007_旅立ち
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ラックはボドル王国へ向かって出発する前に、ロムニス子爵家に立ち寄った。
ロムニス子爵家の当主はラックの父親ほどの年齢で、淡い緑色の髪の毛をした三十代後半の凛々しい人物だ。
「やあ、大分顔色がよくなったね、ここを発った時よりかなりいいみたいだ。心配していたんだが、よかったよ。ドライゼン殿」
「ありがとうございます。ロムニス殿」
簡単な挨拶をすると、ラックは本題に入る。
「今日、お伺いしたのは、これをお渡ししようと思いまして」
ゴルドから小袋と書面を受け取ると、ロムニス子爵に渡す。
「これは?」
「僕の隠居届けとドライゼン男爵家の印です」
貴族家には必ず印を持っている。その印を持っていることが、貴族家の当主としての証明でもあるのだ。
その印と隠居届けを差し出されてロムニス子爵は困惑する。
「僕に男爵は務まりません。ですので、ロムニス殿のお子を僕の養嗣子として家を継いでいただきたいのです。荒れ果てた土地ですが、ロムニス子爵家であれば開発もできましょう」
「……正直言って、にわかには信じがたい話だが……」
世の中には貴族になりたくてもなれない者がわんさかいる。
たしかに今のドライゼン男爵領は、土地が荒れて人もいない。だが、人がいなくてもドライゼン男爵は歴とした貴族である。
「先ほども申しましたが、僕には貴族は務まりません。ですから、血の繋がったロムニス子爵家の誰かに継いでもらえば、僕は二度とあの土地へは入りません。お約束します」
「本気のようだね……」
ロムニス子爵はラックの視線を真っすぐ受け止め、ラックが本気だと感じた。
「はい。僕の代でドライゼン男爵家を潰すのは忍びないので、どうかご配慮いただければと」
「分かった。これは当家にとっても非常にありがたい話だ。受けさせていただく」
「よかった」
ラックはホッと胸をなでおろした。
その日はロムニス子爵がお礼がしたいと言うので、ディナーをご馳走になって一泊して翌日の早朝に旅立った。
ロムニス子爵はお礼としてお金を用意したが、ラックはそれを断った。
「本当によろしかったのですか? 金はいくらあっても困りませんよ」
「贅沢がしたいわけじゃないから、お金は必要ないよ」
「ラック様は無欲ですな」
「僕だって欲はあるよ」
「ほう、どのような欲かお聞かせください」
「田舎で穏やかに暮らすっていう欲。使い方が分かったガチャを回す欲。大した欲じゃないけど、楽しそうだと思わない?」
「なんともラック様らしい欲ですな。ははは」
ラックとゴルドは歩きなが語らいあう。
「む!? ラック様、モンスターです」
街道は整備されているとはいいがたく、モンスターがところどころで現れる。
だから商人などは護衛を連れているし、駅馬車にも護衛はついている。
「オークのようです。ゴブリンよりも強いですから、気をつけてください」
「分かった」
ゴルドには気配感知というスキルがある。
そのスキルのおかげでモンスターに奇襲されることがないので、ラックはとても助かっていた。
「三体きます。某が二体を引き受けますので、ラック様は一体を確実に仕留めてください」
「分かった」
その数秒後、林の中から大きな体を揺らしてオークが現れた。
オークは青い体に豚のような顔、背丈は二メートルほどで腹が出ているが筋肉質の人型モンスターだ。
三体のオークは完全にラックたちを標的として認識している。
「武器は剣です。要注意です!」
「うん」
巨体のオークが走り出し、ラックたちへ迫る。
ゴブリンとは明らかに威圧感が違い、ゴブリンを数百体倒したラックでも気後れしそうになる。
「動きは遅いので、止まらないようにしてください」
「了解」
ラックたちも走り出し、オークとの距離が一気に縮まる。
俊敏値が倍になったが、走る速度が倍になったわけではなく、少し速くなったていどのようだ。
だが、剣がかなり軽く感じられたため、腕力は明らかに上がったと感じられた。
「はっ!」
低い体勢からオークの懐に入って、剣を逆袈裟切りにする。
「ブモォォォォォォッ!?」
手ごたえはあった。ゴブリンなら確実に倒れるレベルのダメージを与えた。
ラックはそう思って、足を止めてしまった。
「ラック様!?」
ゴルドがそう叫ばなければ、ラックはオークの剣によって深い傷を負っていただろう。
だが、声に反応して回避したラックは致命傷は免れた。
「くっ……強い!」
守りの盾を持つ左の腕の上腕部を切られてしまったラックだったが、守りの革鎧のおかげで肉が切られることはなかった。
痛みには慣れているが、もし血を多く流すことになれば、貧血になって倒れてしまう。
そうなったら、早くオークを倒さなければと焦ってしまい、オークを倒すのに余計な時間がかかってしまうだろう。
ラックのようなにわか剣士は、焦りによって剣を扱う正確さを欠き、オークを倒した頃にはふらふらになっているはずだ。
「ラック様、ポーションです」
「すまない」
ゴルドからポーションを受け取って一気に喉に流し込む。
守りの革鎧のおかげで血は出ていないが、軽い打ち身を負っている。
物理攻撃耐性があっても、完全にダメージをカットできない以上、剣の攻撃は非常に危険だと改めて思い知らされたラックだった。
ラックはガルドが無力化したオークの息の根を止めて、ふーと息を深く吐いた。
「油断しましたな」
「ゴブリンの感覚が抜けきらなかった……」
「何事も人生勉強です。今の痛みを忘れずに精進しましょう」
「うん」
ラックは地面に座って少し休憩する間に、初めて戦ったオークについて経験値とガチャポイントがいくつかを確認する。
三体のオークを倒したことで二十一の経験値が入った。そしてガチャポイントは六ポイント増えた。
つまり、オーク一体は七の経験値と二のガチャポイントを持っているということだ。
ラックにとってオークの攻撃は強力であり、倒すのにやや時間はかかることからゴブリンを倒していたほうが経験値は入りやすいだろう。
しかし、ゴブリンばかりを倒していても成長は見込めない。危険かもしれないが、オークと戦い経験を積むほうが自分のためだろう。
ラックは意外と自分に厳しい一面がある。
旅を続けてバーンガイル帝国を出たラックとゴルドは、ボドル王国に向かうために隣の国まで駅馬車を使って、さらに船に乗ることにした。
ロムニス子爵領で大量に入手していたゴブリンの魔石を売ったが、ゴブリンの魔石は大した値にならない。
だからあまりお金を持っていないが、考えたらラックのガチャの保留カゴの中に宝石のルビーがあったのを思い出した。
「ルビーですからそれなりの金額になると思いますが、この町にダンジョンがあったはずです。ダンジョンに入ってみませんか?」
「ダンジョン……モンスターがたくさんいて、お金も稼げる……うん、ダンジョンにいこう!」
モンスターを倒せばガチャポイントが溜まる。
今のラックにお金を稼げてガチャポイントまで稼げるダンジョンにいかない判断はない。
「それでしたら、冒険者登録をしなければいけませんな。ラック様の冒険者登録をしましょう」
「ゴルドはどうするの?」
「某は四十年ほど前に冒険者登録をしております。今でもギルド証は有効ですから、問題ありません」
二人は町中を歩きながら、冒険者ギルドを目指した。
「そうそう、冒険者にはランクがありますが、登録した直後は鉄ランクになります。経験を積むと銅ランクになり、実績を上げていくと銀、金、ミスリル、アダマンタイト、オリハルコンランクに上がっていきますが、オリハルコンランクは世界に数人しかいません」
「ゴルドのランクは何?」
「某はミスリルランクです」
「すごいじゃないか、ゴルドは上から三番目のランクなんだね!」
ゴルドは自慢するようなものではないと言うが、ミスリルランクは冒険者として上位者なのであまりいない。
そんなゴルドがなぜラックの父親を守り切れなかったのか。それは、ラックの父親が領民に対して剣を抜くことを禁止したからだ。
いくらゴルドの戦闘能力が高くても、武器を使えなければ圧倒的な数に飲み込まれてしまっても仕方がないことだ。
「それと、冒険者ギルドは世界中に支部がありますので、国境を越えるのが簡単になります」
「そうか、冒険者になっておくと越境の際の検問もスムーズに通れるか」
バーンガイル帝国からこの国に入る時、ラックはロムニス子爵領の領民という身分証を持っていた。
だが、ロムニス子爵領の領民が他国へいくのはなぜかと、色々と問いただされて国境を越えるのにかなり手間取った。
最後はゴルドが袖の下を使ってなんとか国境を越えることができた。
バーンガイル帝国でラックの冒険者登録をしなかったのは、登録した支部の国の情報が冒険者のギルド証に登録されて一生つきまとうからだ。
ラックにとってバーンガイル帝国の記憶は、いいものがない。
ゴルドはラックの気持ちに配慮し、国境を越えてから登録を勧めたのである。
二人の前に大きな建物が現れた。
冒険者ギルドの支部は冒険者に仕事の斡旋をしているだけではなく、モンスターの素材の買い取りも行っている。
そのため、冒険者だけではなく商人や貴族の家の者も出入りする。
「とても活気があるね」
「ダンジョンがある町ですからな」
ゴルドは冒険者専用の出入り口から建物の中へ入っていく。
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