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指輪の王子と約束 1

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 ブラッド伯爵家に戻って二日。

 戻ったその日に、ルーベンスがもう一度謝罪に来て、床に額をこすりつける勢いで平謝りされて、エイジェリンは何も変わらずウィリアムの部屋付きメイドとしての勤めを続けることになったけれど、今回の騒ぎで、変化が何もないわけではなかった。


 まず、メイド頭のケリーは、ルーベンスにウィリアムとエイジェリンの間に何もないと説明されても、完全には信じてくれていないようだった。

 ウィリアムの特異体質については、伯爵家の使用人が全員知っているわけではない。というより、必要以上の人間に知られるべきではないと、現在使用人の中で詳細を知っているのはルーベンスとエイジェリンの二人だけらしい。


 ケリーも、ウィリアムがたまに人格が変わったようになることには気づいているけれど、それがまさか宝石の霊が乗り移っているとは思わないようだ。

 そのせいでエイジェリンに対するケリーの当たりが強くなったけれど、ウィリアムが考慮して、エイジェリンをケリーから離すためにルーベンスの指示に従って動くことになったと使用人たちに通達した。

 おかげでケリーとの距離は取れたけれど、ある種の特別扱いに、使用人たちの間では不思議がられている。


「あんたも大変だったねえ。わたしからすりゃあ、あんたに色仕掛けなんて逆立ちしたって無理に見えるだけどねえ」


 事の顛末を聞いたドーラはあきれ顔でそう言って、今度何か言われたら真っ先に相談しに来るんだよと言って慰めてくれた。


 それからもう一つあった変化と言えば、ウィリアムとブラックダイヤモンドの霊について話すときにルーベンスが加わった。

 ルーベンスによると、そもそも今回の騒動の原因は、ウィリアムに憑りついているブラックダイヤモンドの霊が、エイジェリンを「ママ」と呼んで抱きついたことにある。

 もし再び同じようなことがあって、それを誰かに見られてしまったら、今回の騒動もあってそれこそエイジェリンは針の筵だ。


 それを避けるため、ルーベンスはエイジェリンとウィリアムを二人きりにしないよう、極力ウィリアムに張り付いていることにしたのである。

 さすがにルーベンスが四六時中ウィリアムに張り付いているわけにはいかないけれど、朝に彼を起こしに行くとき以外の時間は、ウィリアムと二人きりになることはほぼなくなった。

 朝だけは、ルーベンスが使用人のそれぞれの長を集めて一日のはじまりの打ち合わせをしているのでどうすることもできないのだが、それだけなら、エイジェリンが、彼が抱きつける範囲に近づかないよう気を付けていればいいだけの話だ。


「それにしても、七代前のエルドア国王の末王子ですか。……エルドア国王と言ったら、二百年以上前の国王ですよね。よく資料が見つかりましたね。二百年以上も前であれば、直径以外――それこそ、早世した王子の情報なんて、それほど残っていないでしょうに」


 ウィリアムの書斎で、ルーベンスが感心したように言った。


「陛下に事情を話して家系図を見せてもらったんだ。十歳で亡くなっている王子を調べたら、家系図にしるされている限り二人いたが、一人の方は、母親が王子を産んですぐに亡くなっていた。こいつがエイミーに母親を重ねて見ているのなら、母親が赤ん坊のころに亡くなっている王子は除外されるだろう。だから、この指輪に宿っているのは、エルドア国王の末王子アルジャーノンだ。……こいつは名前を確かめてもうんともすんとも言わないけどな!」


 ウィリアムが忌々し気に自分の右の親指にはまっている指輪を睨む。

 ウィリアムはエイジェリンの本名を知っているけれど、ここでは「エイミー」と呼ぶことで落ち着いた。エイジェリンがハーパー伯爵家を奪われた元伯爵令嬢であることを知られたくなかったからだ。五年前のこととはいえ、婚約者に家を奪われたエイジェリンは、とても好奇の目で見られていた。モーテン子爵夫妻が例の件を吹聴して回っている可能性もある。その状況で、本名の名乗るのはとても勇気のいることだった。いっそのこと一生「エイミー」でいいと思えるほどに。

 ウィリアムもエイジェリンの心を慮って、ならば偽名のまま通せばいいだろうと言ってくれた。


「アルジャーノン王子の母親はエルドア国王が王妃の死後迎えた後妻で、子爵令嬢という身分と、離婚歴があったことから、王妃の地位は与えられていなかった。産んだのもアルジャーノン王子一人のようだ。アルジャーノン王子の母親については王子以上に情報がなく、これ以外はわからなかった。こいつが言うには、エイミーと同じ赤茶色の髪をしていたらしい」

「そうですか。……でも、それだけだと、その指輪に宿っているアルジャーノン王子が成仏する理由がわかりませんね」


 ルーベンスが思案顔で言った。

 ウィリアムは頷く。


「ああ。何が心残りなのか、こいつは語ろうとしないからな。ジャガイモ料理とエイミーに甘えることしか考えていない」

「……あの」


 二人の話を黙って聞いていたエイジェリンは、ふとあることに気が付いた。

 しかしこれを口にしていいものかと悩みながら、遠慮がちに口を開けば、ウィリアムとルーベンスの視線がエイジェリンに向く。


「どうした?」

「一つ気になったんですが……、ジャガイモ料理と母親に甘えることしか考えていなくて、ジャガイモ料理は試したのならば、アルジャーノン王子の心残りは、母親に甘えることではないのでしょうか?」


 その途端、ウィリアムがものすごく嫌そうな顔をした。


「やめてくれ。その可能性を俺が気づかなかったとでも? 言っただろう。俺は君を『ママ』と呼びたくない。君を『ママ』と呼んで抱きついて甘えるなんて、俺のプライドが許さない」


 するとルーベンスが、あきれたように息をついた。


「何を今さら。突然裸になって湖に飛び込んだり、五歳児の前で跪いて頬を染めて愛をささやいたりしたことに比べれば、抱きついて甘えるくらいなんてことないでしょう」

「ルーベンス!!」


 ウィリアムが顔を真っ赤にして叫んだ。


(うわー……)


 エイジェリンは思わず、ついっと視線を逸らす。霊に憑りつかれたせいとはいえ、過去にそんなことがあったのか。なんて可哀そうな体質だろう。


「試してみたらどうですか。私がここにいたら妙な噂が立つこともありませんし」

「簡単に言うな!」

「簡単でしょう。ちょっとアルジャーノン王子にその体を貸し出して、エイミーに抱きつくだけなんですから。何もこの場で彼女と関係しろと言っているわけではないんです。そのまま一生アルジャーノン王子に憑りつかれたままで、いつどこで体を乗っ取られて人前でエイミーに抱きつくとも限らないことのほうが重大な問題ではないですか」

「……お前、他人事だと思って」

「他人事ですから。それにエイミーは二十歳の若い女性です。役得だと思えばいいじゃないですか。胸もそこそこ大きいですしね」

「ルーベンス!!」

「…………」


 エイジェリンは閉口した。

 なるほど、ドーラが言っていた「ルーベンスは何でも思ったことをしゃべる」という言葉の意味を、ようやく理解できた気がする。

 口が悪くて人づきあいが苦手で思ったことを何でも口にする――うん、再認識した。確かにこれでは、片っ端から敵を作って回るだろう。お友達は少なそうだ。


 そもそもの原因は自分が話題を振ってしまったことだが、エイジェリンはこの場から逃げ出したくなってきた。

 見た目は二十四歳の男でも、中身が十歳児だと思えばそれほど抵抗はないかなと思ったのだが、役得だの胸がどうだのと言われると、ものすごい抵抗感を覚える。


「いいじゃないですか、若くて顔もまあまあ、胸もそこそこ。それとも胸が小さい女性の方がお好みで?」


 頼むからもう胸の話から離れてほしい。

 どうして本人を目の前にしてそんなことが言えるのだろうか。ルーベンスは人の心の機微と言うものを学ぶべきだ。

 大きな羞恥と、沸々とした小さな怒りに震えていると、ウィリアムがハッとした。


「お前! その垂れ流しの口を今すぐ閉じろ! エイミーが真っ赤じゃないか!」

「事実じゃないですか」

「事実なら何でも口にしてもいいと思うなこの馬鹿! あ、いや、その、事実と言ったのは違うんだエイミー! 一般的な意味合いで会って、俺は別に君の胸がちょうどいいとか気持ちいいとか思っているわけじゃ――ああああああっ、そうじゃないっ」


 ウィリアムが両手で頭をかきむしった。

 ルーベンスが冷ややかな顔をする。


「女性の胸がちょうどいいとか気持ちいいとか失礼ですよ」

「お前にだけは言われたくない!! 失礼と言う言葉を今度辞書で引いて学習してこい!!」


 エイジェリンは真っ赤になって俯いた。今すぐに毛布をかぶって完全に胸を隠したい。メイド服は襟がきっちり詰まっているけれど、体の線が出るのだ。しかも腰のところで白いエプロンをしているから、より体のラインが強調されている気さえする。

 ウィリアムはぐったりとして、それから長い沈黙の後で、ものすごく申し訳なさそうに言った。


「………………エイミー、大変心苦しいのだが、協力してもらってもいいだろうか?」


 これだけ胸について言及されたあとなので拒否したいところだったが、自分から言い出した手前嫌とは言えず、エイジェリンは引きつった笑顔で了承した。


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