3話
クリスティーネが、机の上に置いてあった書類の一枚を俺に見せる。
大丈夫、グロイ写真は乗っていない。
多分この女神の性格なら仕事すると言ってその写真を見せる、なんて十分に有り得えそうだが杞憂だった。
「そんなにさっきのグロ写真みたかったのですかー? 仕方無いですねー」
「いや、話が進まなくなるのは勘弁してくれ」
彼是2時間近く背もたれの無い椅子に座らされたままなのだから疲れて来た。
「仕方無いですねー。それで田中太郎さんの転生先なんですけどー」
クリスティーネが俺をチラチラと見ている。
何か変な要素でもあるとしか言いようが無いが。
「そんな事無いですよー?」
棒読みだった。
つまり、そんな事ある訳で、考えられるのはロクでも無い転生先の提示だが。
「そんな事無いですよー??? ほら、パラレルワールドってあるじゃないですか? 並行世界みたいな。地球もその世界の1つって訳でしてー。地球の他にも姓名が存在する惑星が存在する世界線もある訳ですよー。田中さんが生前住んでいた地球ではそれ等の星は存在していなかったんですけどー」
「つまり、漫画でまぁ、ある宇宙船の異動範囲内に生命が存在する星が幾つもある世界線もあると」
「そんな感じですー。それで、田中さんが居た地球って異星人からの侵略も無い平和そのものな星でしてー、転生先としての人気も高いですー」
クリスティーネの話が回りくどい。
大体、変な物を掴ませようとする時の行動パターンに酷似している。
「と言う事は、地球での転生は出来無いと」
「そうですー。もっと徳を積んで、大賢者の方でしたらーもしかしたらなんですけどー、でも、田中さんは魔法使いですからそれなりに徳を積んでいますよね?」
何故に疑問形。と言うか、童貞である事が徳を積む事ってどういう事?
「田中さんのプラス査定がそれしか無いからですよー? 田中さん唯一の取り柄なんですからー」
「確かに人生でロクに勉強してこなかった。言い返す言葉は無い」
「そうですからー。地球と比べて文明のレベルは下がりますけどー、地球と似た様な星でしてー今の所他惑星からの侵略情報が無い世界線があるのですよー」
何故かクリスティーネの視線は泳ぎっぱなしだ。
転生先がロクでも無い物にしか思えない様に見えるが。
「そんな事無いですよー? ちょっと、500年前に戻る位ですからー。でも、現代社会の利便さを知っている田中さんからしたらすっごーく不便かなーなんて思う訳でしてー」
半ば無理矢理に作り笑顔をするクリスティーネだが、悔しいけどその笑顔もまた可愛い。
「ネットも何も無い世界に飛ばされるのは嫌なんだけど。別の星でも世界でも良いんだけどせめて現代に寄せた世界は無いの?」
500年前と言ったら日本だと江戸時代。
娯楽なんて大したものは無いし、暇つぶしで下らない知識の増強なんて事も出来ない。
寝るか散歩するか、釣りでもするとかそんな程度だろう。
間違い無く、退屈過ぎて死んでしまう。
「田中さん。地球での宇宙人と言えば、タコみたいなクラゲみたいな奴ですよね?」
「まぁ、大体そうだけど、漫画やアニメだともっとまともな宇宙人も居るが」
何故かクリスティーネが押し黙り、小さく舌打ちをする。
あれは、まともな宇宙人が居る世界を知っていそうな反応に見える。
「ですけどー、現代みたいにインターネットが配備されていて娯楽で溢れている世界はまずないんですよー。そんな素晴らしい世界はもっともっと徳を積んだ人にしか紹介出来ない訳でしてー」
棒読みだった。
別にそれ等の世界に俺が飛ばされても問題無い様な気もする。
いや、待てよ? 異世界転生の話ならば、チートとか剣と魔法の世界だってあるはず。
その世界なら娯楽が無かったとしても十分面白そうだ。
「じゃあ、剣と魔法の世界は無いのか? 異世界転生物の話でよくあるチート能力付与とかも無いのか?」
折角だし、本物の魔法使いになるのも面白そうだ。
天才魔法使いとして次の人生を楽しむ、それはそれで悪くない。
チート能力を貰って覇者として君臨するのも楽しそう、なんだかわくわくして来たな。
「……残念ですが、田中さんは徳が足りませんのでー」
「なぁ、今、それだと私がつまらないって言わなかったか?」
「田中さん。無駄に耳が良いんですね。女の子には言いたくない秘密の1つや2つあるんですから、秘密を暴露するのはダメですよ? それだから魔法使いだったんですよー」
クリスティーネは大きなため息をつき、やれやれこれだから童貞はと言いたげに身体での仕草を付け加えてくれる。
段々、何ともウザイ女神だと言いたくなって来る。
「良いじゃないですかー? 私は女神ですよー? 神様ですよ? 神様が愚民をいたぶって楽しむ事の何が悪いんですかー? 私なんて可憐でびゅーてぃふるですからー、これでも物凄く優しいんですよ? 神様によってはあのグロテスクな写真通りの事もやって来るんですから―」
言っている事は間違いなさそうだが、この女神、責任転換能力も高そうに思える。
「私が正しいですよねー? 女神だって暇なんですよー娯楽に飢えているんですよー。休暇だって欲しいんですよー。たまには遊びたいんですよー」
クリスティーネの口から言ってはいけないレベルの本音が聞こえた気がする。
「そうっすか。それは良いとして俺がその提案する世界に行ってそこからどうなるんだ? どうせ事務仕事が続くだけじゃないか?」
「あはははは、大丈夫ですよー? 田中さんをモニタリングしても良いですしー? どーーーーーーーしても田中さんが懇願するならですけどー、わたくしクリスティーネちゃんがご一緒しても良いんですからねー?」
正直、こんなウザイ女神が付いて来ると頭がおかしくなりそう。
別にどうしてもって感情は1ミリグラムも無いから丁重にお断りするべきだな。
「はぁ、賢者一歩手前の魔法使いは違いますね、格その物が違いますねー。これは是非とも賞賛すべき天然記念物ですね」
「そんな事言われても、俺は別にどうしてもアンタと一緒に生きたいとは思わないし」
「はぁ。女心が分かっていませんねー。仕方ありませんねー、女の子がこういう事言う時は、男がしっかり誘って下さいよって意思表示なんですからね?」
それ位知ってはいるが。
「で、男が誘ったらそんな事無い残念でしたー。と手持ちの男と一緒に指差して笑うんだろ? 知ってるぜ?」
うっ、と言葉を詰まらせるクリスティーネ。
自称Sなのだから当然その程度の思考はあって当然か。
「そ、そんな事ありませんよー? そんな事する事もあるかもしれませんけどー? 大丈夫ですよー? 私、有給休暇が沢山溜まっていて上から消化しろって言われてますからー」
女神に上司が居るのかよ……知らなかった。
「良くある話じゃないですかー? 神話とかもそうですしー」
「確かにそうだが、実際の神もそうだったとは、予想外と言うか何と言うか」
クリスティーネが、俺の転生先について書かれた1枚の書類を改めて見せた。




