パーティーの再会 1
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「エイミーって、実はどこかの貴族のお嬢様だったりするの?」
国王夫妻の結婚記念パーティー当日、エイジェリンのコルセットの紐を結びながら、同僚のメイド、アニスが何気なく口にした一言に、エイジェリンはぎくりと肩を揺らした。
「あ、あり得ないわ! ど、どうして?」
エイジェリンがもとハーパー伯爵令嬢であることは秘密だ。アニスは年も近くて面倒見のよい、仲のいいメイドだけれど、こればかりは明かすわけにはいかない。
どうして気が付いたのだろうと緊張していると、アニスが肩をすくめた。
「そうよねえ。お嬢様がメイドなんてしているはずないもの。あ、でも商家出身ってことは、結構お金持ちなんじゃない? じゃあやっぱり、お嬢様みたいな暮しをしていたのかしら?」
「そ、そんなことはないわ。普通よ」
「ふーん? あたしの普通とエイミーの普通がかけ離れているような気がするけど。普通の庶民が、旦那様のパートナーに選ばれるはずないし、ね。……はい、次はドレスよ」
「たまたまよ。たまたまオーガスタ様がいらっしゃったときに、お茶をお持ちしたから……」
「そうかしら」
「そうよ」
「じゃあ、運がよかったのね」
「え、ええ。そうね」
本当は、万が一エイジェリンの顔を覚えている人がいたらと思うと、パーティーに出席するのは気が重かったけれど、そんなことは口が裂けても言えない。
アニスはうっとりと、「あたしも一生に一度でいいから、お城のパーティーに行ってみたいわ」と言っていて、かわれるものならかわってほしいが、それを言ったら間違いなく顰蹙を買う。
「でもアニス、パーティーは夜からなのに、どうしてこんなに早く着替えるの?」
「あらだって、あたし、パーティーに出席する女性の支度なんてしたことがないもの。失敗するかもしれないし、早めに取りかからないと、間に合わなかったら大変でしょう?」
ウィリアムの母である前伯爵夫人の支度をしたことがあるのは、現在王都の邸に連れてこられている使用人の中で、メイド頭のケリーだけである。
しかしエイジェリンに対するケリーの当たりが強いことを知っているウィリアムとルーベンスは、エイジェリンの支度をケリーに任せたりはしなかった。かわりに抜擢されたのが、エイジェリンと仲のいいアニスだったのである。
「でも、まだパレードもはじまっていない時間だと思うわ」
午後から国王夫妻を載せた華やかなパレード用の馬車が王都の大通りをぐるりと一周する予定だけれど、時計を見るに、それすらまだはじまっていないはずだ。
「パレードがあるの? あたし、今回はじめて王都に連れてきてもらったから、知らなかったわ! パレードって、誰でも見ていいの?」
「いいはずよ。でも、すごく人が多いから、気を付けた方がいいわ」
大通りは、国王夫妻を一目見ようと、多くの人が集まる。エイジェリンが昔亡き父とともにパレードを見たときは、大通り沿いの宿の一室を借りて、その窓から見たけれど、通りを見ればびっくりするような人の多さだった。警備に駆り出されている兵士が、隙あらば張られているロープの外に出ようとする人を、必死になって押しとどめていた。
アニスは口を尖らせた。
「そうなの? じゃあ、今から行っても、人が多くていい場所は取れないわね」
「そうかもしれないわ。あ、でも、このお邸の三階の窓からなら、遠いけれど、パレードの馬車が見られるかもしれないわよ」
「確かに上の部屋の窓から大通りが見えるわ! エイミー、賢いわね! そうと決まれば、パレードを見るためにも支度を急ぐわよ」
アニスはエイジェリンの背中のボタンを急いで止めると、ぐるりと一周回って、ドレスの丈やほつれをチェックする。
「大丈夫そうね。……ああ、でも、なんて素敵なドレスなのかしら。エイミー、パーティーが終わったあとでいいから、このドレス、あたしも着てみていい?」
エイジェリンの身に着けているドレスは、ウィリアムが急いで手配してくれた流行のデザインのドレスだ。
去年までは、背中が大きく開いていたドレスが主流だったけれど、今年からはオフショルダーの、鎖骨下までが出ているドレスが流行っている。
ウエストはきゅっと絞られていて、その下のスカートは裾に向かってふわりと膨らむプリンセスラインだ。
エイジェリンが身に着けているのは薄い青紫色のドレスで、胸元には銀糸で百合の花が刺繍されている。スカートの裾にかけてのグラデーションが見事で、何重にも生地を重ねてあるから、光の加減で色が変化してとてもきれいだ。
ウィリアムの体質があって身に着けられない宝石のかわりに、肘丈の絹の白いグローブには、金と銀の糸で緻密な刺繍が施され、金細工の髪飾りはびっくりするほどに細工が細かくて美しい。
「明日にはお返ししなくちゃいけないけど、今日のうちならいいと思うわ」
ウィリアムはドレスも装飾品もエイジェリンにくれるといったけれど、どう考えても高価なこれらをもらうわけにはいかなかった。
返されても使い道はないと言われたが、エイジェリンは半ば押し通す形でドレス類を返すことにしたけれど、アニスの反応を見るに、英断だっただろうと思う。羨ましそうなアニスの顔を見る限り、ここで受け取っていたら、メイドたちから嫉妬されていたに違いない。
「ありがとう、エイミー!」
アニスは手を叩いて喜んで、エイジェリンをドレッサーの前に座らせると、丁寧に髪を編み込んでいく。
化粧はドレスを着る前に軽く施しているが、出かける前にもう一度直すそうだ。
エイジェリンの鉄錆色の髪が一つにまとめられて、金細工の髪飾りがつけられる。
アニスはもう一度、「ああ、なんて素敵なのかしら」と笑って、念を押すように言った。
「絶対、あたしにもドレスを着させてね? 約束よ!」
真剣なアニスにエイジェリンは小さく笑うと、もちろんよと頷いて、アニスとともにパレードを見るために三階に上がったのだった。