1話
俺は田中太郎35歳の非正規労働者、現代日本に良く居る努力をサボった人間が辿り着く末路の地位に居る。
学校では勉強をサボり、就活もサボり、正社員の道にすら駒を進めず漠然とした人生を送って来たのだから当たり前と言われれば当たり前だ。
では彼女等と言うリア充御用達な存在が居るかと言われれば、残念ながら『カノジョ? ナニソレ? オイシイノ?』という言葉しか出て来ない。
それもそうだ。現代社会で非正規労働者の彼女になる人間なんて聖女以外有り得ないのだから。
「ハァ、友達は結婚したり出世したり王道人生を歩んでるっつーのに俺は」
現実は見るも無残で、彼女を作る為に頑張った奴は順調に交際を続け結婚をし、就活を頑張った人間は良い会社に入り順調に出世街道へと駒を進める。
成功した彼等は俺なんて非正規の人間を相手にする時間が無いのか徐々に疎遠になって行く。
だからと言って会社の人間と仲が良い訳でも無くただただ只管無機質に単純作業を繰り返すのみで家に帰ればお酒を片手にネットサーフィンをする毎日。
時間だけが無駄に過ぎて行き気付けば40が視界に入る。俺の人生、何処でどう間違えたのだろうか?
「前方にトラックか、運送業の人達も大変だよな」
赤信号の交差点に辿り着いた俺は、前方で止まるトラックの運ちゃんに少しばかり同情しながらもブレーキを緩やかに踏み丁寧に停車し、信号が青になるのを待つ。
信号待ちの最中、ふとバックミラーに目をやると後方からトラックが迫って来る事が分かった。
だから何だと言う話であるが、万が一にも後ろのトラックが止まらなかった日には普通乗用車に乗る俺は車もろとも押し潰されてぺっしゃんこ、になってしまう。
しかしそんな事は後ろのトラックに乗っている運転手が居眠りでもしない限りまずないから気にしても意味はない。
(うん? 後ろのトラック減速しない? あれか? ギリギリまで前の車に近付いてから強いブレーキを踏むタイプか?)
ははは、まぁこの運転手は速度をギリギリまで維持し、強いブレーキを踏み停車するタイプかな。
あれ? トラックって積んでいる荷物が大変な目に遭うし何ならそのせいで運転手が圧死するケースもあるから急ブレーキは厳禁じゃ?
呑気にも後方から迫りくるトラックの運転手に対し考察をしていたが、どう考えてもブレーキが間に合わない距離を越えても減速する気配を見せない。
このままでは、俺はトラックに挟まってペッシャンコのミンチになってしまう!
だからと言って、交差点で信号待ちをしている現状ではアクセルを踏み進む事も不可能であり出来る事と言えば運転席から脱出する事しか無い、俺は運転席から脱出しろと脳から身体に命令するが、
ガッシャーーーーン!!!!!
残念ながら、脳から緊急避難命令を受けた俺の右手が僅かにシートベルトの装着口へ向け微動した所で物凄い音が耳に入った所で俺の意識は途絶えてしまった。
―天界―
気が付けば俺は病院の待合室にある椅子に座っていた。
部屋の広さは大体20畳位だろうか? 病院の待合室にしては狭い方だと感じる。
つまり総合病院では無く、個人経営の病院だろうか? 勤務中の看護婦さん達は皆忙しそうにしている。
確か俺は運転中にトラックとトラックの間でサンドイッチにされたはず。
その状況下じゃどう考えても俺は跡形すら残っていないと思うし奇跡が起こったとしても手術が終わりベッドの上に居なければ可笑しい。
可笑しいのだが、今の俺は5体満足だし身体の何処からも痛みは感じない。
「田中太郎さん、こちらへどうぞ」
看護婦さんがにこやかな笑顔を見せながら俺を呼んだ。
綺麗な人だ。
俺はその看護婦さんに案内され診察室の中へと入った。
「どうぞ、そこにお掛け下さい」
部屋の中に居る医者用の椅子に座り、薄紫色でロングヘアーな女医が着席を促した。
女医は非常に美人な女性であるが、無表情でありどこか冷たい空気を纏っている。
しかし、こんな美人を見るのは何年振りだろうか? いや……
「俺の身体は大丈夫でしょうか?」
このままでは小一時間葉見惚れ続けてしまう。しかしそんな訳にはいかないと俺は声を紡ぎ出す。
「田中太郎さんですねー。あなたの身体は大丈夫じゃありませんよー? ええ、今の田中さんは無傷ですけどー」
女医は机の上に乗せられた資料をチラチラと見ながら事務的な口調で言う。
「俺の身体が大丈夫じゃないってどういう事ですか?」
「えーっと、聞いちゃいますかー? 仕方ありませんねー、田中さんもう死んじゃいましたから今更貴方がショックを受けるとか関係ありませんからねー」
妙に軽いノリの女医だ。
この人、仕事以外で人と接する事が少ないから心がはしゃいでいるのだろうか? いや、いや、いや、待てよ待て待て、今この人なんて言った? 田中さんもう死んじゃいましたって言ったよな!?
いや、落ち着け、これは何かの冗談だ、ほら、死んだなら冥府に行くだろうし迎えに来るのは天使とかだろう?
俺は今世で悪い事をしていないから、鬼や悪魔が出て来る訳無いから!
そう、目の前に女医がいる、だから俺が死んだ訳!?!?!?!?
脳内でパニックを引き起こしている俺は1度深呼吸をし。
そりゃ、トラックとトラックの間に挟まれたならそうなるわな。
冷静に現実と向かい合い、
「俺が、死んだのですか?」
天井を見上げながら呟いた。
「そうですよー? トラックとトラックの間に挟まれてどっかーんですからねー? 田中さん、ぐちゃぐちゃのぱっきんぱっきんになってめっためたになっていましたよ? あ、具体的な状況知りたいですか? もう、仕方無いですねー具体的な状況を記した写真がありますし説明も出来ますけど必要でしたか???」
女医が目を輝かせながら雄弁に語る。
彼女はグロテスクなモノを眺める趣味でもあるのだろうか? 残念ながら俺にそんな趣味は無いし、しかもそれが自分の肉片なら猶更見たいとも思わない。
「いや、遠慮しておきます」
しかし、俺が死んだというのに何故目の前には何故女医が居るのだろう?
「そうですかー。私からしても結構えぐい死に方と思うんだけどー、田中さんがそんなに知りたいなら説明しちゃいますよ? ほんと、仕方ありませんねー?」
その先を考える間もなく、矢継ぎ早に話す女医。
と言うか俺の話聞いて無く無いか? なんでそんな人間が医者なんかになれたんだ?
「いや? 遠慮しておきたいのだが??」
さっきよりも大きな声で否定をする。
だが、女医は俺の言葉を完全に無視し俺が事故に遭ってからの説明を始める。
机の上にはご丁寧にもその時の資料が並べられている。はて? さっきまでこんな資料あったっけ? こんなグロデスクな写真付きの資料なら気付いていると思うが?
などと言う疑問点を深く考察する暇も無く、女医は物凄く嬉しそうに説明をする。
それは最高の愉悦を得ている人間の様に。
説明されている俺は、1枚1枚言葉にれ出来ないレベルで悲惨な写真も見せ付けられる。
気持ち悪い、と言うか胃の中から何か吐き出してしまいそうだ。
その様子を見た女医の口元が緩み、更に愉しそうに説明を続けるこの女医は、苦しむ人を見て愉しめる人間、つまりSな人間なのだろう。
「テレビのニュースで全身を強く打ったって報道されますよねー? 田中さんの時もそうでしてー。でも実際は見るも無残にピーでピーな状況でしてー」
幾ら死後の世界とは言え、仕事なんだから患者を痛めつける様な真似をしないでくれ。
グロテスクな写真を見続ける事に耐えられなくなった俺は、
「いや、だから俺はその話は必要無いので次の話に進めて下さい」
俺は改めて説明を止めようとするが、彼女が話を止める事は無くこの説明が後小一時間続いた。




