ジャガイモ畑のハプニング 2
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バージルの町に向かうのは、ウィリアムとルーベンス、それからエイジェリンの三人だ。
馬車にはブラッド家のハヤブサを象った紋章が描かれていて、黒い艶々とした毛並みの馬が四頭つながれている。
「こいつらも走りたがっていましたからね、遠出する機会があって嬉しいでしょう」
ブラッド家のお抱えの御者がそう言って笑った。
領地では所有している牧草地でのびのびと生活している馬たちだが、王都に来るとそうはいかない。馬たちのストレスがたまらないように邸の庭を歩かせたりしているけれど、普段自由に走り回っている馬たちにはそんなものでは運動量がたりないそうで、最近機嫌が悪かったそうだ。
久しぶりに走れるとあって興奮しているのか、馬たちの鼻息が荒いようだと思っていると、馬車に乗り込んだウィリアムが「今日は少し飛ばしそうだな」と言って笑った。
ウィリアムは、ジャガイモを掘ることが目的だからか、質素なシャツとズボン、それから膝までの長いブーツを履いていた。
ルーベンスは、ジャガイモ堀りを手伝うつもりがないようで、ピカピカに磨かれた革靴を履いている。
エイジェリンは、簡素なワンピースの上に、一応エプロンをしてきたけれど、靴のことまで頭が回らず、ローヒールの布靴を履いてきてしまった。
馬車では、いつウィリアムが豹変して抱きついてくるかわからないので、エイジェリンはルーベンスの隣に座っている。
ウィリアムは今日でアルジャーノン王子が成仏してくれるだろうと、とても機嫌がいい。
使用するジャガイモ畑については、すでにブラッド家の使用人を先に行かせて、農家に金を渡して少し融通してもらえるように交渉させているという。
ジャガイモ堀りと言っても、アルジャーノンも王子だったのだ、農家のようにジャガイモ畑をすべて掘り返すことは望んでいないだろうから、一本二本掘りあげればきっと満足するだろう。
ぐるりと円周上にそびえ立つ、王都を囲う高い外壁の外に出れば、広がっているのは農村だ。
少し進めば三又に分かれている道があり、右手に行くと大きな街がある。
ウィリアムたちの目的地のマブール侯爵領は真ん中の道を進んだ先にあり、マブール侯爵領まで平坦な道が伸びているそうだ。
「そう言えばこの先にある茶屋のケーキが美味しかったな」
馬車がよく行き来する国道の脇には、宿や、休憩用の店が建っていることがある。カフェと呼ぶほどお洒落な場所ではないが、少し行った先の宿の隣に老夫婦が営んでいる茶屋あるそうで、ウィリアムが馬車の窓から外を眺めつつ思い出したように言った。
「ああ、オレンジのケーキですね。でも、今日は寄っている暇はありませんから、諦めてください」
「わかっている。言ってみただけだ」
ルーベンスにぴしゃりと言われて、ウィリアムがむっと眉を寄せる。
「オレンジのケーキではありませんけど、栗入りのバターケーキならありますよ」
料理長から預かってきたバスケットを開けて見せると、ウィリアムがにこりと笑う。
「エイミーは優しいな。ルーベンスとは大違いだ。お前も少し見習ったらどうだ?」
「なぜ私が旦那様に優しくしなくてはいけないんですか。それからエイミー。それは今ではなく帰りまで取っておきなさい。ジャガイモを掘ったあとでお腹がすいたと言い出すのは目に見えていますからね」
なるほど、そのための軽食だったらしい。口は悪いけれど、ルーベンスはウィリアムのことを熟知していて、彼のためにいろいろ気を回しているみたいだ。すると、ポンポンと飛び交う言葉の応酬は喧嘩ではなくてじゃれているだけなのかもしれない。
目の前で繰り広げられる二人の口喧嘩に小さく笑って、エイジェリンはバスケットの蓋を閉じると、座席の隅に置いた。
ウィリアムの見立て通り、予定よりも三十分も早くバージルの町に到着すると、先に行かせていたブラッド家の使用人と合流して、話をつけたという畑へ向かった。
バージルの町から西に馬車で十分ほど行った先にある畑は、収穫前で枯れかかったジャガイモの葉が一面に広がっていた。
今回は、大きな畑の隅の、ダイニングテーブル一つ分くらいの大きさのジャガイモを買い取ったらしい。
(ジャガイモを掘りたいなんて、農家の人はきっと驚いたでしょうね……)
あぜ道に馬車は入れないので、畑の手前で馬車を停めて、エイジェリンたちは使用人に案内されて畑の端の方へ向かった。
範囲がわかるようにすでに杭が打たれ、ロープが張られている。
「一本や二本じゃないじゃないか。……おい、十本もあるぞ」
「それだけ掘ればきっと満足してくださいますね」
他人事のようにルーベンスが言って、使用人が農家から借りた籠と手袋を持って来た。
明らかに手伝う気のないルーベンスに代わって、エイジェリンが籠を持つと、ウィリアムが諦めたように手袋をはめる。
「どうやって掘るんだ?」
「知りません」
すぱっとルーベンスが答えると、ウィリアムのこめかみに青筋が立った。
使用人が慌てたように、農家からレクチャーされたジャガイモの掘り方をウィリアムに教える。
ウィリアムの隣で聞きながら、エイジェリンは、それならば自分にもできそうだと思った。
「わたしもお手伝いしましょうか?」
「ありがとう、エイミー。おいルーベンス、お前も手伝ったらどうだ!」
「服が汚れるのでお断りします。私はあちらの切り株に座っているので、終わったら声をかけてください。それからあなたは、帰っていただいて構いませんよ」
ルーベンスに帰宅の許可をもらった使用人が、頭を下げて去っていく。
宣言通り少し離れたところにある斬りっぱなしの切り株に腰を下ろしたルーベンスに、ウィリアムがぐっと眉を寄せた。
(あ、でも、あの位置からなら、人が近づいてきたらすぐにわかるかも。……ルーベンスさんも素直じゃないのね)
畑に人の姿がないことから推測するに、ルーベンスはウィリアムの名誉のために人払いをしているようだった。そうでなければ、ジャガイモ堀りがしたいと言う酔狂な伯爵を見に、野次馬が集まって来てもおかしくない。
ルーベンスのわかりにくい優しさに、エイジェリンは苦笑した。
「さてと、はじめるか。エイミーは俺が掘り返したところにあるジャガイモを籠に入れて行ってくれ」
諦観のこもった息をついて、ウィリアムが手袋をはめた手でジャガイモの枯れた茎の下を掘りはじめた。




