2話
「はぁー。分かりました。田中さんがそこまでおっしゃるなら次の話に進みますねー?」
女医の溜息が深い。
仕方無く俺の話を聞いてやったとも受け取れるが? いや、待て、この言い方だと俺の話を聞いていたとも捉えられる。
つまり、それは?
俺の話は聞いた上で自分が話したい事を1から10まで行って自分だけが気持ち良くなってたのかよ!
で、話す事が無くなったから仕方なく俺の話を聞いてやったってか!?
俺がどれだけ不快な思いでその話を聞かされたと思うんだ、いい加減にしろよ!
「お願いします」
と、心の中で荒らぶりながらもそれを隠し平静なフリをした返事をする。
「田中さーん? 言いたい事があるなら言っても良いですよー?」
おや? 平静を保ったつもりだが顔に出たか?
「いいえ。田中さんの顔は至って無機質、人間でなく機械としか思えない位に感情がありませんよ?」
そこまで言うか普通。
って待てよ? 俺は何も言っていないのに何故この女医はまるで俺に対する返事をするかの様な事を言ったのだ?
それって、つまり?
この女医は俺の心が読めるとでも言いたいが、現実世界に存在する人間にそんな能力を持つものは居ない。
ははは、ただ偶然俺が考えた事と女医が言った事が噛み合っただけか。
「そうですねー、田中さんが生きていた世界ならそうですけどー。ここは天界の一部でしてー。私はこう見えて人間じゃないんですよー」
人間じゃない? どう見ても見た目は人間そのもの、しかもとてつもない美人なんだけど。
「褒めても何も出ませんよー?」
「いや、俺は何も褒めてないけど」
「そうですかー。心の中では私の美貌について褒めていた様ですけれどー」
それってつまり、俺の心が読めるとでも言いたそうだ。
確かに、ここが展開であり人間で無いならばその可能性は有り得る。
しかし、俺の心が読めるという事は、この女医はそうであるにも関わらず延々とグロデスクな写真が転載された資料を見せつけた。
それはつまり俺に対して明確な嫌がらせを仕掛け愉しんでいた事になる。
この女医、飛んでもないSなのだろうか?
「はい、そうですー。 わたくし女神クリスティーネはSかMと言われましたらSですよー? でも、SかMの2択でしかないですからーしかたありませんよねー? いやー田中さんって素晴らしいですねー。生前は無駄に洞察力が高く、察する能力はヒジョーに高くございますが、言語能力磨きをサボり、周りの人間から良い様に利用されていましたねー?」
「褒めているのかけなしているのかどっちだよ!」
「愚問ですよー」
その満面の笑みからは何処か心の奥が凍えそうな空気を感じ取った。
ウサギを見付けたライオンが、ただ真っ直ぐ狩るのは面白く無いから可能な限り遊び倒した上で狩ってやろう。
そう感じさせられる空気だ。
「そうっすか」
まぁ、自分で自分の事をSと言っている以上どう考えても貶す事が目的だろうな。
それにしても趣味の悪い……あれ? 今この女医は自分の事を女神と言わなかったか? 確かに人間じゃ無いと言っていたが。
「そうですー。わたくしは女神クリスティーネちゃんですよー。今はー、命を落としてしまった人間の転生先を案内する仕事をしているんですよー」
何か地味な仕事と言えばそうなる。
女神って神なんだからもっと派手な仕事をしているイメージなんだけど。
「田中さん性格悪いですねー。そんなんだから現世で女の子から相手にされないんですよー」
相変わらず満面の笑みを浮かべるクリスティーネ。
余計なお世話と言いたい所だが、否定もしきれない。
「良いですねーその苦悶に満ちた表情。もっといたぶりたくなっちゃいますー」
にこやかな笑顔を見せるクリスティーネ。
あんたもよっぽど性格悪いと思うのは気のせいだろうか。
「あははは、まさかこの美しくて可憐でびゅーてぃふるな女神であるこのわたくしが性格悪い訳ないじゃないですかー。こう見えても天界でも大人気なんですからー」
クリスティーネの目が泳いでいる。
声のトーンも下がり気味で、はぁぁぁぁと深いため息と共に視線が床へと沈んで行った。
つまり、天界で人気も微妙なラインで性格も悪いのだろう。
本当なのは美しくて可憐でびゅーてぃふるな女神だけであり、ただそれは俺も肯定するが。
「田中さん? 田中さんも私を貶したいのか褒めたいのかどちらなのですかー? 田中さんもひょろひょろで貧弱な身体の癖にSなんですかー?」
こいつめんどくせー。
てか、一々人の心に反応しないでほしいんだけど、もしかしなくてもスルースキル無いのか?
「うぐぐ、そんな事より私の質問に答えて下さいよー。田中さんはSなんですよね? 私がそう思うからSなんですよね? 女神の沽券に関わるからSだと言って下さいー」
「そんな事言われてもな、俺自分がSかMか知らないし」
実際考えた事も無い。
だからと言って今この瞬間クリスティーネの言動聞いているとイラ付いて来る以上少なくとも俺がドMとかMとは思わない。
「そう、そうですよー。田中さん嬉しそうじゃないよねー? ほら、Mだったら私の言動で喜びますしもっともっとイジメて欲しい空気出しますからー。だから田中さんはSなんですよー」
人の考えを強奪して無理矢理俺をS扱いするクリスティーネだが、俺が思うしクリスティーネも言う様にMとして必要な要素が何も感じないから確かに俺はSなのかもしれない。
まぁ、人間をSかMの2つに分けたら必ずどちらかになる訳だからSと言われても正直どうでも良い。
そんな事よりも、本題を進めないといい加減疲れて来た。
「否定はしないけどさぁ。それで、俺はこれからどうなるの? 死んだ事は事実だとして、アンタは俺に転生先を案内するのだろう?」
「はぁ、話の腰おっちゃいますかー? ノリ悪いですねー。これだから田中さんは前世で魔法使いだったんですよー」
「魔法使いってあのなぁ……俺、魔法なんて使った覚え無いぞ。魔法が使えていたら女の子にモテモテな人生を送れていた!」
「あらあらー? しょーもないボケで逃げちゃいましたかー。これだから童貞サンはーあっはっははっはー。しかもちょっとムキになっちゃいましたかー。あはははははは」
クリスティーネが露骨に馬鹿にする。
右ストレートの一発でも頬にかましてやりたくなるが、女神相手に当たるとも思えないし人間の物理攻撃が効くとも思えない。
「だって私はSですからー。田中さんも随分と暴力的なのですねー。男女平等主義者ですかー? だから異性から相手にされなくて、可哀想ですねー」
「んな事言われても、女の取り合いに掛けるコストが重くてやってらんねーし」
俺は肩を落とし大きな溜息をつく。
大体、ただ飯食って話すだけでなんで男が一方的に金を払わなければらなないのだ。
その上話術も何もかも求められて、これじゃ接待しているのと変わらねー。
「そうですかー。そうですよねー。そうやって言い訳塗れの人生で―気が付けば35歳、後5年もすれば魔法使いから賢者にクラスアップ出来ましたしー」
だからといって言い訳のしようが無い。
友達はみんな何かしらの努力や鍛錬をしていた訳で、それに比べて俺は。
「正直、地球の女性はどうかと思いますけどねー。男を奴隷としか思っていない女が結構いましたし―。100年位前の地球はそんな事無かったんですけどねー。可哀想ですね―田中さん。100年前に産まれていたら魔法使いになる事も無かったのにー」
「同情したいのか馬鹿にしたいのかどっちなんだよ」
「両方ですよ☆」
悪戯っぽい笑みを浮かべるクリスティーネ。
美人だから許されると言えばそれまでだが、だからと言って可愛いと思うのもまた事実。
「褒めても何も出ませんよー?」
「何も期待してねぇよ。それよりも、転生先の案内をしてくれ」
「はぁ、仕方無いですねー」
クリスティーネが溜息一つ、渋々とやるべき仕事を進める様だ。




