過去と悪だくみと招待 3
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国王夫妻はパーティー会場に戻ったが、ウィリアムとエイジェリンは、パーティーの終わりを待たずに帰途につくことにした。
ウィリアムは国王夫妻の前でアルジャーノンに意識を奪われてやらかしたせいで、先ほどからずーんと暗く沈んでいる。
馬車の音が静かに響き渡る夜の道を、城からブラッド家に向かう馬車の中、ウィリアムは何度目になるのかわからないため息を吐いた。
「間違いなく、当分揶揄われる……」
ウィリアムとフリードリヒ国王は、昔から仲がいいらしい。
フリードリヒ国王の母は、ブラッド家の親戚筋の侯爵家出身だそうで、それゆえ、即位前はよくブラッド伯爵領に遊びに来ていたという。
ブラッド家の男子に現れることのある特異体質に理解があるのもそのためで、フリードリヒは、ウィリアムが豹変するのを見ては、「私はお前のような変な体質に生まれなくてよかった」としみじみとつぶやいて、ウィリアムを怒らせていたそうだ。
フリードリヒは、ウィリアムが体質のせいでとんでもないやらかしをしても、裏から手を回してそれとなくかばってくれる優しい親戚である反面、ウィリアムが何かやらかすたびにしばらくそれをネタに笑うという失礼な男でもあるという。
エイジェリンもいろいろなことが判明してかなりのショックを受けていたけれど、ウィリアムの落ち込み具合に、自分のことよりも彼のことが心配になってきた。
「ええっと……陛下もきっと、すぐに忘れてくださいますよ……たぶん」
「ないな。絶対、十年は覚えている。昔、幼女趣味の霊に憑りつかれて五歳児に求婚した時にも、笑いながら十年後に嫁に来てもらえるように私から頼んでやってもいいぞ、などと言われたんだぞ」
「そ、それはまた……」
「きっと君のこともあれやこれやと言われるんだ。それでなくとも、俺がパーティーに連れてきた君に、すごく興味を持っている」
慰めたつもりだったのに、逆に落ち込ませてしまった。
ウィリアムは馬車の窓に額をつけて何度も重たいため息をついたあとで、気を取り直したように顔をあげた。
「まあいい。悔やんだところでどうせ変わらない。そんなことより、君のことだ。陛下がその気になっている以上、ハーパー家は確実に取り戻せるが……君は、伯爵家に戻りたいということでよかったんだよな?」
さっきは君を置いて勝手に話を進めてしまったから、とウィリアムが申し訳なさそうに眉尻を下げた。
ハーパー伯爵家が再びエイジェリンの手に戻ってくるのなら、ぜひ取り戻したいけれど、エイジェリンはふと疑問に思った。
「あの……それはもちろん嬉しいんですけど、どうして伯爵様がそこまでしてくださるんでしょうか……?」
エイジェリンのためにハーパー伯爵家を取り戻しても、ウィリアムには何の得もない。
婚約者に裏切られて、伯父夫妻ももしかしたら自分を裏切っているのかもしれないとわかったからか、エイジェリンは他人の親切を無条件に信じるのがちょっと怖い。
ハーパー伯爵家を取り戻すことで、ウィリアムに何かしらの利益あると言われた方が、むしろ安心できるほどには、再び誰かを信じて裏切られる恐怖が、エイジェリンの中で大きくなっていた。
ウィリアムはとても親切で、優しいけれど――昔は、ロバートのことも優しい婚約者だと信じていた。信じていた人が急に手の平を返すという残酷な現実を、エイジェリンはもう知っている。
「俺がしてあげたいからだけど……それだと、君は納得しそうにないね」
ウィリアムは肩をすくめて、エイジェリンの前に人差し指を立てた。
「まず一つ目。君には俺の体質のせいで、とても迷惑をかけている」
ウィリアムは人差し指に続いて中指を立てる。
「二つ目。ルーベンスの早とちりのせいで、君をとても傷つけてしまった。三つ目。陛下がすっかりやる気で多分止まらない。四つ目。ハーパー伯爵夫妻の今日の態度に、俺もムカついている。そして五つ目――」
薬指、小指、と順番に立てていき、最後に親指まで立てて手のひらを見せると、ウィリアムが笑った。
「俺は君が気に入っている。こんな体質の俺にとって、気味悪がらずに普通に接してくれる君は、とても貴重な存在だ。個性だと言われたのは生まれてはじめてだし、とても嬉しかった。力になってあげたい」
「それ、だけ……?」
「俺には充分すぎる理由だよ」
そうだろうか。他人の家の、それも面倒くさい事情に首を突っ込む理由としては、まだたりないだろう。けれども、そう思いながらも、エイジェリンは体の力がふっと抜けていくのを感じた。
ハーパー伯爵家が取り戻すことができるなんて、考えてもみなかったことだ。
ハーパー伯爵家が奪われ、祖父母のもとに身を寄せたときも、祖父母は、国王の承認があるのならばどうすることもできないと言った。
諦めなさいと言われ、毎日何十回も、何百回も、「諦めろ」と自分に言い聞かせて過ごした。
(思い出の詰まった家が……戻ってくる)
ツン、と鼻の奥が痛くなって、エイジェリンは慌てて顔を上に向けた。そうして涙がこぼれるのをどうにか耐えていると、ウィリアムが一際優しい声で言った。
「君は五年も頑張って耐えた。偉かったね……エイジェリン」
エイミーでなく、エイジェリンと、いっそ捨ててしまいたいとすら思った名前を呼ばれて――、エイジェリンは、両手で顔を覆って泣いた。




