4話
書類を漠然と眺めた結果、俺の転生先は大体中世ヨーロッパの様だ。
さっき、クリスティーネが言っていた通り現代より500年程前となる。
で、問題は……。
「転生先の肉体が悪役令嬢って、なんでやねん! 男じゃないのかよ!」
斜め上の転生先を見て思わず関西弁が出てしまった。
「だって、その方が面白そうですしー?」
「俺は面白く無いよ!」
「でもでもー、貴族令嬢ですよ? 領主の娘でその時代で優雅な生活が出来ますし、貧困に喘ぐ愚民達を上からあざ笑う事も出来ますしー?」
ご生憎様俺はそんな趣味何て無い。
「あはっ、でしたらー、食べる事にも困る様な極貧生活を送っている男の子に転生して貰っても良いんですよー? それだと、田中さんの権力が無さ過ぎて見ている私が面白く無いからおすすめしませんけどー、悪役令嬢への転生が嫌と言うのでしたら仕方無いので湿地の方になって貰いますけれどー」
「間は無いのか、間は。てか、別の世界は無いの? ありそうな空気してたけどさぁ」
「ありませんよー? わたくし女神クリスティーネちゃんが絶対的な権力者ですからー。私が無いと言ったら無いんですよ? 黒でも白って言ったら白ですからー。日本でも良くあるお話じゃないですかー」
やっぱり本当はあるけど、だからと言ってそれ等の世界を提示して貰える可能性は0に近い。
何なら、極貧餓死寸前ルートを押し付けられそうだ。
いや、待てよ?
「なら、その極貧ルートで餓死した場合どうなるんだ? 再転生か?」
「あはははは、そんなハチミツみたいに甘い話はないですよー? 餓死寸前の苦しみが続くけど老衰を迎えるまで死なない様に私がコントロールしますしー。自死されたとしても、似た様な境遇の人間はゴマンと居ますからー私が飽きる迄ずーっとその境遇に転生させますからー」
何となくそうは思ったが、やっぱりそうだった。
他の選択肢を完全に潰され、俺には中世ヨーロッパで貴族令嬢として転生しなければならない。
いや、現代と比べたら厳しいかも知れないけどその時代なら相対的に見て優雅な生活を送れる以上悪い話ではない。
悪い話ではない……? 女神に洗脳されている気がしなくも無いが。
「でもなぁ、折角だから魔法位使ってみたいんだよなー」
「私が面白く無いからダメですー」
遂に隠す事無くストレートに反対して来た。
「異世界転生する以上ファイアーボール位使ってみたいんだよなー」
「はぁ、仕方ありませんねぇ、検討はしておきますからー。その内ファイアーボール位使える機会があると思いますよー」
お、ゴネてみた甲斐があったか?
これで、転生先で初級魔法位使わせて貰えそうだ。
と思っていると、クリスティーネが不敵な笑みを浮かべ、
「そういう事ですからーこの書類にサインしちゃいましょうねー? 今なら有給休暇を使う為にクリスティーネちゃんも付いてきますから☆」
何か嫌な予感がするが……。
「こんな美人でびゅーてぃふるな女神様が一緒になるんですよー? 何の不満があるんですかー?」
クリスティーネがあざとく胸元を強調させて来た。
こ、これは大きい。
悲しいかな、俺が男なのだろう。
クリスティーネの初歩的な色仕掛けに引っかかり頭の中が少々ピンク色に染まり掛ける。
「いやー、その、ねぇ?」
俺は目を泳がせながら、女神との素敵な生活を描いてしまう。
「えーダメですかぁ?」
クリスティーネが上目遣いをしやがり、そっと俺の手を握る。
ただでさえ美人な女神にそんなことされて平静を保てる男は、この世に存在しないだろう。
「だ、ダメじゃないかなぁ」
クリスティーネは自分が座っている椅子を少しずらし、俺との距離を縮める。
女神との距離が近い。
自分の心臓が高く脈打ちだしている事に気付く。
「良いんですよー? 素直に触りたい物は触りたいと言って頂いてもー」
にぱーっと笑みを見せながら俺の頬を人差し指で突っつく小悪魔、基女神クリスティーネ。
ああ、こうやって世の男達は女に騙され貢がされるのだろうか?
今はまだギリギリ理性を保っていられるがこれ以上は……。
「いや、何をだ……?」
「うふふ、秘密ですよー、ひ・み・つ☆」
クリスティーネは甘い香りを残すと俺との距離を元に戻した。
ギリギリの所でクリスティーネの誘惑から開放され理性を取り戻すが、同時にこのまま行けばもっと良い事が出来るのだろうか? と勘違いさせられてしまう。
残念ながら、今の俺は美女の誘惑にハマり美女のペースに飲まれている。
「そ、そうですか」
「それでー。ミスターウィザードの田中さん。貴族令嬢に転生するってすっごく楽しい事だと思うんですよー? 更に今なら可憐でびゅーてぃふるな女神様迄ついて来るんですからー。転生先はここで決まりですよねー?」
そう言えば、強権発動出来ると言っていたからこんな面倒な事しなくても決まった事だから、行けと言えば良いんじゃないかと疑問に思うが。
こんな美人な女神様と御一緒出来るなら別に良いかー。
俺は、幾ら美人とは言えちょっと密着されて軽い誘惑をされただけでコロッと言いなりになってしまっている。
男とはなんてちょろい生物なのだろうと思いつつ、だからと言って自分自身抵抗する気も無くなってしまっている以上自分もちょろい生物と自覚せずにはいられなかった。
「わ、分かった。その条件で是非とも宜しく頼む」
「やったー☆ 有難う御座いますー☆ ではではーここにサインをお願いします☆」
クリスティーネがニコっと笑顔に加えウィンクを見せる。
その攻撃力は高い。
俺はクリスティーネの指示通り、書類にサインをする。
「ではではー。異世界転生の術式を発動させますー。良い異世界ライフを堪能して下さいねー」
クリスティーネが立ち上がり、魔法の詠唱の様なモノをした。
それが終わると、俺とクリスティーネの中間地点を中心に地面に白い魔法陣が描かれる。
これも魔法だろうか? と思った頃には魔法陣から発せられた白い球状の光に包み込まれた。
田中太郎としての意識はここで途切れた。
次意識を取り戻すのは、悪役令嬢となった田中太郎だろう。




