつくしてからは農業をメインの産業にしてからはあまり羽振りがよくない。悪いわけでもないのだが、金遣いの荒い義母と妻のせいで、伯爵家はいつも赤字経営だ。


 赤字を何とかしようと、領民の税をあげたけれど、売れないワインとジャガイモ生産が主の産業であるハーパー伯爵領の領民から搾り取れる額は知れている。

 これ以上搾り取れば、領民の生活が立ち行かなくなるところまで上げたので、もう税金には頼れない。


 頭の悪いグレイスは、平民の生活が立ち行かないなら子供を売るなり殺すなりして口減らしをすればいいじゃないかと言っていたが、税金は一人あたりにつくので、人口が減れば、回りまわって入ってくる額が減るのだ。グレイスは領地経営に無関心なので、そんなことも知らないのだろうが。


 仕方なく実家のダストン子爵家に泣きついて、支援してもらっているけれど、とうとう父から「これが最後だ」と見切りをつけられてしまった。

 父にも世間と同じようにエイジェリンとの婚約破棄は彼女が病弱だからと言うことにしているけれど、それでも病弱だと切り捨てたロバートに、いい感情を覚えていない。


 もともとエイジェリンとロバートの婚約は父とエイジェリンの父が望んだことなので、婚約を解消したと事後報告した時は、父は烈火のごとく怒り狂った。

 父は、エイジェリンのことを実の娘のように可愛がっていたのだ。危うく勘当までされかけたところを、義母とグレイスとともに何とかとりなしたけれど、そんな背景もあって、これ以上の援助は期待できない。

 それに――


(エイジェリンのことが陛下に知られるなんて……)


 エイジェリンが国王夫妻の結婚記念のパーティーに出席していたのは誤算だった。

 エイジェリンの母方の伯父夫妻を脅し、金に困っていたモーテン子爵に援助と引き換えにエイジェリンを雇わせて監視していたのに、いつの間にエイジェリンはあの家を去っていたのだろう。早急にモーテン子爵の援助を打ち切って問い詰めなくてはならない。援助を打ち切るのは、父からの金が入らなくなったのでどの道そうするつもりだったし、ちょうどいい。


 エイジェリンがブラッド伯爵とともにいたことを考えると、彼に匿われていると見るのが妥当な筋だった。

 ブラッド伯爵は変人で滅多に社交界に姿を見せないが、パーティーのときの様子を思い出す限り、国王陛下と親しい関係にあるのは間違いない。


(ウィリアム・ブラッドとエイジェリンが恋仲にあるのなら、陛下からエイジェリンの件についてお咎めがあってもおかしくない)


 咎められるだけならまだいいだろう。最悪、伯爵家を奪われてしまう。早く手を打たなくては。しかし、取り急ぎそれらしい理由を出ちあげてエイジェリンを呼びつけて見たものの、そこから先、どうしたらいいのか。名案は何も浮かばなかった。


 飲みかけのワイングラスを置いて、ロバートが長い溜息を吐いたとき、バスルームから妻のグレイスが出てきた。

 裸にタオルを巻いただけの姿で現れたグレイスに、ロバートの喉がこくりと鳴る。


 金遣いが荒く、馬鹿なことが玉に瑕だが、それ以外においてグレイスは最高だった。

 タオルから今にも零れ落ちそうな豊満な胸、細い腰、大きな尻。ぷっくりと膨らんだ色気のある唇。金をかけて磨き上げられた肌はすべすべとして触り心地がいいし、何より、金さえ与えていればロバートに従順だ。

 今も、ロバートの欲にまみれた視線に気が付いて、クスリと笑うと、グレイスは思わせぶりな態度でタオルの合わせ目に指を這わせる。

 はらり、とタオルが床に落ちた瞬間、ロバートは立ち上がった。


「グレイス」


 裸の腰を引き寄せると、グレイスは誘うように唇を舐めながら、小首を傾げた。


「ねえ、エイジェリンをどうするか、決めたの?」


 甘えるような声で、ロバートが頭を悩ませていることを言われて、一気に興がそがれた。

 ロバートはまた大きなため息をついてグレイスから手を離すと、ソファに戻ってワイングラスを手に取る。一口飲んで、やはりまずいとそれを置き、首を横に振った。


「まだ考え中だ」

「そんなに難しい問題かしら?」

「君にはわからないだろうが、エイジェリンをどうするかで、今後の俺たちの立場が決まるんだ。このまま伯爵家に残れるか、路上に放り出されるかのどちらかだぞ。極めて深刻な問題だ」


 頭の中で、最悪の場合、グレイスを捨ててエイジェリンを手に入れる算段をしながら、ウィリアムがいる限りそれは難しいと舌打ちする。

 そうとは知らないグレイスは、不思議そうな顔をした。


「どうして? 要するにエイジェリンがいなければいいんでしょう?」

「いるから困っているんだ」

「だからあ」


 グレイスは甘えた声で言いながら、ロバートの隣に座って、細い腕を彼の首に巻き付けた。


「消しちゃえばいいのよ」


 ふふ、と楽しそうに笑ったグレイスは、どこまでも無邪気だった。


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