50話
「御忠告有難う御座います。私達は領主一行です。ですから、貴方を助ける力があります」
おっさんの脅迫に近い忠告をものともしないのは、いざと言う時は魔法と言う力で助けてくれるサナリスが居るからだろう。
「はっはっは、気持ちだけありがたてぇ。お嬢ちゃんが本当に領主としてもな、俺みてぇな落伍者を助ける意味はねぇのさ」
このおっさん、俺と同じ考えだ。
ひょっとしなくても、どこの世界でも善人程苦難の道を歩んで悪党程のうのうと生き続けるのだろう。嫌なモノだ。
「そんな事ありません。人間は等しく生きる権利があります」
それでも、ステラたんは引き下がらない。
「そうだな。だが、こんな腹いっぱい飯を食う事もままならない世界で生きてもな、希望も持てないし幸せでもない。お嬢ちゃんは、食べる事に困った事は無いよな?」
「はい」
ステラ嬢が小さく返事をする。
おっさんが言う通り、この時代の貴族令嬢が食べる事に困る、なんてことは無い。
近隣領地や、国自体が戦争状態ならギリギリある位だろう。
「人間はな、満足に食える事それが幸せなんだよ。続いて満足な家を与えられる事」
おっさんの話を遮り、
「ですから、私達がそれを実現します」
強めの口調で言う。
「お嬢ちゃん、領主の娘か? それは良い。この領地だけでも俺みたいな人間が沢山居る。別の村にも、この村の別の場所にも、だ」
妙に詳しい。
このおっさんは何かしらの要職についていたのだろうか。
「それでも、です」
ステラ嬢は強い信念を見せる。
「そうだな。俺はな、若い頃この村の役人をやっていた。だからな、色々な事を知っている。知っているし、村の役人に着いても待っている末路は住む家すらねぇんだ」
やはり。
現代みたいなインターネットが普及しているなら兎も角、情報を得るだけでも大変なこの時代な上に小規模な村に住んでいるにしてはこのおっさん妙に詳しいと思った。
「これから、良くなれば良いじゃないですか」
ステラ嬢はそれでも食い下がらない。
「ハハッ、嬢ちゃん、心が綺麗なもんだな。こう見えて俺はな、俺の子供を一人売っちまった事があるんだ。生きる為に、食う為に仕方なく、な。それで、嫁と子供達に追い出されちまったのさ」
おっさんが、橋の裏を見上げる。
恐らく強い後悔をしているのだろう。
「そう、ですか」
ステラ嬢が力無く言う。
彼女が、悪党を許せないのも事実なのだろう。
自分の信念を貫く事と、悪党を見逃してしまう事に対する葛藤を抱いているのか。
「嫁子供がどうなったのか分からねぇ。何せ5年も前の話だからな。生きているのかくたばっちまったのか。なぁ、嬢ちゃん、俺を助けたいのだろう? ならその代わりに、万が一にも生きているならば嫁と子供を助けてやってくれ」
恐らく、その嫁子供達は生きていないだろう。
この世界レベルに於いて、男親の居ない家庭が生き続けていくのは不可能に近い。
この村が幾ら治安が悪くないとは言え、男親の居ない家庭を狙われ子供を拉致誘拐、奴隷として売り飛ばす輩は居ても可笑しくない。
よしんばそうでなくても、自分の正義信念の下旦那を追い出したが、結局食う事に困り子供を売り飛ばしたか。
或いは、ステラ嬢を引き下がらせる為のウソか。
「分かり、ました」
ステラ嬢の声に力は無い。
「おっさんって奴はな、話を聞いてもらえるだけで満足するもんさ、じゃあな、俺の嫁子供を宜しく頼む」
おっさんは、ぎこちなく笑顔を見せると、再び橋の下に向け見上げた。
……おっさんの瞳から1筋の涙が頬を伝る。
もしかしたら、おっさんの家族は野盗辺りに襲われたのだろうか。
住処も奪い取られ、しかし、村の役職を失った理由は分からない。
あるとすれば、村長の不正を咎めた際の報復されたか。
ああ、そうか。
村長の不正を咎めた結果報復として自分の家に野盗が押入り、家族が惨殺された。
そんなシナリオも考えられる。
だからと言って俺達少女にそんな心をえぐるような悲劇的な話が出来る訳が無い。
つまり、村のこの領地の将来の為自分への支援を諦めさせる為自身の経験を少し脚色したのだろう。
それと同時に、正義の末路は地獄でしかない経験をしたおっさんは、ステラ嬢に行き過ぎた正義を止めさせる様に教えたかったのかもしれない。
仮にルチーナ・ファルタジナが14歳の少女であったのならば、このおっさんに真相を尋ねただろう。
しかし、ルチーナ・ファルタジナは見た目は少女だが中身はおっさんとしての人生を経験した事のある。
だからこそ、俺の推察は聞いてはならない、答えを合わせてはならない事を知っている。
「行きましょう」
俺がステラ嬢に声を掛け、おっさんに背を向けると、
「嬢ちゃん達、行き過ぎた正義は全てを壊されちまうんだぜ……」
まるで俺が考えた事の答えを合わせるかの様に、おっさんの声が小さく聞こえて来たのであった。




