7話
―クリスティーネの部屋―
自室に設置されている鏡台の引き出しよりクリスティーネの部屋に向かったのだが。
引き出しが見せる暗闇の先に入った俺は自分が何者か分らなくなってしまう感覚に襲われた。構造を考えると多分落下していると思うのだけども、ジェットコースターで急下降中に生じる下腹部がヒュンとする感覚が無い。かと言って前後左右に動いているかと言われたらそんな感じもしない。
自分に何が起こっているのか分からず、正直恐怖感以外の感情が湧いてこない状態だ。
しかし、恐怖に満ちた状況は大体10秒程で、いや、恐怖に満ちた感情が体感時間を遅らせたと考えれば実際に流れた時間は短かったのかもしれない。
気が付けば、真っ暗だった視界が広がり結構な広さを持つ部屋に辿り着いた。
部屋? と言うか研究室の様にも見える。
辿り着いた部屋からは別の部屋に繋がっているであろうドアもあるし、何故か押し入れもある。もしかして、並みの1軒屋位の広さがある空間なのかもしれない。
『辿り着いたけど?』
『あははー。早かったですねー? 今お迎えしますねー』
と、クリスティーネから念話が届くと、押し入れの扉がピシャっと開かれ押し入れの上段からクリスティーネが顔を出し、ストン、出は無くドスンと豪快な音を立て着地をした。
「何この豚、おっと、いけない今の俺は悪役令嬢だったな。何でございましょうかこの醜い御豚様は」
俺の目の前に現れたクリスティーネは、細身寄りで素晴らしいスタイルを保つ美しき可憐な女神クリスティーネちゃんでは無く、間違いなく不摂生の末素晴らしいまでに体重を増加させ見るも情けない不始末な体型となってしまったグリズディーネの姿が目に移った。
何とも言えない醜態を見せられた俺は、今までのSよりな言動をされた事もあり思わず田中太郎であるおっさんが行う罵倒をしそうになった訳である。
それを悪役令嬢っぽく言い直したのであるが、自分で言っておいて金髪碧眼美少女が言う罵倒文句と言うのは背中がゾクゾクさせられて何だか恍惚とした気分にさせられるような気がして来たのである。
「えっとー。そのですねー。田中さんの住んで居た世界ありますよねー。日本ってありますよねー? そのー私女神じゃないですかー? 下界の食べ物良く知らないんですよー。ほら、私女神ですからー、何も食べなくても平気と言いますかー。それで、この世界が新しい世界と言っても何年かしたら飽きちゃうじゃないですかー? ある日ふと思いついて日本の食事ってどんな味がするんだろうって気になっちゃったんですよー。それで神々ネットワークを使って日本の食事を取り寄せたんですよー。 そしたら物凄く美味しい買ったんですよー?」
長々と本人は説明と思っているつまるところ、言い訳をするグリズディーネ。
「そうで御座いますか。貴公のお気持ちはしかと心得ました。しかしながら、醜い御姿を目の前にさせられましたわたくしには、お腹の奥底から煮え滾る負の感情が芽生えていると存じ上げます」
クリスティーネのS気質は、あくまで美人で可憐でびゅーてぃふるであるから許される訳であり、おデブ様と呼べるレベルの醜態を晒す人間が行おうものなら、ジャンケンしよう。俺はグー出すからお顔かお腹のどこが良い? と残忍な笑みを浮かべながら言ってやりたくなるものである。
「ううー。休暇中だから良いじゃないですかー? 休暇終わったら?せますからー」
「そうですか。でしたら、女神クリスティーネ様。貴女の休暇は後何年残っているので御座いましょうか?」
「えっと、そのー。田中さんがこの世界で寿命を迎えるまでですよー?」
つまり後70年、いやこの世界の医療技術を考慮すれば40年位かもしれないが、悪く見積もっても40年もこんな豚さんを視界に入れるのはまっぴらごめんだ。奴が自慢する豊満のお胸さんに興味すら湧かず、ただただジト目を送る事しか出来ない。
「そうですか。ざっと予想を立てて40年で御座いますか? 1年1kgのペースでダイエットを行ったとしてもわたくしが命を失う前に元の体形に戻れるかと思いますが? いいえ。神々ネットワークでしたか? どの様な考えを巡らせても、チートと言うお名前が相応しい道具を貴女はお持ちになさっていますよね? でしたら、一瞬で体重を減らす道具の1つ位御座いませんか?」
グリズディーネが、名案が浮かんだと言わんばかりに手をポンと叩く。
「ああー! 田中さん天才ですね! 確か一瞬で体重を減らす薬はありますよー」
何を今更と言ってやりたくなるが、別段異性の目を引きたい訳でも無ければ、多分健康不良による病死の心配も無いのであれば自分の体形に無頓着になる事は仕方が無かろう、例え14年間であっても、だ。
「分かったのでしたら、注文して来なさい」
俺に命令されたグリズディーネは愛想笑いをした後回れ右をし、押し入れの上段エリアへ登ろうとする。
が、最早脂肪の塊と言える彼女が元の場所に戻る事は困難であり、うーうー喚きながら必死に登ろうとするが力尽き、その度に肩で息をする。
何度か挑戦し、一度深呼吸をし、気合? を込める事で無事登りあがる事に成功。何故か俺の方を振り向きドヤ顔をしたのであるが、正直相手が女神出なければ右手が唸っていた所である。
押し入れの奥より、カタカタカタとキーボードを叩く音と、マウスをカチカチする音と、エンターキーを、タン! と強打すると言ったパソコンを扱っている時と同じ音が暫く聞こえた。
これ等の音と、神々ネットワークと言う単語から、グリズディーネが扱っているのはパソコンかそれと似たモノだろう。
で、エンターキーを強打したであろう音が聞こえてから暫くしたところで、ボンって音が聞こえた。何かが爆発している音とは違うから大丈夫だろうと見守っていると、カチッ、とプルトップを開ける音が聞こえ、ゴクゴクゴクと何かを飲み喉を鳴らす音が聞えて来た。
推測するに、神々ネットワークから注文をし、一瞬で注文した商品が届き、それをグリズディーネが飲んでいると思われるのだが、そう考えると神々ネットワークとやらは随分とチートな道具だと予見出来る。
「えへへー、田中さん、お待たせしましたー」
今度は、ストンと音を立て華麗な着地を見せ女神クリスティーネが戻って来た。
先程とは打って変わり、俺が出会った時と同じく細目で素晴らしきスタイルを誇る、美しく可憐でびゅーてぃふるな女神クリスティーネちゃんの姿に戻っていた。
さっきまで見せられた醜態のせいでギャップ効果が働き、その姿はより一層美しく綺麗に見える。
それ故に豊満なお胸さんも、より一層魅力的となり俺の目に焼き付けられる。
俺はゴクリと生唾を飲み一考。
今の俺は悪役令嬢、つまり女の子である。
女の子が女性のお胸さんをもみもみしたところで罪はない(と思いたい)。
異世界転移の際、判断ミスにより女神様のお胸さんを触りそびれている事も手伝い自分の欲求を抑えられなくなった俺は、
「くりすてぃーねたまぁぁぁぁ☆」
クリスティーネのお胸さん目掛けてダイブを試みる。
「あらあらー? 田中さん、いけない子ですねー?」
クリスティーネは、左方向にサッと身をひるがえし、俺のダイブアタックを華麗に回避する。
勢い満点なダイブアタックを回避されてしまった俺は、空中で体勢を整えられる訳も無く、勢いそのままに押し入れの下段向けダイブしてしまう。
ごつーーーーん!!!!
と、俺が壁に頭を打つ派手な音がしたかと思うと、
どんがらがらがらがら!!!!
その衝撃で、押し入れの中で山積みされていた何かが崩れ、押し入れの中で倒れ込んだ俺の上に降り注いだ。