16話
「えへっえへへ。えへへへへ」
だが、サナリスは水晶玉に映し出される全裸の勇者エリウッドを吸い込まれるかの様に見据えており俺の言葉を聞いている様に見えなかった。
と思ったら、一応は俺の声に対して頷いていたので声は聞こえている様だ。
サナリスは、勇者エリウッドの入浴が済み着衣を終わった所で満足そうな表情を浮かべながらこの場を立ち去った。
俺はステラ王女拉致作戦に向かう為の準備を始めようとし、一歩踏み出すと、床からぬるっと何かが滑る音が聞こえた。
何故床が濡れている? と俺が地面を眺めると、謎の液体が床で小さな海を作っていたのであった。
まさか、あまりに興奮した結果大量の鼻血を床に垂れ流したのだろうか?
他に可能性は? お漏らし? いや、そんな気配は見せて無かったしそれは有り得ないだろう。
「サナリス! 床汚してるぞ!」
俺が叫ぶも、サナリスにこの声は届いていないらしく彼女が掃除に戻って来る事は無かった。
俺は大きなため息を付くと、エリウッドのぴーを見続けた末床に撒き散らした大量の鼻血と思われる液体で汚れた床を拭き上げるハメになったのであった。
―西の国―
魔城から遥かに西に構える国家にステラ王女は居た。
自室の窓から遠くを見上げるステラ王女は、淡い水色のロングストレートヘアーを風になびかせどこか不満気な表情を見せていた。
「退屈ですわね」
不満を小さく呟くステラ王女。
その視界の先に、飛翔する何かを捉えた彼女は表情を少しばかり楽し気な物へと変えた。
あれはきっと鳥だろう、美しい翼を大きく広げ自由気ままに空を飛ぶ鳥。
折角ゲームの世界に入ったのだから、あの様に自由気ままに空を飛んでみたかったと思いながらも、ステラ王女ぼんやりとその姿を眺めている。
鳥と思える飛翔生物は右往左往しながらもゆっくりとステラ王女の居る部屋に近付いて来た。
『まぞくさりなすがあらわれた!』
サナリスがステラ王女に向け強襲を仕掛けた瞬間、突然空中にテロップが出現した。
テロップが出現した理由は、恐らくこの世界がゲームの中だからだろう。
「あ、貴女が噂に聞くステラ王女ですか!」
遠目では鳥の様に見えた生物は、背中にコウモリの様な翼を背中に生やす人型の生物である魔族、サナリスだった。
「ようこそいらっしゃいました。私がステラ王女で御座います。可愛い来訪者さん、私にどの様な御用件でしょうか?」
サナリスがあたふたしているせいなのか、それともステラ王女自体肝が据わっているのか、魔族を目の前に下にも関わらず、いつも見せる天使の様な笑顔を浮かべサナリスを快く迎え入れる。
「わわわ、私は魔王ルチーナ様のご命令によりステラ王女を誘拐しに来ました!」
まるで新人の自己紹介の様に焦りながらもサナリスはステラ王女に自分の目的をご丁寧にも説明した。
「そうで御座いますか。私も丁度お暇をしていた所で御座います。多少の抵抗は致しますがどうぞわたくしをご誘拐なさって下さい」
普通の王女様であれば、目の前に魔族が居ようものならば大きな悲鳴の1つでも上げ、慌てて逃げ城の者に助けを求めるが、ステラ王女はサナリスの目的を受け入れ様とする。
「え? え? え? ふぁ、ふぁい、分かりましたッ」
サナリス自身も、ステラ王女が逃げ出すと思っていたのだろう。
ステラ王女からの予想外な返事に対し困惑し、ステラ王女を拉致しに来たにも関わらず何故かサナリスは敬礼をしながら返事をした。
『まぞくさなりすはいきなりおそいかかってきた!』
サナリスは、1度深呼吸をした後にステラ王女が居る窓の近く向け強襲、ステラ王女の右肩目掛けパンチを仕掛ける。
『まぞくさなりすのこうげき! すてらおうじょは20ぽいんとのだめーじをうけた』
ステラ
HP235
MP255
LV25
こうげき ↓まほう ぼうぎょ どうぐ
サナリスのステラ王女への先制攻撃が終わると、ステラ王女のステータスと行動の選択画面が表示された。
「ファイアー、で御座います」
自室にある窓の外で滞空しているサナリスに対し、ステラ王女は初歩的な炎属性魔法、ファイアーを放つ。
『おうじょすてらはふぁいあーをとなえた!』
ステラ王女の手から放たれたファイアーの大きさは直径5センチ程で、当たったところで大したダメージを受けない様に見える。
「ふっふっふ、そんな炎で私は止められませ」
食らった所で大した事はないだろうと判断したサナリスは、ステラ王女が放ったファイアーを回避せず、あえてその身で受けた。
「んわああああっっっあsdfghjkl;」
だが、ステラ王女の放つファイアーがサナリスの身体に触れた瞬間、サナリスの身体はまるで紅蓮の業火に包まれたかの様に激しく燃え上がると、滞空を維持出来ず墜落した。
『まぞくさりなすに128のだめーじをあたえた!』
ステラが放ったファイアーは見た目通りの威力であり、サナリスのHPを半分奪った。
「申し訳ありません、お加減が足りませんでした」
ステラ王女はステラ王女で、自分が放った魔法の威力が予想外に高かったのか、驚いた表情を見せ、サナリスの身を案じる。
「ふぁ、ふぁえぇぇ、だだだ、だいじょうぶです」
身体が黒焦げになりながらもゆっくりと飛翔し、再度ステラ王女の前に現れるサナリス。
「それでは、アイス、で御座います」
続いてステラ王女の手から放たれたアイスの魔法は、サナリス目掛け直径3センチ程の氷塊として放たれた。
『おうじょすてらはあいすをとなえた!』
「そ、そんな、こおひでわらひをとめられませ」
すでにサナリスは満身創痍になりかけているがそれでも強がって、ステラ王女の魔法を身体で受け止める。
カッチーーーーーン
ステラ王女の放つ魔法、アイスが着弾した瞬間物凄い音を立てサナリスは氷漬けになり地面へ落下した。
『まぞくさりなすに64のだめーじをあたえた!』
「申し訳ございません、まだお加減が足りませんでした。今氷を破壊いたします、サンダー」
ステラ王女はサナリスを包み込む氷を破壊する為サンダーの魔法を放つ。
『おうじょすてらはさんだーをとなえた!』
突如天空に暗雲が立ち込め、氷漬けになったサナリス目掛け直径1センチ程の雷が直撃し、サナリスを包む氷は真っ二つに割れた。
が、
「くぇrちゅいおp@」
サナリスの全身を凄まじい電撃が駆け巡り、今度は電撃のせいで黒焦げになってしまう。
『まぞくさりなすに32のだめーじをあたえた! まぞくさりなすをたおした! すてらは1000のけいけんちをかくとくした!』
どうやらここでサリナスのHPが0になったのか、サリナスは幾ばくかの金塊を残し消滅してしまった。
「魔族様? 魔族様?」
突然金塊へと変化したサナリスに対し、ステラ王女はきょとんとした表情のまま魔族の居たはずの場所を眺めていたのであった。
―魔城―
ステラ王女を誘拐するつもりが逆に倒されてしまったサリナスは、魔城の復活ポイントにて蘇生された。
蘇生されると同時にサリナスは急いで魔王ルチーナの元へやって来た。
「るるるる、るぢぃぃぃなざまぁぁぁ、もうぢわげございまぜーーーーん」
突然やって来たサリナスは俺にすがりつき、滝の様に涙を流している。
「どうした!? 女の子に抱き着かれて悪い気はしないけど急過ぎだぞ」
「えっぐ、えっぐ」
「卵? 卵がどうした?」
「ぢがいまずよぉぉぉ、泣いているだげでずぅぅぅぅ」
いや、泣いているのは見れば分かるし、えっぐえっぐ言うからてっきり入手困難な滅茶苦茶美味いゆでたまごを冷蔵庫にしまっていたら、誰かが勝手に食べたかと思った。
と思ったが、それだと俺に謝る理由と矛盾しているな。




