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042_バメルンドの町

 


 魔王が支配する魔界と人間界を繋ぐ、デモンズゲートというものがある。

 魔族はそのデモンズゲートを通って人間界に現れるが、そのメカニズムは解明されていない。


 今回、魔族はいたが、デモンズゲートは確認できなかった。

 捕縛した魔族は、どこからやってきたのか?

 そういった疑問を解消するためにも、魔族を尋問して情報を得たい。


 バメルンドの町に近づくと、兵士や冒険者たちが簡易的な柵を設置したり、空堀を掘っているのが見えた。

 日頃から防壁を築いたりしていれば、このような突貫工事をしなくても済むのだが、これが多くの国の現実である。


「副支部長だ。副支部長が帰ってきたぞ!」


 誰かが、パブロフの姿を見つけたようで、その声で数人の人物が奥から出てきた。


「パブロフ副支部長。無事でよかったです」

「支部長、それにご領主様まで」


 奥から出てきた数人の内、二人は支部長と領主だった。

 支部長と呼ばれた人物は、緑色の髪にエメラルドグリーンの瞳をした背の低い少女だ。

 おそらく、ドワーフだと思われる。ドワーフの女性は、背が低く人族の少女のような、可愛らしい容姿をしているのが特徴だからだ。

 領主の容姿は完全にドワーフの男性で、茶色の瞳をして赤茶色の髪はドレッドヘアーで、濃い髭が顔を覆っている。そして背は低いが筋肉もりもりのマッチョである。

 その後ろに控えているのは、領主の護衛のドワーフ兵だろう。いずれも、お揃いの金属鎧を着込んでいる。


 パブロフは、支部長と領主に事の顛末を報告した。


「なんと、モンスターの大侵攻は、すでに殲滅されたというのか!?」


 領主が驚愕の声をあげると、作業をしていた兵士や冒険者たちが、手を止めてラック一行と領主たちを凝視した。


「こちらにおられる聖女様と、その仲間の方々の活躍によるものです」

「せ、聖女殿!?」


 支部長は、「あらあら」とほほ笑んでいるが、領主はまたも驚いて大声をあげてしまう。


「おい、聖女様だってよ」

「聖女様が、モンスターを殲滅したらしぞ」

「モンスターの大侵攻って聞いたから、急いできたが、大したことなかったのか?」


 冒険者たちが口々に、今回のモンスターの大侵攻について語る。

 急いで防御を固めていたので、拍子抜けした冒険者も多いようだ。


「しかも、魔族を捕縛しています」

「「はぁ?」」


 領主も支部長も、魔族と聞いて驚いている。

 支部長に至っては、先ほどまでの笑みは消え、頬が引き攣っている。

 でも、その気持ちは分からないでもない。


「その、魔族というのは、もしかして……あれですか?」


 ラックたちの後ろで、結界内に閉じ込められている魔族は、小さな箱状の結界に押し込められているため、非常に窮屈な体勢だ。

 魔族の体勢が体勢なので、領主と支部長は、最初は魔族だと思わなかったようだ。

 魔族は、結界内で何やら叫んでいたようだが、結界の外にその声が届くことはない。


「と、とにかく、冒険者ギルドで話を伺えますか?」

「そうだな、冒険者ギルドへご同道願いたい」


 支部長の提案に、領主も同意して聖女に同道を頼んだ。

 カトリナは二人の提案を了承し、冒険者ギルドへ向かう。

 その道すがら、魔族は見世物小屋の珍獣を見るような視線を受け、屈辱にまみれるのだった。


 冒険者ギルドの応接室に通され、ラック、カトリナ、ローザがソファーに座り、ゴルドとシャナクはその後ろで立って控えた。

 ラックは、ゴルドとシャナクにも座るように促すが、二人は頑なに固辞している。


 領主と支部長が、ラックたちと向き合って座り、パブロフ副支部長がその後ろに控える。

 温かなお茶が出されたので支部長が勧め、ラックたちがそれを飲む。


「自己紹介が遅れましたが、ワシはこのバメルンドを治めているアソード・ボルベスと申す」

「私は当ギルドの支部長をしています、ムール・レマンです。よろしくお願いします」


 二人の自己紹介を受けて、カトリナとローザも自己紹介をして、ラックの番になる。


「ラックと言います。聖女様と賢者様の支援をさせてもらっています」


 有名冒険者パーティーだと、商人や貴族がパトロンになることは珍しくないので、アソードはラックのことを、商人か何かだと思ったようだ。

 このホードリス共和国までラックの情報が、回ってきていないためだ。

 本来であれば、バーンガイル帝国が、その情報を徹底させなければならないが、こういうことでも政治を持ち込む体質は、どの国でも変わらないのかもしれない。

 領主のアソードに対して、支部長のムールは帝国総本部からの情報を得ていた。と言っても、バーンガイル帝国から遠い場所なので、その情報は昨日届いた。

 奇しくも、モンスターの大侵攻の対策に追われていて、ムールはラックのことを、自己紹介を聞くまで失念していたのだが。


「モンスターは、およそ四千体。死体はアイテムボックスに収納してあります」


 カトリナがそう報告すると、ムールは念のため見せてほしいと言う。

 支部長として、確実に確認しなければいけないことなので、ラックたちは素直に承知した。


「ここなら大丈夫ですので、モンスターの死体を出してください」


 広い倉庫のような場所に移動した。

 ラックとシャナクが、モンスターの死体を山のように積んでいく。


「ありがとうございます。これらのモンスターは、当ギルドで買い取りでよろしいでしょうか?」

「はい、構いません」


 カトリナが代表して答え、ムールはギルド職員総出で、査定と解体をするようにと指示を出した。

 ギルド職員たちが、四千体にも及ぶモンスターの山を見て、数日の徹夜を覚悟したのは言うまでもない。

 だが、ドワーフにとって数日の徹夜など、大したことではない。そのくらいでどうにかなる軟な体はしていないのだ。


「おい、お前ら! 気合入れろやーっ!」

「「おおおっ!」」


 むしろ、気合が入って効率がよくなるほどである。


「先ほどの部屋に戻りましょう」


 ムールに促され、応接室へ戻る。


「改めまして、このバメルンドをモンスターの大侵攻から助けていただき、ありがとうございました」

「うむ。被害がなかったのは、聖女殿らのおかげだ。領主として感謝の念に絶えない」


 二人が深々と頭を下げた。


「そこで、あの魔族の件だが」


 頭を上げたアソードが、魔族のことを切り出した。

 正直言って、情報を聞き出そうにも、魔族が素直に言うとは思わない。拷問してもいいが、そもそも拷問が利くのかさえ分からない。


「とにかく、情報を聞き出したいので、引き渡してもらえるだろうか?」


 アソードとしては、当然の要求だろう。


「生きた魔族は貴重です。サダラム教や帝国でも、魔族から情報を聞き出したいと思うことでしょう」


 カトリナは、サダラム教と帝国に引き渡すべきだと主張する。


「しかし、魔族は我が領内に現れたのだ。永遠に身柄をよこせとは言わない、一カ月だけでもいいのだ」


 カトリナが、アソードの言葉に反論しようとしたところで、ラックが止める。


「領内で起こったことは、領主の権限が優先されるものです。それに、領主様は一カ月と言っているのですから、妥協してお任せしましょう」


 いくら聖女がサダラム教や帝国の所属だとしても、ここは帝国ではなくホードリス共和国だ。

 カトリナの主張は、無理強いすればできるかもしれないが、それは本来の筋を歪めている。

 こういったところが、まだ仲間になり切れていないカトリナだと、ラックは感じた。


「……分かりました。一カ月の間、ボルベス様に魔族を預けます」

「おお、ありがたい!」

「ただし、尋問に私たちも立ち会わせていただきます」

「む……分かった。それで構わぬ」


 カトリナとアソードは、お互いに妥協して話がまとまった。


「うふふふ。魔族の話がまとまったようなので、私からもいいですか」

「はい、どのようなことでしょうか?」

「あの数モンスターの死体ですから、査定には数日かかります。ご了承いただければと思っています」

「当然の話ですね。異論はありません」


 カトリナは、ムールの話をすんなりと受け入れる。

 いくらなんでも、あの数の査定を今すぐしろと言うのは、鬼畜の言動だと分かる。


 

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