ジャガイモ畑のハプニング 3
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「……何故だ」
十本あったジャガイモをすべて掘り終えて、収穫したジャガイモでいっぱいになった大きな籠を見つめながら、ウィリアムが茫然と言った。
彼の右手の親指にはまった指輪はまだ抜けない。それはすなわち、指輪に宿っているアルジャーノンの霊が成仏していないことを指していた。
それどころか、ジャガイモ堀りをしたがっていたはずのアルジャーノンは、ウィリアムがジャガイモを掘りはじめてから今まで一度も反応を見せていないらしい。
「こいつはジャガイモが掘りたかったんじゃないのか!? 希望通り、母親と約束した場所でジャガイモを掘ってやったって言うのに、なんで反応を見せない!?」
これでアルジャーノンとおさらばだと喜んでいたウィリアムは、予想していたのとあまりに違う現状に戸惑っている。
「また振出しのようですね」
ルーベンスがたいしてがっかりしていない声で言って、ジャガイモの入った籠を台車に載せた。テーブル一枚分の畑のジャガイモを買い取ったので、これは持って帰らなくてはいけないのだ。
離れたところに停めてある馬車に積みに行くと言って、彼は台車を押してガタガタするあぜ道を進んで行く。
ウィリアムは手袋を脱ぎ捨てて、疲れた顔で服についた土を払っていた。
エイジェリンも土だらけになったエプロンを脱ごうとして、ふと、ウィリアムが掘り返した畑の中に、ジャガイモがもう一つ残っていることに気がついた。
(あ、もったいない)
ウィリアムは気にしないだろうが、ハーパー伯爵家を追い出されてから一人が長かったエイジェリンは、すっかり「節約」の二文字が染みついている。
取り忘れたジャガイモはそれほど大きくはなかったが、エイジェリンはせっかくだからと、ウィリアムが掘り起こして穴だらけの畑の中に足を踏み入れた。
「あんなにたくさんのジャガイモを……まさか、全部俺に食えと言わないだろうな」
背後で、ウィリアムがぶつぶつと独り言を言っている。ジャガイモがあまり好きではないウィリアムは、アルジャーノンのせいで普段は食べない大量のジャガイモを食べさせられて辟易している。今日収穫したジャガイモが食卓に並んだらと思うとゾッとするのだろう。
聞こえてきたぼやきにエイジェリンがくすりと笑ったときだった。
「あ!」
穴に足を取られて、履いていた靴の片方が脱げた。
そのせいで足がもつれて、ぐらりと体が傾ぐ。
「エイミー!」
ウィリアムがエイジェリンの声に反応して振り返り、慌てて手を伸ばした。
はしっ、とウィリアムがエイジェリンの手をつかむ。
しかし、エイジェリンはすでに、背中から後ろにひっくり返っていて、そのままウィリアムを巻き込んで畑の上にばたりと倒れてしまった。
「いっ……たぁ」
畑が掘り返されてふかふかなので、激痛と言うほどではないが、勢いよく倒れたせいで背中を強く打って、エイジェリンが顔をしかめる。
そして顔をあげ、ハッとした。
「…………」
「…………」
エイジェリンのすぐ目の前に、ウィリアムの顔があった。
倒れるエイジェリンに巻き込まれたウィリアムは、彼女に覆いかぶさるような体勢で倒れこんでいる。
鼻の頭と頭が触れそうな距離に、エイジェリンの心臓がドクリと大きな音を立てた。
かあっと顔に熱が集まり、同時にバクバクと脈が速くなる。
至近距離で見つめ合うウィリアムの顔も、心なしか赤い気がする。
心の中で、これはまずいかもしれないと思ったときだった。
ふっとウィリアムの紫色の瞳が、無邪気な子供のように輝いた。
あっと思った次の瞬間には、ウィリアムが全体重をかけてがばりと抱きついてくる。
「ママーッ」
アルジャーノンと取ってかわったウィリアムが、エイジェリンの胸に顔をうずめる。
中身は十歳児でも、体は二十四歳の青年だ。体重をかけてのしかかられているので、エイジェリンは起き上がることも跳ねのけることもできない。
途方に暮れていると、ジャガイモを馬車に積み終わったルーベンスが戻ってきて、はあ、と額を押さえた。
「また面倒くさいことに……」
その後、上機嫌でエイジェリンに甘えるアルジャーノンを必死で引きはがし、正気に戻ったウィリアムに散々平謝りされて、服にも髪にも顔にも土をつけた状態で、エイジェリンたちはブラッド家に戻ったのだった。




