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パーティーの再会 2

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 アニスと一緒に、三階の窓から大通りのパレードを眺めたのち、エイジェリンはウィリアムとともに城へ向かった。

 思い返してみれば、城には、エイジェリンが十四歳の時に、デビュタントパーティーで訪れたきりだった。


 高台にそびえ立つ城は、四隅の尖塔をつなぐようにして作られている。

 よく手入れされている芝の広がる前庭を眺めながら馬車が玄関口まで乗り付けて、エイジェリンはどきどきしながら馬車を降りた。


 パーティーは城の大ホールで開かれるという。

 ウィリアムにエスコートされながら大ホールに向かうと、入り口でウェルカムドリンクのスパークリングワインが手渡された。

 国宝夫妻が姿を見せる、パーティー開始までは時間があるが、会場にはすでに多くの貴族が集まっている。


「俺に話しかけてくるような酔狂はそうそういないし、アルジャーノンが表に出てこないように気を付けておくから、君は楽にしていていいよ。向こうにケーキが並んでいたし、食べに行く?」


 デビュタントの時は緊張で食べ物が喉を通らなかったが、今日のエイジェリンはウィリアムのただの付き人だ。おしゃべりに忙しい貴族と違って、不名誉な噂が付きまとうウィリアムは、お喋りの中心に行くことはないらしい。

 貴族である以上、後継ぎのことも考えなければならないので、ウィリアムは本来であればこういう場で将来の花嫁を探すべきなのだろうが、気が乗らないようだった。


(まあ、アルジャーノン王子がいつ出てくるかわからない状況で、恋人探しをしている暇はないでしょうけど……)


 不名誉な噂と、厄介な体質を持つ彼だが、本人は背が高くて素敵な紳士だしとても優しい。そしてブラッド伯爵家は、辺境伯なので、爵位は侯爵家と同等だ。彼がその気になれば、すぐに素敵な花嫁を見つけることができるだろうに、いまだに彼が独身なのは、彼自身が結婚に関心を示していないからだろうとエイジェリンは思っている。


 エイジェリンは、ウィリアムとともに会場の隅に置かれている飲食スペースの、ケーキが並んでいるテーブルに向うと、真っ白な皿の上にケーキを二つほど乗せた。

 ケーキと言う贅沢品を食べるのはずいぶんと久しぶりなので胸が高鳴る。

 大きなイチゴが乗っているショコラケーキに舌鼓を打っていると、その様子を見たウィリアムも同じものを皿にのせた。


 男性の中には甘いものを苦手とする人も多いようだが、ウィリアムは違うようで、ショコラケーキをぱくりと食べると「ああ、美味いな」と目を細める。


「どうせなら、こいつが好きなものがジャガイモじゃなくてケーキならよかったのに」

「三食ケーキですか? すぐに太ってしまいそうですね」

「ああ、それは困るな」


 ウィリアムが笑った腹のあたりを撫でる。


「父は痩せていたんだが、叔父が太っていてね。叔父は父の双子の弟で、俺は父の顔立ちによく似ていているから、必然的に叔父にもそっくりなんだ。だから、年を取って太った自分の姿がよくわかるからね。絶対に太りたくない」


 エイジェリンはくすりと笑って、それからふと気になって訊いてみた。


「叔父様と言うと、伯爵様と同じ体質をお持ちなんですか?」


 ウィリアムの体質は、ブラッド家の男によく見られるものだと聞いた。ならば、彼の父や叔父が同じ体質を持っていてもおかしくない。

 ウィリアムはケーキの上に載っているイチゴを口に入れて頷いた。


「ああ。俺ほどじゃないけどね。俺はブラッド家の厄介な体質が、強めに現れているらしいよ。叔父は……そうだな、一、二年に一回くらい、宝石に憑りつかれているね」

「ちなみに伯爵様は……?」

「半年に一回。……多いときは二、三か月に一回だ」

「それはまた……」


 ほとんどかわるがわる宝石に憑りつかれていることになる。エイジェリンは心底ウィリアムに同情した。


「できるだけ領地の城から宝石を排除しているんだが、どういうわけか手元に宝石が舞い込んでくるんだ。まったく勘弁してほしいよ」


 辺境伯であるブラッド伯爵領には、天空城という異名を持つ青い屋根の城があるそうだ。

 標高の高い場所に立っていて、屋根が空のように青く、尖塔の先が雲にかかることもあることからその名がついたと言われている。

 そして、その城の歴史は古く、王都の城よりも昔――ブラッド領のある一帯が、独立した小国であった時代に建てられたものらしい。


 ウィリアムとケーキを食べつつ談笑しているとパーティーの開始時間になったようで、国王夫妻が入室して来た。

 二十九歳の国王は、赤いマントに金の王冠という盛装で、一つ年下の王妃は、真っ白なドレスにティアラを身に着けている。

 ウィリアムによると、あの格好は夫妻が結婚式に身に着けたものと同じらしい。どうやら十周年の節目と言うこともあり、当時と同じ格好をすることにしたようだ。


 国王夫妻がワルツを一曲踊って、数段高いところに設けられている椅子に着席すると、パーティーが本格的にはじまった。

 華やかなワルツに紳士淑女が踊り出し、あちこちで楽しそうな笑い声が聞こえる。

 国王夫妻への挨拶は、身分順に時間が決められているようで、ウィリアムはブラッド家が許可されている時間まで、どこかで時間を潰そうと言った。


「ここは人が多くて落ち着かないだろう?」


 どうやら、ウィリアムはエイジェリンの心情を汲んでくれているようだった。

 自分を覚えている人はほとんどいないだろうと思うけれど、どうしても人の目が気になっていたエイジェリンはその心遣いをありがたく頂戴することにした。


 バルコニーは寒いので、ウィリアムとエイジェリンは会場の外の廊下に置かれている椅子に座っておしゃべりを楽しむことにした。

 パーティーは三時間を予定しているので、途中で疲れた人が休憩できるようにと、あちこちに椅子が置かれている。


 まだパーティーがはじまってすぐなので、廊下の椅子には誰の姿もなかった。

 ウィリアムが入口の近くにいた使用人に新しいドリンクを頼み、ウィリアムが白ワイン、エイジェリンがシードルを受け取る。


「思うに、宝石に憑りつく霊は変な性格のやつが多いのは何故だろう」


 ウィリアムが右手の親指の指輪に触れつつ嘆息した。


「こいつはまだいい方だ。ロリコンや露出狂、女好き、それからなぜか紙を食べたがるやつもいた。猫語を喋るやつもいたぞ。おかしくないか? それとも俺が知らないだけで、世の中にはこんなにおかしな人間が溢れているのだろうか?」


 ウィリアムが真剣な顔でぼやくから、エイジェリンはプッと吹き出してしまった。


「笑わなくてもいいじゃないか」

「だって……その、お可哀そうだなと思って」

「本当か? 面白がってないか?」

「そんなことは……ふふ、猫語って、どんな言葉なんですか?」

「俺が知るか。俺にはにゃーにゃー言っているだけにしか聞こえなかった。その霊はエメラルドのブローチに憑りついていたが、どういうわけかそいつはにゃーにゃーいうだけの猫の言葉の意味を理解していたようだがな。ああ、あいつが喋っていた猫語で一つだけ覚えている。ええっと、にゃにゃにゃーにゃにゃー、が『ご機嫌いかが?』だ」

「ふっ、もうダメ! あははははははは!」


 ウィリアムが真顔で「にゃーにゃー」言うからか、エイジェリンは我慢できなくなって笑い出した。変なツボに入った気がする。笑いが止まらない。

 エイジェリンが笑い転げると、ウィリアムは憮然とした面持ちになった。


「俺は真剣なんだが」

「え、ええ、わかっています……ふ、ふふふふふっ。ね、猫語があるなら、犬語もあるんでしょうか?」

「どうだろうな。もし犬語が話せる霊が憑りついたら、俺は猫と犬の両方と会話したはじめての人間だろうな」

「あ、あっ、あはははははは!」


 本人は冗談で言っているのではないのだろうが、エイジェリンにはウィリアムがエイジェリンを笑わせようとしているとしか思えなかった。

 ウィリアムが犬と会話しているところをぜひ見てみたいものである。


「エイミーは俺のこの体質が気持ち悪くないのか?」


 笑い転げるエイジェリンに、ふと、ウィリアムが不思議そうな顔で訊ねてきた。

 エイジェリンは深呼吸をしてどうにか笑いを治めると、目尻にたまった涙を拭いながら首をひねる。


「どうしてですか? ……そりゃあ、大変そうですし、お可哀そうだなとは思いますけど」

「それだけか? 急に人格が変わるんだぞ? 人格が変わるだけでなく、おかしな行動を取るんだ。父上なんて昔、地面に穴を掘ってその中に入りたがる変な霊に憑りつかれて、穴に入るどころか首から下を完全に埋めてしまうから、母上が埋まった父上を掘り出すのにとても苦労していたんだ」

「そ、それはまた……」


 人から聞いただけだと笑い話だが、それを実際に目にすると、確かに困ることも多いだろう。だが別に、そういう体質なのだとわかっているので、気持ち悪いとは思わない。

 エイジェリンはちょっと考えて、言った。


「なんていうのか……、例えば髪や瞳の色が違うように、性格も体質も人それぞれですから……伯爵様の体質が、たまたまそうだっただけのことで、それはわたしの髪の色が、人から揶揄される鉄錆に似た色なのと同じようなものじゃないでしょうか? 他人のウケはよくありませんけど、この髪の色は、父とそっくりなので、わたし自身は気に入っていますし……ええっと、うまく言えませんけど、きっとそれと同じですよ。もし伯爵様の体質についてとやかく言う人がいても、それは誰かの髪の色を見て笑っているのと同じようなものなので、気にしなくてもいいと思います」


 エイジェリンの髪の色を気持ち悪いという人もいるかもしれない。でも、好きだと言ってくれる人も必ずいる。

 ウィリアムの問いの答えにはなっていないかもしれないけれど、そう言ってエイジェリンが微笑むと、彼は虚を突かれたような顔で押し黙った。


 それから、突然、ふいっと視線を背けてしまう。

 片手で口元を押さえて、耳が少し赤くなっていたから、照れているのだろうか。


「その……、君がそう言ってくれて、俺は、その、嬉しいよ」


 体質で嫌な思いをすることが多かったウィリアムは、その体質ごと彼を肯定してくれる人がいなかったのかもしれなかった。

 エイジェリンはたいしたことを言ったつもりはないけれど、ウィリアムが喜んでくれたようなので、「どういたしまして」と返そうとして――ぎくりと肩を震わせた。


 廊下の奥から、こちらへ向かって歩いてくる男女の姿を見つけたからだ。

 パーティーに遅刻してきたのだろうが、その二人は別段焦っているわけでもないようで、のんびりとした歩調でこちらへ歩いてきて、エイジェリンと一定の距離を開けて立ち止まった。

 そして、二人そろって目を丸くして、それからにんまりと笑う。


「誰かと思えば、エイジェリンじゃないか」


 エイジェリンの心臓が、どくりと嫌な音を立てた。


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