027_氾濫期の予兆だけど……
バーニングガーデンの冒険者ギルドの支部長の部屋。
ラックは支部長のダジムと向き合って座り、出されたお茶を飲んだ。
「それでは、このバーニングガーデンで待機してもらえるのだね?」
「はい。一カ月間はこのバーニングガーデンに滞在します。ただし、ダンジョンには入りますが」
帝国とのやりとりにどうしても時間がかかるため、ダジムはラックにバーニングガーデンに滞在してほしいと要請していた。
その了承の言葉を聞けてダジムはホッと胸をなでおろす。
「あくまでも一カ月だけです。その期間が過ぎたら、僕たちは旅を再開しますので」
「それで構わない。助かった、感謝するよ」
ラックを帝都に返すことは強制できない。
帝都総本部が丁寧に扱えという以上、強権発動もできない支部長に何ができる? 頼むしかないのだ。
頭を下げて、下げて、下げまくるしかないのだ。
これでダジムの面目が立つ。帝都総本部から文句を言われない最低限の対処ができたのだ。
ラックはダジムにも立場があるのだろうと薄々感じていたため、一カ月だけこのバーニングガーデンに留まることにした。
別にダジムに借りがあるわけでもないが、支部長と無駄な軋轢を生む必要もないだろうと考えたためだ。
それに、宿に泊まる時は冒険者ギルドが高級宿を用意すると言っているのだ、高級宿というものに泊まってみたいとちょっとだけ思ったりしたわけである。
「ここが高級宿の部屋かー」
ラックは実家のドライゼン男爵家ではとても買えないような高級な家具に目を輝かせる。
「某とシャナクも一緒でよかったのでしょうか?」
「そうです。私は野宿でも構いませんよ。師匠」
「二人とも何を言っているんだ。僕と二人は一心同体なんだから、いいに決まっているじゃないか」
ラックたちも泊まろうと思えば自力で高級宿に泊まれるだけの財力はある。
なんと言ってもファイアドラゴンを二体も冒険者ギルドに卸しているのだから、お金には困っていないどころか豪邸を買っても余るくらいのお金を持っている。
「それに、明日からまたダンジョンに入るのだから、今日くらいいい思いをしても罰は当たらないと思うよ」
「それもそうですな。しからば、高級宿というものを満喫しましょうか、ラック様!」
「そうだよ、満喫しちゃおうよ! ほら、シャナクも!」
「はい、師匠!」
三人はそれぞれのベッドにダイブしてその柔らかさを満喫し、ルームサービスを頼んだ。
「美味しそう!」
シャナクが料理の数々に目を輝かせる。
「ほう、この肉は美味い。なんの肉でしょうな?」
「そんな細かいことはいいから、食べよう!」
「それもそうですな。今日は食べまくりますぞ!」
「私もたくさん食べます!」
ゴルドは冒険者の時代を通じても粗食だったため、テーブルの上に所狭しと並べられた料理の数々を見たこともない。
シャナクにしてもただの村人としてバーニングガーデンの郊外の村で育ったので、このような豪華な料理は初めてだ。
ラックは帝都のモーリス公爵屋敷でこういった料理は見たことあるが、最低の待遇だったので食べたことなどない。
三人は初めて食べる料理の数々に舌鼓をうった。
翌日、ふかふかのベッドのおかげでかつてないほどの優しい目覚めを味わった三人は、準備を整えて灼熱のダンジョンへ入っていく。
「ラック殿、無事の帰還を」
「支部長様、一カ月後に帰ってきます。それでは」
冒険者が一カ月ほどダンジョン内で過ごすのは普通にあることだ。
ダンジョン内は広大で一カ月どころか二カ月、三カ月と冒険者が帰ってこない場合もある。
ただし、たった三人でそれだけ長期間ダンジョンに入る冒険者はいない。
あくまでも大規模の合同パーティーが組織される場合に、長期間の探索が行われるのだ。
戦闘とマッピングを担当する最前線パーティー、最前線パーティーへ補給を行う支援パーティー、支援パーティーが物資を補給しにくる拠点防衛パーティー、そして地上から拠点へ物資を運ぶ補給パーティーなどいくつものパーティーがなければ数カ月の探索を支えることができない。
だが、ラックには容量無限の異空間庫があり、シャナクもアイテムボックスを装備している。
アイテムボックスを持っている者は高ランクの冒険者にもいるが、容量が魔力値に依存することで通常はそれほど多くの物資を運ぶことはできない。
しかも、通常は魔力値を確認さえできず、能力値を上げる種を食べたラックたち三人しかそのことを知らないのだ。
ラックたち三人は圧倒的な速度で移動し、灼熱のダンジョンの二十層に到達した。
前回はゴルドの魔剣アスカロンに血を吸わすことと、シャナクを戦闘に慣れさせるために各層に生息するモンスターに出遭ったそばから殲滅したが、今回はより多くのガチャポイントを得るために深い層へと移動することを優先したのだ。
「ここまでくると、冒険者の数もかなり少ないね」
サラウンディングマップを手に冒険者の数を確認する。
「モンスターの気配も濃いので、モンスターには困らないでしょう」
ゴルドがニヤリと不気味に笑う。
「私が強くなるための糧になってもらいます!」
シャナクは勇気の剣を握りしめる。
「さあ、狩ろうか!」
「「はい!」」
ゴルドとシャナクが剣を抜く。
モンスターの血を吸うごとに怪しく輝く魔剣アスカロン、多くのモンスターを倒したことで清浄な存在感を放つようになった勇気の剣、対照的な剣を持つ二人は、一気に飛び出していきモンスターに襲いかかる。
ラックたちは気づいていないが、前回の探索で十層にファイアドラゴンがいること自体が異常なことである。
この灼熱のダンジョンにファイアドラゴンがいるのは有名な話だが、本来は三十層にいるモンスターなのだ。
それが、十層にいるということは、他の強いモンスターも浅い層にいるのだが、今のゴルドとシャナクにとってファイアドラゴンほどの強さがないと雑魚になってしまう。
「ラック様、周辺のモンスターを殲滅しました」
「師匠、こちらも殲滅が終わりました」
「二人ともご苦労さま」
ゴルドが倒したモンスターはラックが異空間庫に収納しているが、シャナクは自分でアイテムボックスに収納するようにしている。
しかし、シャナクのアイテムボックスは、容量が決まっているため戦闘が終わるとラックの異空間庫にモンスターを収納しなおしている。
そういった手間はかかるが、基本的に二人の戦闘時間が短いため全体で考えれば、倒したモンスターの数に対して大した時間ではない。
「あっちにモンスターが一カ所に固まっているから、いこうか」
サラウンディングマップを見ながらモンスターのいる方向へ向かう三人。
しばらく進むとサラウンディングマップの端に何かの印が出てきた。
初めて見るその印に、ラックたちは何だろうと首を傾げる。
「どの道、モンスターが固まっている場所を通らないといけないので、モンスターを殲滅しようか」
もうすぐモンスターが固まっている場所に到着するが、そのモンスターの数は尋常ではない。
サラウンディングマップ上ではあまりの多さに大きな一つの塊になっているが、実際には千体以上のモンスターが固まっている。
「ほえー、これはすごいね」
「奥のほうにはファイアドラゴンやもっと強いモンスターの気配があります」
「師匠、これってもしかして……」
「そうだね、氾濫期の予兆だと思う」
ダンジョンでは多くのモンスターが発生して、川が氾濫するようにモンスターが低層に溢れ出してくる現象が起きることがある。
地上で言うとモンスターの大侵攻のようなものだが、ダンジョンの場合はモンスターが地上へ出てくることはないので被害はダンジョン内に限定される。
しかし、低層に強いモンスターが現れるため、氾濫期になると冒険者の入場制限が行われて氾濫期が終息するのを待つのだ。
ただし、氾濫期に増えたモンスターはそのままとどまるため、冒険者ギルドは高ランク冒険者パーティーを派遣してモンスターを駆除していくことになる。
ラックたちはその氾濫期の始まりに遭遇してしまったようだ。
「師匠、どうしますか?」
シャナクの問いにラックはシャナクとゴルドの顔を見て、ニコリと笑った。
その笑みを見てゴルドとシャナクは察するのだった。
「もちろん、狩るよ。経験値とガチャポイントがこんなにたくさんあるんだから、狩らない理由はないよね!」
「その通り! ラック様の力をもってすれば、このていどの数のモンスターなど大したことではないですぞ!」
「殺るのですね!」
三人はいい笑顔で剣を抜いて、モンスターの群れの中に飛び込んでいった。
面白かったら評価してやってください。
☆☆☆☆☆ ⇒ ★★★★★
誤字脱字は誤字報告してくださると、助かります。




