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ブラックダイヤモンドの呪い 1

プロローグで止めると、なんかヤバい物語に思える気がしたので、本日二話目も更新します(^_^;)

「すまなかったエイミー! 本当に申し訳ないことをした! この通りだ! そして頼むからさっきのことは君の記憶の中からきれいさっぱり抹消してほしい‼」


 ベッドの上で土下座をしているウィリアムに、エイジェリンは途方に暮れた。

 エイジェリンの胸に顔を押し付けたまましばらくむにゃむにゃ言っていたウィリアムは、突然まるで何かに殴られたように俊敏に飛び起きた。


 ベッドの上で硬直していたエイジェリンを見て真っ青な顔をして、そして、飛び跳ねるように正座をになると、ベッドに額をつけて土下座の体勢になったのである。

 エイジェリンはそーっとベッドから降りて、ウィリアムと距離を取ってから、さてこの状況をどうしたものかと考えた。

 何が起こったのかさっぱりわからないのだ。


(でもさすがに、この状況を誰かに見られたらまずいわよね?)


 いつまでもウィリアムが起きてこないと、心配した執事のルーベンスが様子を見に来るかもしれない。これでは、エイジェリンは主人であるウィリアムを土下座させているようにも見えるだろう。人に見られるのは非常にまずい。


「え、ええっと、伯爵様。その……わたしは気にしていませんから。ほら、寝ぼけていたらその……他人をお母様を間違えることだってきっと、ある、と思いますし……」

「ああっ!」


 必死になって慰めようとしたのに、ウィリアムは何故か頭を抱えて、ごんごんと額をベッドのマットレスに打ち付けはじめた。


「違う! 違うんだ! 俺ではない。断じてない! 俺は自分の母上のことをママなんて呼ばないし、第一マッシュポテトなんて大嫌いだ! ましてや妙齢の女性の胸に顔を押し付けて甘えるなんて不埒なことは決してしない! 信じてくれ!! ……あ」

「……どうぞ」


 頭を打ち付けたからかそれともほかの理由からか、たらっと鼻血を出したウィリアムに、エイジェリンはそっと無地のハンカチを差し出した。


「重ね重ねすまない……」


 土下座はやめてくれたけれど、ウィリアムはすっかり小さくなって、ハンカチで鼻を押さえて視線を落とす。

 体格のいい男性に組み敷かれて泣きたいのはこちらの方だったはずなのに、今ではすっかり立場が逆転している。


 本気で泣きそうな顔をしたウィリアムが、ハンカチで鼻を押さえたまま、すっと自分の右の手を差し出した。

 親指に、大きな黒い石の指輪がはまっている。どうでもいいが、寝る時くらい指輪を外したらどうだろうか。

 そんなことを思っていると、ウィリアムは小さな声で「これのせいなんだ」と言い出した。


「いずれ知るだろうから、隠しておくこともないだろう。……君に失礼を働いた俺は、実は俺ではなく、この指輪に宿った魂のせいなんだ」

「はい!?」


 また妙なことを言い出した。

 エイジェリンは、きっとウィリアムはまだ夢の中にいるのだろうと決めつけた。


「あのう、目が覚めるように、今朝はコーヒーをお持ちしましょうか?」

「俺は起きている。そして、いたって正気だ。嘘じゃない。本当だ。俺の体には今、この指輪の霊が乗り移っている。試しにこの指輪を抜いてみるといい。決して抜けないから」


 さあ、と右手を差し出されて、エイジェリンはおずおずと大きなその手に触れた。

 親指にはまった指輪に手をかけて、そっと引き抜こうとしたけれど、まるで指に張り付いているかのように、その指輪はびくともしない。

 さすがに驚いていると、ウィリアムは肩をすくめた。


「この指輪の魂が満足し、成仏するまで離れない。ブラッド家の男は昔から、こういういわば特殊な体質を持っていて、古い宝石に宿った魂が乗り移るんだ」

「あの……もしそれが本当なら、わかっていてどうして指輪をはめたのでしょうか?」

「はめたくてはめたんじゃない!」


 ウィリアムは悲鳴のような声を上げて、キッと指にはまった指輪を睨んだ。


「昔から勝手に張り付いてくるんだ。指輪だろうがイヤリングだろうがネックレスだろうがブレスレットだろうが、それが女ものだろうとお構いなしに張り付いて離れない! 俺もうんざりしているんだ! この指輪だって本当は陛下の手元にあったものなのに、謁見した際に俺のところに飛んできてこの通りだ! 陛下も驚いていたが、我がブラッド家の事情をご存じなので、笑いながら貸し出してくれた。霊が成仏したら返してくれだと言ってな! 俺だってこんなマザコンで好きでもないジャガイモを食わせろと騒ぐ霊なんてまっぴらなんだ!」


 ほとんど息継ぎなしでまくしたてるように叫んだウィリアムは、疲れたようにぱたりとベッドに横になった。

 下を向くと鼻血が垂れてくるので仰向けになって、天井に向かって大きなため息をつく。


「えっと…………疑ってすみませんでした」


 まだにわかに信じがたいけれど、嘘を言っているようにも見えなくて、エイジェリンが困った顔でそう言うと、ウィリアムははちらりと彼女を見て、首を横に振った。


「いや、こちらこそすまなかった。本当ならば、君を雇ったその日に打ち明けるつもりだったんだが……前のメイドの時に嫌な思いをしてね」


 ウィリアムによると、ひと月ほど前にくっついていた宝石は、酒と女と賭博が好きな男の霊だったそうだ。それをいいことに、前任のメイドは霊が乗り移っているときのウィリアムに色仕掛けで迫ってきたらしい。

 だからウィリアムは、エイジェリンの人となりがわかるまでは、この厄介な体質のことは秘密にしておこうと決めていたのだとか。……今朝、ばれてしまったけれど。


 ウィリアムはのそりと起き上がって、鼻血が止まったかどうかを確かめたのち、血で汚れたハンカチをベッドの上に置いた。


「ハンカチは新しいものを買って返そう。綺麗に洗ったって、男の鼻血を拭いたハンカチなど持ちたくないだろう。それからそのう……服を着替えて来ても構わない。大変言いにくいことだが、胸元に俺のよだれがついている」

「えっ」

「……本当に本当に申し訳ない。特別手当を出しておく。だから頼むから、今朝のことは忘れてくれ」


 はーっと両手で顔を覆ったウィリアムを前に、エイジェリンはもしかしなくとも、とんでもないところに雇われてしまったのではないかと思ったのだった。


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