5話 勝負は一瞬です
私は早速勝負について説明を始めることにしました。
そろそろ日も暮れてきましたしね。さっさと終わらせましょう。
「では勝負の内容ですが…」
『マ、《マ》テ!』
目の前の彼から突然待ったがかかりました。
突然なんですか…。
「…何です?質問は後にしていただきたいのですが」
渋々、彼に視線をやり言葉を促します。
彼はしっかりと私を見据えると、真剣な眼差しでこんなことを言い出しました。
『…オマ、エ《シヌ》ゾ「馬鹿にしてるのですか?」
私はあえて言葉を遮ります。
その目は節穴ですか?
『チガッ《ダメ》!…オ、マエ《シヌ、コロス》ナイ…!』
今度は最後まで聞いてあげましたが…聞く必要性は全くと言っていいほどありませんでしたね。寧ろ時間の無駄でした。
「やはり馬鹿にしているでは無いですか。勘違いしないでくれますか」
やれやれと首を振り深く溜息をこぼします。
全く、呆れてものも言えませんね。
どこまでも愚かな方ですねぇ。
「言っておきますが…私は、貴方よりも強いですよ」
『…ナニ《シヌシヌ》?』
まだ何かを言いたげな彼を無視して話を進めます。
「私は貴方よりも強いです。さぁ話を戻しますよ。
勝負内容は簡単です。命を懸けたただの死闘。ただし、
勝利条件は相手が死ぬ、または戦闘不能になった場合のみ。わかりましたか?」
『イヤ…ダ、《ムリ》カラ…』
なおも言い募る彼に私は視線に少し殺気を載せます。
いい加減煩いですし、執拗いですよ。
《ダ、コワイヤダニクイ…ニンゲン!タス…『ウ、ァ…ヤメッ、ニンゲンコロコロス!…グルルルル!!』》
全身の毛を逆立て、咄嗟に臨戦態勢に入り必死に抑えていた狂気が溢れだします。そんな彼を見て私は教えてあげます。人を見た目で判断するな、と。
「貴方は自分に相当、自信がおありのようですね?
まぁ、確かにその立派な牙と爪にかかれば大抵の生き物は一瞬でその命を散らすことでしょう。
しかし、相手を見た目で判断しその力量を見誤るのは愚者の行いです。本当の強者ならば、どんなに小さくてひ弱な相手にも決して手は抜かないことです」
《『グルルル!!》』
一瞬にして完全に狂気に飲み込まれた彼にはもう、私の声は届いていないようです。それを無視して私は語りかけます。
「生まれながらの強者もいますが、弱者から強者になりあがる者も少なくはないのですよ。
弱者は時に強者に牙をむく、という事です。
弱者は弱者に在らず。強者は強者に在らず、です。
…いつまでも舐めてかかってると痛い目みますよ?」
先程よりも強い殺気を放ち彼を牽制します。
先程までの困惑した人間のような思慮深い彼の姿は一切見当たりません。彼は狂気を浮かべ私に殺気を放っています。
遠くて鳥がバサバサ!と飛んでいく音がしました。
森は重苦しい空気に包まれ、息をするのも苦しいほどの圧がかかっています。
『《グルルルル!!』コロス!!》
そこにいるのはただの…人殺しの猛獣でした。
「フフ、やっと猛獣らしくなりましたねぇ。かっこy…ゴホン!
まぁ、些か我を忘れているだけのようにも見えますが。
…では早速、勝負を始めましょう」
私は懐からいくつかの棒切れを取り出します。それを素早く組み立て1本の細長い棒を作り出しました。
…棒術って知っていますか?
柔道、合気道、剣道、弓道等の日本の昔ながらの武術の一つです。私、実はそれの使い手だったりします。
兄達には敵いませんが、一応棒術に関していえば達人級でもあります。一見ただの棒切れですから、相手は油断することでしょうね。2m超の体躯を持つ大きな獣相手に適うはずが無いと思われる事でしょう。ですが、それは使い方次第です。
突けば槍、薙げば薙刀、打てば棒。
棒は変幻自在な使い勝手の良い武器の1つなのですよ。
そして私、棒術だけでなく護身術と称し武術は一通り身につけているので…スパルタな兄達によって。
ふぅと一つ息を吐き出しゆっくりと武器を構えます。
私は静かに相手の出方を待ちました。
--勝負は一瞬。
全身のバネを使って素早く襲いかかってきた彼は…自慢の大きな角をポッキリと私に切り落とされ地面に倒れ込んだのでした。