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過去と悪だくみと招待 6

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「ひどいですよ、ルーベンスさん。どうしてあんなことを言ったんですか⁉」


 エイジェリンは「商家の娘エイミー」と偽っていたのに、ルーベンスのせいですべてがパアだ。三人に知られたということは、邸中に知られるのも時間の問題である。

 紅茶とお菓子の乗ったワゴンを持ってウィリアムの部屋に戻って来るなり、ルーベンスに詰め寄ったエイジェリンに、ルーベンスは至極当然の顔をして返した。


「あなたのことが知られるのはどうせ時間の問題です。旦那様があなたをハーパー伯爵令嬢に戻すと言っているのですから。むしろあの状況では知らせておいた方が面倒ごとが少なくなるでしょう。あなたもケリーの態度に困っていたのでちょうどいいのでは? そんなことより、あなた宛ての手紙は誰からなんですか?」

「えっと、まだ見てません」


 エイジェリンは釈然としなかったけれど、ルーベンスを責めたところで後の祭りだ。

 ウィリアムも「お前は少し考えてものを言えよ」とルーベンスを叱ってくれるけれど、ルーベンスは悪いとも思っていない様子なので、何を言っても暖簾に袖押しだろうし。


 エイジェリンが、ケリーから受け取って、ワゴンの上に置いていた手紙を取れば、差出人を確認する前にルーベンスに取り上げられてしまった。エイジェリンの手紙なのに、なぜかウィリアムに手渡される。

 ウィリアムはくるりと手紙をひっくり返し、封蝋に押された紋章を確認すると眉を寄せた。


「エイミー、これはハーパー伯爵家の紋章ではないか?」


 ウィリアムが封蝋を表にしてエイジェリンに見せる。ウィリアムの言う通り、白鳥を象った紋章はハーパー伯爵家のもので間違いなかった。

 しかし、ハーパー伯爵家の紋章が押された手紙がエイジェリンに届くのは不思議だった。戸惑いつつ頷くと、ウィリアムが「開封していいか?」と確認してくる。

 エイジェリンが許可を出すと、ルーベンスが差し出したペーパーナイフで手紙を開封したウィリアムが、一枚だけ入っていた便箋を取り出した。


「差出人はロバート・ハーパーのようだ。……ふむ、随分と馬鹿げた手紙だが、見るか?」


 ざっと手紙の文面に視線を這わせたウィリアムがふんと鼻を鳴らして、エイジェリンに便箋を差し出した。

 エイジェリンは飾り気のない白い便せんに目を落として、これは本当にロバートが書いたのだろうかと困惑する。


 右肩上がりの特徴的な字はロバートのもので間違いないが、内容が意味不明だった。

 エイジェリンの背後からルーベンスも便箋を覗き込んで、怪訝そうな顔をする。ルーベンスには、ウィリアムが昨日のことも、エイジェリンの事情も話しているので、この手紙の内容の不自然さが理解できるのである。


 端的に言えば、ロバートの手紙は、エイジェリンとの復縁を望むものだった。

 グレイスとの結婚生活がうまくいかなくなり、熟考の結果、伯爵家のためにはやはり正当な血筋のエイジェリンを妻に迎えた方がいいと書かれている。


(俺は昔と変わらず君を愛しているって……ロバートは、わたしを愛していたの?)


 復縁したいという内容もさることながら、ロバートがエイジェリンを愛していたというのが信じられない。だって、本当に愛していたなら、騙して家を奪い取って、あまつさえ追い出すような真似をするだろうか。

 それに、エイジェリンとの復縁を望んでいるのならば、昨日のパーティーでの彼の態度はあり得なかった。


「何か裏がありそうだな」

(裏? あ、裏……そうよね)


 動揺しすぎて、そんな当たり前のことにも気づかなかったようだ。ウィリアムに言われて、無意識のうちに詰めていた息を、ふぅ、と吐き出す。

 ロバートが復縁を望むはずがない。これはきっと、何か裏があるはずだ。


「ここに手紙を送りつけてきたことから、一番わかりやすいのは俺と君の仲たがいだろうね。ロバートは俺と君が恋仲だと勘違いしていたから。だけど――」

「それだけではないでしょうね」


 ルーベンスがそう言ったのは、手紙の最後に書かれている文章からの判断だろう。

 手紙の最後には、二週間後、ハーパー伯爵家に来るようにと、半ば命令文の文章が添えられていた。グレイスとの離縁と、エイジェリンとの復縁について話し合うから、必ず来るように、と。迎えの馬車もよこすと書いてある。


 ウィリアムが手を伸ばしたので、エイジェリンは彼に手紙を渡す。狼狽して思考がまとまらないエイジェリンに代わり、ルーベンスがローテーブルの上に三人分の紅茶と茶菓子を並べた。


「こんなものに乗ってやる必要はないが……、君が手紙の真意を確かめたいなら、別に行ってもかまわないよ。ただ、俺も一緒に行くけどね」


 ウィリアムは手紙を封筒に戻すとテーブルの上に置いて、エイジェリンの判断を待つように膝の上に両肘をついて手を組んだ。

 組んだ手の上に顎を載せて「どうする?」と首を傾げる。

 エイジェリンはきゅっとスカートを握りしめて、視線を落とした。


 本音を言えば、行くのは怖い。ロバートのことは信じられないし、復縁と言うのが本当だったら、ものすごく困る。ハーパー伯爵家が取り戻せるのは嬉しいが、ロバートとは絶対に結婚したくない。笑顔を浮かべてエイジェリンを裏切った男と復縁するなんて、死んでも嫌だった。


(でも……逃げるのはいや)


 思い返せば伯爵家を追い出された十五歳のあのとき、絶望していたとはいえエイジェリンは素直に引き下がりすぎたと思う。もっと、戦うことだってできたはずだ。国王の承認があっても、急に継承権を取り上げられた理由を確認するくらい、できたはずなのである。エイジェリンは、逃げたのだ。目の前の現実から目を背けて、何も考えたくないと、立ち向かうことをせずにただ逃げた。


 ロバートの誘いを無視しても、ウィリアムはきっと、ハーパー伯爵家を取り戻してくれるだろう。エイジェリンはただ待っていればいい。けれど、それでは五年前と何も変わらない。嫌なことから目を背けて、逃げているだけの十五歳の自分のままだ。

 エイジェリンは顔をあげた。


「行きます。行って、ロバートの話が本当なら復縁をお断りします。そして伯爵家を返してもらいます。……ハーパー伯爵家は、わたしの、大切な場所ですから」


 ロバートの真意がどこにあるのかはわからないけれど、自分自身が迷わなければいいのだ。何を言われてもロバートとは復縁しないし、伯爵家は取り戻す。彼の真意は関係ない。

 ウィリアムは口端を持ち上げて笑うと、ルーベンスに手紙を差し出した。


「陛下にも知らせておいてくれ。計画とは変わるが、陛下の希望通りの展開になるかもしれない、と言ってな」


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