5話
それは異世界転生先で14年経過した時であるが、しかし俺にとっては異世界転生前光に包まれた事がほんの10秒前の事にしか感じられなかったのである。
新たな身体となった俺が、自身が14歳になった際の誕生日パーティを終え自室に戻った所で俺の、田中太郎の人格である意識がはっきりとした訳だ。
この瞬間、田中太郎としての記憶が無いまま過ごした悪役令嬢としての知識や経験がフィードバックし、田中太郎の意志を持ち異世界転生の完了をさせた悪役令嬢が産まれたのである。
俺は新たな自分が持つ記憶を辿り、まずは自室にある鏡台の前に座りながら様々な情報を引き出す。
まず、新たな自分についてだ。
名前をルチーナ・ファルタジナと言い、容姿はさらさらっとしなやかで肩位の長さな金髪で、瞳の色は緑色でいわずとも14歳と言うあどけなさを残しつつも美人の路線を走り出している魅力的な容姿だ。また、日本人であった俺からすれば鏡に映る美しく輝くエメラルドグリーンの瞳を前に思わずうっとりと見惚れてしまう。
金髪碧眼と、悪役令嬢としては王道の容姿であるが、美しいモノは美しいのである。
身長は大体160cm位で、体重は自分の肉付きを見る限りやや細身だ。
俺が好きな女性の体形とは少々離れてしまっているが、こればっかりは仕方が無いだろう。
しかし天は二物を与えないのか、鏡に映る自分の胸元をじーーーーーっと凝視するとそこには自分の手の平に納まりそうな可愛いお胸さんの姿があった。大体Bカップ位だろうか? 女神クリスティーネちゃんのお胸様と比べてしまうと見るも無残な、まさに私は敗残兵と言わんばかりな現実を突き付けられ何だか妙なショックを受けてしまう。これが貧乳と呼ばれる女子が常日頃から受ける洗礼なのかもしれない、彼女達は道行く素晴らしきスタイルを持つ女性とすれ違う度に胸を鋭いトゲで突き刺されるかの様な痛みを背負いながら戦い続けているのだろうか? 少なくとも俺はそんな気にさせられる気がする。
仕方が無いじゃないか! お胸さんのご機嫌は主に先天的な要因であるが故に個人の努力で大きくする事が出来ないじゃないか! 一生懸命腹筋や腕立て伏せをやっても大きくならないのだッ! 俺に与えられるのは先天的なきょぬーの遺伝子を持った神に選ばれしすーぱーすぺしゃるな選ばれた女性達を目の前にハンカチを噛み締めながら涙を流し自分のお胸さんと比較し続けなければならないのだッ! うぐぐ。俺が男だったからお胸さんが持つ戦闘力の高さが痛い程分かるのぢゃああああっ!!!!
いや、いや、待て、そうじゃない、中学生時代を思い出せ! クラスの女子達が持つ戦闘力をっ! そうだ! クリスティーネちゃんと同じ戦闘力を持つ女子などいなかったのだ! 俺と同じ戦闘力持つ女子の方が多かった! そう、俺は普通、至ってふつーーーなのだ! それも、現代日本って食事の栄養評価が高い世界での普通なのだ! きっと恐らく食事の栄養評価値が低いこの世界ならば手のひらサイズのお胸さんですら上位に食い込めるのだ! 更にッ! 俺はまだ14歳っ! まだまだ成長過程なのだ、これから戦闘力が上がるのじゃーーーー! はっはっはっは! 女神クリスティーネちゃんよ! 見ておるが良い、ゆくゆくはお主を超える巨乳さんを持つナイスバディな悪役令嬢になってやるぞい!!!!
おっと、随分とお話が逸れてしまった様で、話を戻しましょうか。
続いて今の俺が住んでいる家、ファルタジナ家だけど、タルティア国って国の傘下にあり保持する領地は凡そ25平方キロメートル程の広さである。
これは現代日本に存在する市の中では下から10%位の広さだけどあくまで文明が進み情報網等の技術が進んだ世界での話で、今住んでいる世界の文明レベル、大体16世紀位なのか? その位の話になれば国内上位10%以内に入れる位広大な領土を持つ家なのだ。
また、これだけ広い領土を持った上で領土内の土地は比較的肥えており作物を豊富に収穫出来る為、ファルタジナ家は貴族の中でも裕福な家である。
さて、自分の現状をざっくりと確認した訳で、次は同じくこの世界にやって来た女神クリスティーネの所在を確かめる必要がある。
少なくとも今自分がいる部屋の中にクリスティーネの姿は無い。あるとするならば、ファルタジナ家、邸宅内の何処かに居ると思うが、ルチーナの記憶を辿る限りファルタジナ家はかなり広い訳で、家の何処かに居る人間? を探すとなると物凄い骨が折れる事になる。多分腕の2、3本位は。いや、腕は2本しか無いのだけども。
勿論、ファルタジナ家の敷地外に拠点を構えている可能性も有るが、そうなるとこの時代を考えると探すのは最早不可能に近いのじゃないか? と考えが過ってしまう。しかし、自称Sの女神なら開幕の嫌がらせとしてやってくる可能性はある。田中太郎とルチーナの記憶がリンクして、まずは数カ月から数年かけて女神を探さなきゃいけないと言うのも何とも言えないと言うか、そもそも自分が付いていきたいと言って来たのにと言いたいがアレはあくまで休暇を無理矢理取得する為の口実っぽかったし、いざ異世界に向かったら俺を放置して自分は一人でのほほんと休暇を堪能している可能性はある。あるけど、この世界に来てから14年経っているんだよなぁ。14年間もさぼ、休んでもまだ足りないと言うのもある意味凄いが。
まぁ良いや、今日はもう遅いし明日また考えよう、と鏡台に付属している椅子から立ち上がりベッドに飛び込もうとしたところで、
『田中さんー。記憶が戻りましたかー? 私が設定した通り作動したみたいでよかったですー』
何処からともなく女神クリスティーネの声が脳に直接響く。前世の知識を元にはんだんするならば、これは念話と言う奴だろう。
『そうですよー、念話ですよー。クリスティーネちゃんは女神様ですからねー』
『そっか。記憶を今リンクさせたのは?』
『おっさんの記憶を持っている人間が0歳児やら経験する事が可哀想と思ったからですよー。幼少期で身体能力や行動の範囲が狭い状況はつまらないと思いましたしー』
クリスティーネがそれっぽい説明をする。Sからしたらちょっと違和感を覚える。どちらかと言うと、何もしなくて済む完全な休暇を作り出す為そうした事を疑ってしまうが。
『そ、そんな事ありませんよー? 私正直者のクリスティーネちゃんは田中さんと違いますからー。そんなゲスで腹黒い考えなんてしませんよー』
声のトーンが妙に高くなった。嘘を付いている可能性が考えられるけども、追及した所で俺が得する事はないだろう。そんな事よりもクリスティーネとの合流を果たした方が良さそうだ。
『鋭いですねー。それだけ鋭いのにカノジョすら出来なかった事は不思議ですねー』
『まぁ、分かり過ぎるせいとは思う』
『優秀過ぎる故のジレンマですかー?』
『それは分からない。その技量が会社に評価された事は無いからな、証拠の上がらない技量であるが故に給与査定に考慮された事は一度も無いな、故に自分が優秀かどうか判断し兼ねる』
『そうですねー日本全体で見たら田中さんの技量程度持っている人間沢山いますからねー』
クリスティーネがいたずら心に満ちた声で言う。
『否定はしないけどさ、褒めたいのかけなしたいのかどっちやねん!』
『嫌だなー褒めているのですよー? でもでもー私Sですからー』