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化け物王子と狼令嬢  作者: ごんちゃん


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(4)薔薇の迷路の思い出(前編)

久しぶりの更新になりすみません。

回想シーンになります。

10年前、ウルフィアズ男爵領に隣接する王領の森で魔獣が急激に増えたことがあった。


その際、父ラオウルは王領や自領の領民に被害が出ぬよう王国騎士団が派遣されるよりも早く、あえて自領の森へと魔物の群れを引き寄せ見事討伐してのけた。


王家は当然その功績を褒め称えた。


なにしろ被害がかなり少なく済んだ上に、騎士団の派遣も無くなったことで費用的にもかなり浮いたことになるのだから。


そういうわけで、陛下直々に恩賞と勲章を授与して下さるということで、父と私は王城へとやって来たのだ。


もちろん私だけではなく家族全員で来る予定だったのだが、生憎普段病気一つしない元気印の兄が王都近くの町まで来た時に珍しく熱を出してしまい、母は兄に付き添ってその町の宿屋に滞在することになってしまったのだ。


そんな訳で私だけ父と城までは一緒に来たものの、恩賞を頂く為の謁見の場には当然のことながら父1人しか入れない。


その為、コリンナは父が戻るまで広い王宮の渡り廊下から出る中庭に近いベンチで1人、特にすることもなく日向ぼっこをしながら父を待っていた。


本来なら控え室が用意されるのが当然の状況であったはずだが、案内を申し付けられた侍女は父の用事が済めばここを通るからそこに座って待つよう言い残すと、さっさと立ち去っていった。


今思えば、王宮侍女の半数以上は行儀見習いと箔付けの為に来ている貴族家のご令嬢だ。


おそらく末端貴族の獣人の子ごときに王宮の控え室を使わせるのも、そこで2人になるであろう状況も気にいらなかったのだろう。


そいいうわけで謂わば不当に放置されたコリンナだったが、最初のうちは初めての体験や帰りに王都で母と兄にお土産を買うことを楽しみにしてウキウキしていた。


初めて見る王宮の荘厳な美しさはもちろん、そこかしこに咲き誇る自領にはない花々の色彩の豊かさ、天井に描かれたフラスコ画の優美さも、磨き上げられた大理石の床やステンドグラスの煌きも、山と森の畔で育ったコリンナにとってはどれも珍しく心惹かれるものだったからだ。


けれども折悪しくというべきか、その日は王城で貴族家の子息令息を招いたお茶会が開かれていたのだ。


夜にも大きな夜会があるらしく、普段以上に城には貴族令息や令嬢が多く登城していて、コリンナお気に入りの一張羅のワンピースは、王城で出会った令嬢たちのドレスに比べればみすぼらしく見えてしまったし、コリンナを見た子供たちはなんでこんなところに獣人なんかが入り込んでいるのだと騒ぎ始めてしまった。


今のコリンナであればその程度のことを言われたところで気にすることもないのだろうが、まだ幼かったコリンナが困惑して悲しくてどこかに逃げ出したくなってしまっても仕方の無いことであったろう。


涙目で周囲を見回したコリンナが見つけた隠れ家が、中庭の奥に見えた薔薇の迷路だった。


迷路に入っていくと、薔薇の良い香りに沈んでいた気持ちが少しずつ軽くなっていく気がして足取りも自然と軽くなる。


逃げ込んだだけのはずが、次第にわくわくする気持ちへと変わっていた時、コリンナの耳に微かな泣き声かうめき声のようなものが聞こえてきた。


それに誰かが怪我をしているような匂いと、今まで嗅いだ事のない不思議な匂いも……。


幸せな気持ちになるような、ほんわりした甘いいい匂いと、鼻面を顰めたくなるほど嫌な気持ちになる変な匂いが怪我の匂いに混ざっていた。




「変な匂い……それに誰か怪我してる?」




コリンナは、その声と匂いに誘われるように迷路の奥へ奥へと進んでいった。


いくつかの角を曲がった先にある、小さなベンチに座っていたのはコリンナよりいくつか年上であろう男の子だ。


見れば顔はやや浮腫み、顔中に出来た吹き出物からは膿や血が出ている所もあり、見るからに痛そうである。


更には炎症を繰り返したせいか、肌は黒と赤の斑までできているので、とても辛いのではないかと思った。




「お兄ちゃん、大丈夫っ?痛い?」


「……っ!?…大事ない。いつものことだ」


「いつもって、こんなに痛そうなのに……」




駆け寄ったものの、相手の男の子は人がいたことに驚いたのだろう。


既に父たちと狩りに行く訓練をはじめていたコリンナは、足音はほとんどたてずに歩くクセがついていた。


男の子は泣いてはいなかったようだか、痛みを堪えて呻いていたのか、少し赤い目に強い意志を込めたようにコリンナを真っ直ぐに見て……ポカンと目を丸くした。




「君は、私が気持ち悪くないのか?」


「気持ち悪い?なんで?痛そうだなぁとは思うけど…ああ、ほらここなんて膿んでるよ!」




父たちと森に動物や魔獣を狩りに行けば、酷い怪我をする者もいるし取った獲物を解体だってするのだ。


ちょっとぐらい、肌に傷があったり膿んでたりするぐらいなんだというのだろう。


それに良く見れば浮腫んだ瞼の奥にある瞳は美しいブルーグリーンに煌いている。




「待ってて、私が綺麗にしてあげる!」


「いや、待てっ」


「ダ~メ。傷が膿んだら綺麗に洗ってからお薬塗らなきゃ、どんどん酷くなっちゃうもの」




制止の声が聞こえたものの、こんなに膿んだままにしていて体に良いはずかないことは幼いコリンナでも分かった。


母様から習ったばかりの水魔法でハンカチを濡らし、特に酷く膿んでいる箇所をそっと押さえるように膿を拭き取る。


拭き取っては洗い流し、また拭き取る。


おそらくこれだけの傷に触れれば痛いだろうに、少年は眉間にグッと力を入れて声も漏らさず耐えている。


きっとこの少年はとても強い気持ちを持っているのだろうと、コリンナは尊敬の念すら覚えていた。




「本当はね、ちゃんと流れているお水か綺麗な泉で洗わないといけないんだよ?でもお兄ちゃんはせっかくこんなに素敵なお洋服着ているんだもの、濡れないほうがいいよね?」


「……そうか、ありがとう。ところで、君は獣人…だよな?何故ここに?」


「えっとね……父様の先祖は狼獣人だって父様が言ってたよ!でもね?母様や祖母様は人族なの。私はどっちなのかなぁ?」




ウルフィアズ領には自分と同じように耳や尻尾がある人もいれば、そうではない人もいる。


家の中で自分が獣人だといわれたことはなかったが、確かに獣人の特徴はしっかりあるので人族から見れば獣人だと思われるのは当然のことでもあるだろう。




「そうなのか。そうだな……耳があるから見た目は獣人、なのではないか?」


「うん。でも、髪の色や顔は母様に似てるの。魔術も魔術師の母様から沢山教えて貰ってるのよ」




簡単に獣人だといわれると、獣人ではない母とは違う生き物だと言われている様で悲しい気持ちになる。


母と同じ白銀の髪も豊富な魔力も、父と同じ金の瞳も耳や尾もコリンナにとっては家族の繋がりを感じる大切なものなのだ。


私は私、それではダメなのだろうか。


しょんぼりと肩を落としながらも少しずつ傷の手当をしていると、少し考え込んだ少年がふっと笑った。




「では半獣人というのではないか?確かケーニヒベスティではそう呼ばれていると聞くが」


「えー!そうなの?半分って……なんか嫌だなあ」


「そうか。ではダブルとでも言えばよいのではないか?獣人は身体が強く実直なものが多いが、人間は探究心が強く魔術に才あるものも多い。君は人間と獣人の両方の良い所を持っているのだろうからな。それに半分よりも2倍の方が得したような気はするだろう」


「うわぁホントだ!!お兄ちゃん頭いいねぇ~」




半分と言われたときはすごくガッカリしたが、2倍だと言われると自分が素敵な存在でとても得をしているような気がした。


それにこの少年は『獣人の良い所』を認めてくれていて、それを私が持っていると言ってくれた。


周囲の大人達や兄から見れば幼いコリンナはまだまだ半人前以下だった為、普段一緒に魔獣狩りに連れて行ってくれてはいるものの、母や身近な使用人以外でそんな嬉しいことを言ってくれたのは、この少年が初めてだった。


なんだか誇らしい気持ちになって、ニコニコと頬が緩むに合わせて口も軽くなっていく。


三角の耳はピンと立ちあがり、白銀の尻尾はファサファサと左右に揺れているのだが、どうやらそれが気になるようで少年の視線もそれに合わせてゆらゆら動いていたがコリンナは気付いていなかった。




「今日は、父様が王様に呼ばれたからお城に来たんだぁ」


「陛下に呼ばれた獣人……ウルフィアズ家の者か?」


「父様を知ってるの?!そうだよ、私はコリンナ・ウルフィアズって言うの。お兄ちゃんは?」


「私は……オズだ」




自慢の父のことも知っているなんてと、コリンナの少年への評価は爆上がりだ。


相変わらず痛そうな匂いも、甘い匂いも、変な匂いもしているけれど、きっと彼は良い人に違いないとふわりと笑みが零れた。




「そっか、お兄ちゃんはオズっていうんだね!ね、その傷すごく痛そうだよ?お医者さん呼んでくる?」


「必要ない」


「でも…」




子供のコリンナにさえ分かる。


この傷は相当痛むはずだし、放置していて良いものでもないはずだ。


何故こんな煌びやかな王宮にいるオズがこんなに苦しい状況のままにされているのかと、理不尽さにコリンナの目に涙が浮かんだのを見て、少年は諦めたように笑って小さく溜息をついた。




「本当に必要ないんだ。これは怪我でも病気でもないからな」


「え?」


「これは毒物の影響だから」




聞かされた言葉にコリンナは肩をビクリと跳ね上げて、尻尾もブワリと毛を逆立て小刻みに揺れ始めた。


こんな子供に毒を盛るなど、王宮というのはなんて恐ろしい場所なのだろうか。




「毒?!オズお兄ちゃん誰かに毒を飲まされたの?!」


「いや、これは自分で飲んでいるのだ。毒に慣れるための教育の一環だからな」


「じ、自分で!?ふぇー…王都の貴族は大変なんだねぇ」




コリンナにとって毒とは必ず摂取を避けるべき存在であり、戦いに用いる武器でもある。


それをあえて自分で摂取して慣らすのが教育なのだとすれば、王都の貴族たちは恐ろしい程の体力と勇気と忍耐力を持っているに違いない。


さっき自分のワンピースを馬鹿にした子供たちも、もしかしたら毒の試練を乗り越えてあの場に立っているのかもしれない。


そうであるのなら確かに彼らの言っていたように、王宮は父親についてきただけのコリンナがいるべき場所ではなかったのだろう。


無味無臭の毒でない限り、もしも何かに混入されていても毒に気付くことのできる嗅覚を持っているウルフィアズ家ではありえない教育であるが、そのことには気付かないコリンナである。

ケモ耳幼女コリンナと不遇王子オズの出会いシーンでした。

元々大昔に書いていた別の現代風異世界恋愛話(https://ncode.syosetu.com/n4102hm/)の出会いシーンが念頭にあって書き始めた話なので、もしよろしければそちらも読んで頂けると嬉しいです。


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