41話
「ルチーナ様、温かいお茶が入りました」
俺の目の前にオレンジ色の液体が注がれた白いティーカップがそっと置かれる。
その液体には薄くスライスされたレモンが浮いており、さわやかな匂いを引き立てる役を買っている。
まぁ、要はその液体は紅茶って奴。
金髪碧眼の悪役令嬢ルチーナ・ファルタジナへと転生する前は、こんな感じでホットレモンティーを堪能した記憶は無い、勿論可愛い女の子が俺の為に入れてくれた、なんて事も無い。
最も、この世界へと転生してから悪役令嬢の様な振る舞いをした記憶が無いから、自称悪役令嬢と言わざるを得ないかもしれないが。
わざわざ俺の為に紅茶を入れてくれる、しかも俺がお茶を飲みたいタイミングを察知してくれるのか分からないが概ね俺が欲しいと思った時には既に入れたてのお茶をそっとテーブルに置いてくれるのである。
流石はキルミール家令嬢ステラお嬢様、気遣いのレベルが高いと言った所か。
「相変わらず美味しいお茶を有難う、ステラ」
俺はステラ嬢に1つ笑顔を見せながら礼を言う。
もしも前世の日本でもステラ嬢みたいな女の子と仲良くなれていたら、程々に付き合って30手前になった所でプロポーズの1つでもして無事結婚していたのかもしれない。
いや、こんな素敵な女性なんてライバルも多いだろうし所詮非正規正社員に過ぎなかった俺が選ばれる、なんて事は有り得無いな。
そうだよ、俺は非正規正社員だったせいで女の子から選ばれた事は無かったな、いつも最終候補に選ばれるけど、だけど決まって「結婚にはお金がかかるの、A君は600万も稼げる正社員だから、そのごめんなさい」何て言われて拒絶されたっけ。
しかも、毎回毎回、だったら、最初から俺に近付くなっつーの。
俺は自分の言葉を受け、はにかんだ笑顔を浮かべるステラ嬢を見ながらふと前世の事を思い返す。
思わず溜息をつきたくなったが、ステラ嬢の手前そんな姿を見せる訳にはいかない。
それにしても、ステラ嬢は顔立ちも整っている上に琥珀色の瞳も美しく見える。
日本人の黒い瞳が悪い訳じゃないが、やはり黒以外のアイカラーには特別な魅力を感じてしまう。
そこから更に、肩に掛かる位の長さでブラウンカラーのふわっとした髪が来たら惚れない男を探す方が難しいと思う。
「勿体無いお言葉です、ルチーナ様」
ステラ嬢は丁重なお辞儀を俺に見せると少しばかり頬を赤らめながら今俺が居る部屋から去って行った。
正直なところ、もっとステラ嬢を見つめながらニヤニヤし続けたい訳だけど、そんな訳にはいかない。
今の俺はとにかく忙しい、やる事が多過ぎる、と言うか無理ゲーじゃねぇのこれ!?
と言うのも、先日俺は悪い領主を成敗し国王よりその領主が収めて居た土地を報酬として受け取った訳だ。
これに対し俺の父と母も賛同し、若干14歳の少女が1つの領土の主となったのだ。
普通は、貴族である父と母が持つ有能な人材を派遣しこの土地を収めるなり父と母なりの人間がこの土地を収めると思うのだが。
いや、俺も舞い上がっていたからね、国王の提案でもあるし反対者が居なかったワケで、前世と含めれば49歳と変わらないって考えれば領地の1つでも収めたくなるのは避けようがない事で。
「なんで俺は安請け合いしたし!?」
誰も居ない室内にて、思わず声を上げてしまう。
俺が今居る館、つまりは悪い領主の館、こいつ自身は随分と豪勢なんだよ、部屋も沢山あるしそれぞれの部屋も広い。
広い上に豪華な装飾だの絵画だのなんだの、どれだけのお金使ったんだよと頭抱えたくなる位に凄い。
今俺が居る部屋だって、何か知らんけどざっと数えて指輪が10はある。
この時代にプラチナがあるか分からないが、ダイヤモンド付きな銀色の指輪だのエメラルドが付いている金色の指輪だの、それぞれ大きさが違うから多分小指から親指迄1つずつしかも両手につけられそうな感じ。
指輪なんて1つあれば十分じゃないかと思いながら、当然ネックレスだのもある訳で。
これも、銀かプラチナか金か分からないが貴金属にルビーだのサファイヤだのオパールだのなんやかんや付いていて、これ1個幾らすんねんって言いたくなる。
この館の通路には一々絵画が飾ってあるしそれ全部で何十枚あんねんって。
宝物庫らしき部屋には、機能性は二の次としか考えられない等身は銀だの金だので作られていて、やっぱり宝石で散りばめられている武器防具が多数あるし、袋詰めされた金貨も多数見受けられるし袋詰めされた各種宝石も多数ある。
まぁ、宝物庫にある分はこの館の財産と考えられるからまだ良いんだけど。
問題は、ここの領民は貧困に喘いでいる訳だ。
俺に前領主をどうにかして欲しいと頼んだ人達は、総じて古い布を何度も継ぎはいだ貧相な衣服を身に纏い髪もぼさぼさで手入れしている余裕が無いように見えた。
身体も細く、現代日本人みたいに食べたいものを好きなだけ食べられる事すら出来ている様に思えなかった。
この領地は痩せていると聞いている事と、その割には外観も内部も派手な領主館である事を考えれば前の領主はどれだけ領民を搾取していたのか想像し易い。
また、ここで雇われている人達を見ているとどうも元領主の側近クラスの人間は身なりから豪勢差を感じられるが、そうで無い普通の人達は普通な感じ。
派手さも無いしだからと言って貧困化と言われたら多分違う。
恐らくは、日本の会社によくある役員報酬だけは超高いけれど正社員の給料は高くないし管理職者もちょっと高い程度しか貰えていない。
それに近い様に感じ取れる。
「ステラたんが入れた紅茶美味しいなぁ」
俺は天井をぼーっと眺めながらぽつりと呟く。
そう言えば、この領地は日本に存在していた多数の会社と似た様な状況に思える。
それ等の要素に対して企業勤めをしていた際は権力が無く何も出来る事は無かった。
ただ、幸いな事にこの領地では俺が強い権力を持っているし、何よりもこのタルティア国の第4王子であるエリウッド・タルティア・アスモフが俺の味方に付いている。
俺をこの世界へと転生させた女神、クリスティーネより提供された惚れ薬の効果により、エリウッド王子は俺にメロメロな事もプラス要因だろう。
男の俺に対して踏み込んで来る気持ち悪い男と言う点を除いては、だが。
最も、第三者から見れば俺の外見は金髪碧眼の美少女である手前、金髪碧眼の美少女令嬢と第4王子とのカップリングと考えれば妬む者は入れど気持ち悪く思う者は居ない。
その薬はステラ嬢も服用しており、実はステラ嬢も俺にメロメロだったりする訳でこっちの方は嬉しいのだけど世間体を考えると中々欲望のままステラ嬢と接するのは難しい。
自分が望む相手と世間体が噛み合わない謎のジレンマを抱えている訳だけど、と日本に存在した薄い本を思い出す。
「はぁ」
下らないな、と思いながらも声に出る程の溜息を1つ。
それはさて置いて、問題が山積みなこの領地の何処から改善して良いのやら。
机の上に散乱している書物とにらめっこしながら俺はあーでもないこーでも無いと頭を回転させている。
この領地の税率は大体70%程と滅茶苦茶な率だ。
ここの館に勤めている人間達はそうでもないらしいが、ざっくりとこの館に勤めている人間達は武士でありそれ以外農民で最悪えたひにんと行った人達も居る様に見える。
どちらにせよ、こんな滅茶苦茶な状況で領民がまともな生活を出来るとも考え難いし、食うに困って略奪をする盗賊が居ても何なら盗賊団があっても不思議ではない。
この世界にも日本の様に四季がある為1年間での寒暖差が激しい。
農民達は、寒い季節は主にライ麦やジャガイモを育てており、暑い季節には暑さに耐性のある麦や、ブドウ、レモンと言った果物の栽培が行われているみたいだ。
農業に従事していない者は、何か物作りをして生計を立てている様子で、主に衣食住に携わる様々なモノだった。
それ等の売り上げから7割も徴収されるのだからたまったものじゃないし、普通に脱税をしたくなる。
が、この辺り日本と同じく脱税者には厳しい罰が与えられた様でその記録も記されている。
ざっと見た感じ、脱税した金額の凡そ5倍にあたる強制労働が強いられているみたいで、若い娘が居る家庭ならばその娘を罰として奪い取り前領主達のケースもあるそうだ。
「一先ず減税は必須だろうな」
俺は部屋に散りばめられている宝石やアクセサリーをぼんやりと眺めながら呟く。
少なくともこの様な無駄なものに金を突っ込む余裕があるならば、庶民から徴収する税を軽くする事が出来るだろう。
確か、俺の親が領主を務めるファルタジナ領の税率は30%位だったか、一先ずそうしたい所だが。
「はぁぁぁ、何処の国会議員だよ、全くよぉ」
少し大きめの独り言が部屋に響く。
それもそのはずで、この領館に勤める人間の内、領主側近クラスの年収が日本円にして5000万位だ。
父が話していた事があるが、ファルタジナ領内では領主側近クラスの年収は大体1000-2000万円の範囲内だった。
それでも彼等は十分に満足している様子だったから、そのクラスの人材相手とは言え年収5000万は余りにも高過ぎると思う。
この領地の広さが30平方キロメートル位で、日本に存在する市では狭い方だが、この世界は地球で言う大体西暦1500年位である事を踏まえたと考えるならば十分広い方だとは思う。
税率30%にした際、この領土の収入を精密に計算した訳じゃないがこれだけの人件費が掛かってしまっては恐らく赤字になるだろう。
どうするべきか、こいつ等をお払い箱にしたい所だが無能そうに見えて実は有能だった可能性も無い訳じゃない。
前領主が話にならないゴミだったのだが、それでもある程度領地運営が出来ていた以上少なくとも1人は有能な人材が居なければ可笑しい。
しかし、側近クラスはどいつもこいつも無能にしか見えない。
なんというか覇気が無い。
反面、強欲に塗れた空気は強く纏っているからその点だけでも彼等が有能である可能性はかなり低い様に見える。
下手をすれば、10代の少女であるステラたんの方が有能まであるし、サナリスも元魔王軍側近である以上それなりの力は多分ある。
エリウッドは……。
何かゴメン。
でも、若いから大丈夫、同じ能無しでも50代は伸び代が無いから完全にダメだけど10代ならまだまだ鍛え方次第では伸び代があるから。
と思わずには居られない能天気全快なエリウッドなのだが、あれでも第4王子である為それだけでも滅茶苦茶強力な味方なのである。
「はぁ……」
あれがこの国の王子、けど第1-3王子も居るからその中にまともな人間が居る。
と言いたいけれど、よくある創作物に出て来る王子って見た目は綺麗だけど腹の中はどす黒い真っ黒、それこそ艶すらない位。
何てのも居れば、見るからに悪党、隠す気も無い悪党、市民を自分の性奴隷として確保するようなド悪党なんてパターンもある。
と考えたら、能天気で頭大丈夫かと心配してしまうが少なくとも善人であるエリウッドは超恵まれた味方なのだろう。
分かっているが、溜息が止まらないのである。




