6話 この森そんな物騒なのですね
私は棒を最後に一振りした後ゆっくりと彼を振り返りました。
「ふっ、またつまらぬ者を…ではなく、あの大丈夫ですかー?
…おっと、完全に伸びてますねぇ」
思った以上に弱くて拍子抜けです。
恐らく、彼を苦しめていた狂気の原因は…この角です。
これ、会った時からずーっと嫌に禍々しい気配漂わせていたものですから、つい、えいやっと折ってしまいました。
これで恐らく、本当に恐らくですが彼等はもう狂気に己を失うことはなくなることでしょう。きっと。そう信じたいものです。
これでダメでしたら…うーんまぁ、その時考えましょうか。
それにしてもこの角、なにかに使えませんかねぇ。
彼から切り離したあとは今まで漂わせていた嫌な気配も無くなりましたし…少し削り取って装飾品にしてみましょうか?あ、それ兄達のお土産に良さそうですね。それでいきましょう。などど考えていると、突然彼の体からシュー!と音を立てて黒く澱んだ煙が溢れ出しました。
「?!」
咄嗟に飛び退き距離を取ります。
それはシュワシュワとしばらく出続けていました。
《アリ、ガト…》
声が聞こえました。
やっと、“それ”は開放されたのでしょうか。
「…おやすみなさい」
やがて煙は収まりその中からは先程までと随分と違う姿の彼が現れました。
2m程もあったその体は私が抱えられるほどに縮まり、子猫のようです。その額には折ってしまった角の代わりに宝石のようなものが埋め込まれていました。
それは光を反射して七色にキラキラと輝きとても美しいく、つい目を奪われるほどです。鋭くとがっていた牙や爪もそのサイズにあったものへ変化し…なんて言うかとても可愛らしくなっていました。
なんとも不思議な光景ですねぇ。
まぁ、いいでしょう。そろそろ野宿の準備をしなくては。
私は暗くなりかけた森に視線をやりいそいそと行動を開始しました。
※※※※※※
パチ…パチ…
『ん…』
「おや、漸くお目覚めですか?」
焚き火の爆ぜる音に漸く目を覚ましたそれは、暫く寝ぼけ眼でぼーっと私の事を見つめていました。こてんっと首を傾げる様子はとても微笑ましいものでした。よくやく頭が覚めたのかハっ!とした表情を浮かべるとキョロキョロと当たりを見回しでいます。その一つ一つの行動がいちいち子猫みたいでとても可愛らしいです。
貴方、本当に可愛らしくなりましたねぇ。
初め容姿だけでいえば、とっても獣らしく勇ましい姿をしていましたのに…少し残念ですがこれはこれでありです。
『ここ、は…』
「ここですか?貴方と出会った場所からほど近い洞穴ですね。丁度よく雨風を凌げそうなところでしたので今日はここで野宿をしようと思いまして移動しました」
彼はぱちぱちと目を瞬くと漸く何があったのか思い出したようです。
『おれ、死んでないのか…』
「当たり前でしょう?貴方は私に負けたのですから。それよりこの角貰ってもいいですか?」
『角…?』
「はい。私が折りました」
すると、彼はボロボロと泣き始めました。
そんなにショックだったのでしょうか?
それは、なんかすみません…
「え、角はダメでしたか?」
『い、いや。いいんだ…好きにしてくれ』
「そうですか…?なら遠慮なく頂きますね」
『あぁ…』
それにしても…
「随分と流暢に話せるようになりましたね。小さくなったからですか?」
『ちい、さぃ?』
「見ます?」
彼は自分が今どのような姿をしているのか分からないようでしたので鞄の中から取り出した手鏡を見せてあげることにしました。
「はい、どうぞ」
『?…え?!!これ、俺か?!』
「正真正銘貴方ですよ。可愛いですよねぇ」
『いや、そんな事言われても…』
彼はマジマジと鏡を見つめたあと自分の肉球を見つめたニギニギ握りしめたり背中を見ようとしたのでしょうか?そのまま後ろ向きにコロンと転がったりと…ひとり遊びを楽しむ子猫がいました。
本人はきっとその姿に気づいていないのでしょう。
その微笑ましい姿にとても癒されました。
勝手に緩む頬に手を当て私は小さく咳払いをします。
いけない…本題を忘れてしまうところでした。
「コホン…えー、では当初の条件通り私に負けた貴方には私の願いを叶えて頂こうと思いますが宜しいですね?」
彼は一瞬何を言われたのか分からないという顔をしましたが、直ぐに真剣な瞳を私に向けます。
そのキリッとしているつもりで全くできていないところが素晴らしいですね。
『あ、あぁ。勿論だ!…だが、俺には今魔力が殆ど無い状態だ。体も小さくなっている…いやそれでも俺にできることは何でもするし角を折ってくれたアンタには感謝してるが…』
彼は少し申し訳なさそうな顔をしていましたが、私はそれどころではありません。
魔力…ということは魔法?魔法があるのですか?!
私、本は旅行記が1番好きですがファンタジー物も大好きなのですよ!
「この世界には魔力があるのですね!ということは魔法も?!なら先程の現象は魔法が関係していると考えるとしてそれは体にどのような影響を…いえそもそもどうやって…ブツブツ」
思考の海に沈みこもうとした時、彼は不思議な事を言いだしました。
『この世界…?アンタもしかして異界から来たのか…?
道理でこの森で生身の人間が無事でいたわけだ』
「…この森がどうかしたのですか?」
『知らないのも無理はない。ここは迷いの森、もしくは死の森と呼ばれてて魔力でできた森だ。普通の生き物が間違って迷い込むと高確率で死ぬ』
彼、いきなり物騒な話をし始めましたね…。
「…何故です?」
『まず、この森の魔力に対応できないものはもれなく死ぬ。魔力がそのまま毒になるんだ。辛うじて魔力に対応出来たとしても魔物や魔獣になり自我を失う。万が一魔力に適応、そのどちらにもならなかったとしてもこの広大な森を抜けることは至難の業だ。しかもここに自制してる果物や植物にももれなくこの森の高魔力が宿ってるからな。下手に食ったら死ぬ。で、最後は餓死だな』
因みに、私は今森に自生してた果物や運良く見つけた川辺出とってきた魚?を日で炙って食べています。
「へー、ここそんなに怖いところだったのですか…アチ」
『…お前、それ』
「あ、食べます?」
『おいぃぃ!!今の俺の話聞いてた?!え、なんでお前無事なの?!』
モグモグ…ゴクン。とても美味しいです。
ふー、さて。その話が事実なのだとして…
「そういえば私、なぜ無事なんでしょうね?」
『それ俺が聞いてんの!!!』