038_結束力
五人になったラックパーティーの旅は進み、ラックはとうとうアマリリスが咲き乱れる地に辿りついた。
「淡いピンクと白色のコントラストがとても美しいですね」
カトリナは話に聞いていた以上の美しさのアマリリスを褒め称える。
「母上……僕はここまできました。母上が見たいと言っていたアマリリスです。とても奇麗な花ですよ……」
ラックは母親との短い思い出を思い起こし、目に涙を溜める。
「母上にも見せてさしあげたかった」
「ラック様……」
ラックの斜め後ろでゴルドも目頭を熱くする。
二人にしか分からないラックの母親の思い出に干渉しないように、シャナクは二歩下がって美しいアマリリスを見つめる。
ラックは現地の人に断ってアマリリスの球根を数個もらい受ける。
箱庭で栽培するつもりなので、異空間庫に収納して後からラッキーに渡そうと思っている。
宿屋がないので野宿することになった一行は、テントを張って焚火を熾す。
「さて、僕の目的は果たせた。次はこの世界の危機の話だね」
食後に白湯を飲みながら、ラックはカトリナとローザを見た。
「たしか過去の魔王軍はデモンズゲートを通って進軍したって聞いたことがあるけど、それであっているかな?」
「はい。私たちと住んでいる世界が違う魔王軍は、デモンズゲートという次元を越える特殊な穴を通って毎回違う場所にいきなり現れます。ですから出現予測することができず、毎回防衛が後手に回ってしまうのです」
カトリナはラックの認識に補足を加えて肯定する。
「デモンズゲートというのを通らなければ、魔王軍は僕たちが住む人間界へくることができない。だったらデモンズゲートを見つけるように各国が捜索を密にすることで、最初の被害を最小限に抑えられると思うのですが?」
分からないから諦めるのではなく、分からないのなら探しまくれとラックは言っているのだ。
これは、ラックがアナスターシャ・モーリスの従僕をしていた時から疑問に思っていたことである。
「魔王が復活したことは分かっているのですから、各国と冒険者ギルドが力を合わせてデモンズゲートの発生する場所を探せばいいのではないですか?」
魔王が復活したら人間界へ攻めてくるのは分かっている。
だったら、人手を割いてでもデモンズゲートを探すことは可能じゃないのかとラックは言う。
「守りを固めるのも重要ですが、敵の動きを素早く察知することも重要だと思うのです」
魔王軍の侵攻を早く知ることができたら、それだけ民を逃がす時間ができるし、防衛網を築くこともできるかもしれない。
なぜ今までそれをしていなかったのか、ラックには不思議でならなかった。
そもそも勇者の天職を持った人物が生まれたということは、魔王が復活するということだ。
魔王が復活するのが分かっているのであれば、町や城などの防御力を上げるのは魔王が復活するまでにやるべきことである。
それに対して魔王が復活した後は、魔王軍が通ってくると言われるデモンズゲートを見つけることに、人員を割くことが重要だとラックは思った。
それに対してカタリナとローズは顔を曇らせる。
「お恥ずかしい話ではありますが、帝国貴族たちは勇者がなんとかしてくれると、考えているのです……」
カトリナは恥ずかしさのあまり俯く。
帝国貴族もラックが考えるようなことを、考えなかったわけではないのだ。
だが、それぞれの町の防御力を無造作に上げることはできない。それをすれば、多くの人手と資金が必要になるからだ。
それを考えた時、どうせ勇者が現れて魔王と魔王軍を駆逐してくれるのだからと、高を括って対策を先延ばししてしまう。
もちろん、主要な町はそれなりの防御力を備えているが、それは当たり前のことであり声高に言うことではない。
「ラックさんの考えは改めて本国にお伝えします。ですが、あまり期待できないと……」
カトリナとローザは表情を曇らせながら答えた。
「そうですか。国もそういったことを考えていたけど、しないという判断をしたのですね……」
白湯を飲み干したラックは、顔を曇らせる。
王侯貴族たちがどれだけ贅沢な暮らしをしているか、ラックは知っている。
その贅沢に回す資金があるなら魔王に対抗するために、町の防御力を上げたほうが資金を有効に使っていると思えて仕方がないのだ。
貧乏貴族のドライゼン男爵家では、困窮してもモンスターへの対策として町の防壁の拡張、修復、維持に予算を組んでいた。
それを知っているラックは憤りを覚えるのだった。
「それでは、本題です」
ふーッと長く息を吐いて気持ちを切り替えたラックは、二人を見つめて話を切り出した。
「「はい」」
カトリナとローザは佇まいを正す。
「正直言うと、カトリナさんとローザさんは魔王軍と戦うのには、力不足だと思います」
ここまで道のりで二人の戦いぶりを見てきたが、二人は後衛職のためか戦闘に積極的に参加しない。
特にカトリナは回復や支援を得意とする聖女ということもあり、戦闘に滅多に参加しないのだ。
「た、たしかに私はあまり戦闘が得意ではありません……」
カトリナが覚えている魔法で攻撃ができるのは神聖魔法だが、神聖魔法は攻撃のバリエーションがあまりない。
そのため、カトリナは滅多に攻撃をしないのだ。
逆にローザは攻撃魔法が主なのだが、ファーストアタックをするとその後は攻撃をしない。
ローザの魔法は威力があってモンスターだけではなく、味方にもダメージを与えてしまうのを考えてのことだが、それでは宝の持ち腐れだ。
「ローザさんは味方にダメージを与えない魔法を覚えてください。弱体の種類を増やすのもいいでしょう」
「分かった」
「カトリナさんに関しては……」
「はい」
ラックは言うのを躊躇ったが、言わなければいけないと思った。
「神聖魔法は僕も使えますし、支援魔法は僕もスキルの支援を持っているので、被ります。正直言って今のままではカトリナさんがいる意味はありません」
「うっ……」
カトリナにも薄々気づいていたことだが、ここまではっきりと言われるとは思ってもいなかった。
「キツイ言い方になってすみません。でも、それが現実です。そのことを頭におき、カトリナさんがどうしたいのか考えて結論を出してください」
「はい……」
かなり落ち込んでいるカトリナだが、このくらいのことで腐ってしまうのなら最初から使い物にはならないだろう。
ラックはあえて厳しい言葉でカトリナのやる気を引き出したかった。
その夜、ラックとゴルドは近づいてくる敵意に気がつき、目を覚ます。
「ラック様」
「うん、モンスターではないね。人間だと思う」
「盗賊でしょう」
今まで運よく盗賊と遭遇することなく旅をしてきたが、目的を達したその日に盗賊が出るとは思わなかった。
野営をしているのはラックたちの他にはいないので、盗賊は間違いなくラックたちを標的にしている。
「殺しますか?」
「盗賊は貴重な労働力だから殺すより捕まえて国に引き渡したほうがいい。でも、無力化することが難しい場合は殺すのもやむを得ない」
「承知しました」
今のラックたちに無力化が難しい人間がいるだろうか? 答えは簡単で、「いない」である。
「シャナク、起きろ。敵だ」
「ふにゃ……。敵っ!?」
「バカ! 大声を出すな!」
「ゴルドさんだって大声出さないでください!」
この二人はいいコンビだと、ラックは苦笑いをする。
「ラックさん、敵ですか?」
「敵……?」
ゴルドとシャナクが大声を出したことで、カトリナとローザも起き出した。
今、ラックパーティーの五人は同じ部屋、同じテントで寝起きしている。
ラックは二人に色々と秘密にしていることがあるので常に一緒にいたくはなかったし、二人の後ろには帝国やサダラム教がいるため、どうしてももう一歩踏み出すことができないのだが、パーティーメンバーになったのに二人だけを別の部屋やテントに寝かせるのは、おかしな話なのでこのようにしている。
「おそらく盗賊です。二人も迎え撃つ準備をしてください」
「「はい」」
五人が準備を整えた頃には、ラックたちはすっかり盗賊に囲まれていた。
「なかなか手際がいいですな」
ゴルドが盗賊たちを褒める。
カトリナは盗賊を褒めるなんてと思うが、手際のよさはラックもゴルドに同意する。
「ちっ、バレてやがるか。まあいい、おーい、金目のものを出せ。そうすれば、命までは取らない」
木々の中から一人の男が出てくる。
この男が盗賊のリーダーか、それに準ずる地位の人物だろう。
「盗賊風情に恵んでやる金などない!」
ゴルドが大声で返答をする。
「それなら、ちーっとばかし痛い目を見てもらうぜ」
矢が飛んできたが、矢はラックたちに届く前に何かに弾かれて地面に落ちた。
「ちっ、結界か!? 魔法だ、魔法で結界をぶち壊せ!」
盗賊から魔法が放たれるが、その魔法も何かに阻まれてラックたちのところまで届かない。
「無駄ですよ。この結界はとても強力なので、魔法や矢では破れません」
ラックの結界魔法は、スキルレベルが八になっていることもあって強力だ。
しかも、ラックの魔力は十三万五千以上もあるため、灼熱のダンジョンのダンジョンボスであるファイアエレメンタルの高熱線くらいの威力がないと破れないだろう。
つまり、ただの盗賊の攻撃でラックの張った結界を破壊することは、できないということだ。
「結界が強力でもいつかはMPが切れる! 攻撃し続けろ!」
いい判断だが、それは普通の人間相手の話だ。
ラックのMPは二十七万を越えていることから、盗賊たちの攻撃を受け続けてもMPがなくなることはない。
それどころか、MPが自然回復する速度のほうが減るよりも速いため、減らないのだ。
「くそっ、攻撃の手を緩めるな!」
盗賊の言葉に反して、盗賊たちの攻撃は徐々に少なくなっていく。
「おい、どうしたんだ!?」
最後には魔法や矢の攻撃は完全に止んでしまった。
「どうしたもこうしたも、お前の仲間は全員寝ているぜ」
「なっ!?」
後ろに現れたゴルドに驚き大きく飛びのいた盗賊だったが、飛びのいた先にシャナクがいるとは気づいておらず、首に手刀を当てられて気絶した。
「ラック様、盗賊は全員無力化しました」
「師匠、こっちも無力化完了です」
「うん、二人ともありがとう」
カトリナとローザは、ゴルドとシャナクがいなくなっていることにさえ気づいていなかったため、その光景をただ茫然と見つめているしかなかった。
カトリナとローザの二人は、ラックの考えをくみ取るという能力に欠ける。
ゴルドはラックを守る騎士として、シャナクはラックを師と仰ぐ弟子として、常にラックがどんなことを考えているのか察しようとしているのだ。
カトリナとローザは育ちがよく、今まで自分たちが察してもらう側の立場だったことから、ラックの考えを察する能力に欠ける。
もちろん、ラックはそんなことで二人を拒絶するつもりはないのだが、二人にしてみればどうしても疎外感を感じてしまうのだ。
だが、そういった考えでは、二人がラックの信頼を得ることはできないだろう。
別にラックも二人に自分の考えを察してほしいと思っているわけではない。
ただし、ラックが二人に言って憚らないように、帝国とサダラム教を信用していないということは、しっかりと理解してほしいと思っている。
これは察する察しないの話ではなく、理解しろということなのだ。
ここが重要で、ラックの心情はすでに二人に話しているのだから、二人がラックについてくるのであれば帝国とサダラム教との繋がりを切るくらいのことをしてほしいのだ。
だが、二人は帝国とラック、サダラム教とラックを繋ぐためにここにいるため、どうして相いれないのである。
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