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002_失意

 


 アナスターシャは聖騎士として、辺境のドライゼン男爵領で発生したモンスターの大侵攻を鎮圧しなければならない。

 聖騎士というのは、そのために多くを与えられている天職なのだから。


「それにしても、なんでそんな役立たずを連れてくるんだい?


 勇者ベルナルドは自分の婚約者であるアナスターシャのそばにいつもいるラックのことが気に食わなかった。

 だからことある毎にラックに辛く当たるが、手は出さない。ラックはアナスターシャの従僕だから。


「ラックはあれで役に立っているのよ。うふふふ」


 ラックを殴ると気が晴れるのだ。アナスターシャはベルナルドを煽るように、妖艶な笑いを向ける。

 それがベルナルドの気に障り、さらにラックに辛く当たるのだ。

 この馬車の中には、勇者パーティーのリーダーである勇者ベルナルド・ファイナスの他にメンバーの三人がいる。

 一人は聖騎士のアナスターシャ・モーリス、もう一人は賢者のローザ・マルケイ、最後は聖女のカトリナ・ジスカールだ。


 賢者ローザは名門マルケイ伯爵家の長女で、ピンクの髪の毛が特徴的な黄緑色の瞳をした寡黙な女性である。

 馬車に乗って帝都サダメリスを出てよりすでに三日目だが、これまでに喋った回数は片手の指の数で足りるだろう。


 藍色の髪の毛を肩の下辺りで揃えていて金色の瞳の聖女カトリナは、サダラム教の教皇の孫娘である。

 心優しきカトリナはアナスターシャのラックへの扱いにいつも苦言を呈している。

 しかし、アナスターシャがカトリナの言葉に耳を傾けることはなく、ベルナルドとアナスターシャを快く思っていない。


 そんな四人が乗る馬車の御者をしているラックは、両親と兄妹たちが無事でいてほしいと願うばかりである。

 だが、逸る気持ちは抑えきれない。


 その日の昼過ぎに、勇者パーティーはドライゼン男爵領に入った。


「………」


 ラックはドライゼン男爵領の変わり果てた景色に涙を流す。

 生家であるドライゼン男爵屋敷は、モンスターに襲われて破壊されている。それだけではなく、町もゴーストタウンかと思うほどに荒れ果てているのだ。


「なんで……」


 打ちひしがれて地面に座り込んで泣くラックの肩に手が添えられる。


「町の人は隣の領へ逃げたと聞きました。ラックさんのご家族もきっとそちらに逃げていると思います」

「ほ、本当ですか、聖女様!?」

「ご家族の無事を共に祈りましょう」

「はい!」


 カトリナに励まされて、ラックは立ち上がる。

 だが、そんなラックに心ない言葉をかけるのは、勇者ベルナルドだ。


「ここの領主一族は、モンスターの大侵攻を止められなかった責任を追及されて、町の奴らに殺されたらしいぞ。皆殺しだってよ。笑えるな、はーっははは」


 ベルナルドは本当に愉快そうに笑う。


「貴方はなぜそのように心ないこと仰るのですか!?」


 聖女カトリナがベルナルドに食ってかかる。

 ラックはおろおろするだけで、どうしたらいいか分からない。


「ラックさん、隣領へいってご家族の安否を確認されるべきです」


 カトリナが今にも倒れそうなラックに希望を持たせる。


「カトリナさん。ラックはわたくしの従僕ですよ。勝手に指示を与えないでくださらないでほしいわ」

「こんな時に何を仰っているのですか。ラックさんのご家族の安否を確認するくらいいいじゃないですか!」

「それを決めるのはわたくしであって、カトリナさんではないはずですわ。でも、隣領へは情報収集のためにいかなければいけません。ラック、馬車を出しなさい」


 アナスターシャが「うふふ」と笑みをこぼす。

 何はともあれ、ラックは隣領へ向かうことができたが……。


「それでは、父上たちは……」

「自暴自棄になった領民たちのリンチにあって、全員命を落としてしまいました。私がついていながら、申しわけございません!」


 家族の死を語るのは、体中に包帯を巻かれた痛々しい姿のドライゼン男爵家の家臣である。

 彼は古くからドライゼン男爵家に仕えてくれた人物で、父ドライゼン男爵の右腕の騎士だった。


「……なぜ領民が父上たちを」


 ラックはそれ以上、声が出なかった。

 領民に優しかった父親と家族が、その領民によって殺された。

 モンスターの大侵攻ではなく、領民によって殺されてしまった。

 なぜ、領民はラックの家族を殺さなければならないのか?

 なぜ、ラックの家族なのか?


 ラックはふらふらと歩き、いつの間にか夕日を反射する川の岸に立っていた。


「なぜなんだ……」


 その問いにはドライゼン男爵家の人々を殺した領民にしか答えられない。

 ラックは夕日が沈み、周囲が真っ暗になっても川岸に立ち尽くした。


 翌朝になってもラックは川岸に立ち尽くしていた。

 そのラックに近づき、ラックのすぐ後ろまでくると跪く人物がいた。


「……ゴルド。起きて大丈夫なの?」


 ラックがゴルドと呼ぶ人物は、ベッドの上で包帯を巻かれていた騎士ゴルド・シバーズである。

 日の光の具合で金にも茶にも見える髪の毛を短く切り揃えた頭の上には、彼のような獣人特有の耳がある。

 ラックは振り向きもせず、川面を睨むように見つめながらゴルドに声をかける。


「はい。聖女様に治療してもらいましたので、起き上がることができるようになりました」


 聖女のカトリナには、治癒魔法のスキルがある。

 しかも、治療系最上位の天職である聖女が使う治癒魔法は、部位欠損がなければどれほど大怪我でも一瞬で治してしまうほどの効果がある。


「そう……。聖女様にお礼を言わないといけないね……」


 ラックは川面を見つめたままだ。


「その聖女様は、勇者様、聖騎士様、賢者様と共にモンスターを討伐するために、先ほど発たれました」


 本来であれば、聖騎士アナスターシャの従僕であるラックは、このようなところで川面を見つめていていいわけがない。

 だが、今のラックには勇者ベルナルドやアナスターシャのことなど、どうでもよかった。

 これまで我慢してアナスターシャの横暴に耐えてきたのは、両親に迷惑をかけないためだ。

 だが、今はその両親も兄妹もいない。


「僕は……」


 ラックが何かを言おうとした時、ラックの体の力がスーッと抜けていき意識が遠のいた。


「ラック様!?」


 イヌ獣人のゴルドが素早く動いてラックの体を支えるが、その時にはラックの意識はなかった。

 ラックはそれから五日間も目を覚まさなかった。

 再び目を覚ました頃には、勇者パーティーによってモンスターの大侵攻は鎮圧されていた。


「ラック様。勇者様方がもうすぐお戻りになるそうです」

「………」


 昼過ぎにゴルドから勇者たちの帰還のことを聞いても反応がない。

 目を覚ましてからラックは一言も喋っていない。心ここにあらずである。


「それと、先ほど帝都より使者がお越しになりました。ラック様の家督相続を認めるとのことでございます」


 ドライゼン家は暦としたバーンガイル帝国の貴族だ。

 その家の当主が死亡した場合、誰かが跡を継ぐのが当然のことである。

 今回、ラック以外のドライゼン男爵家の者は全て鬼籍に入ってしまったため、ラックがドライゼン男爵家を継ぐことになった。これは自然な流れである。


 起きてからゴルドの言葉に反応を見せなかったラックが、ゴルドの顔を見た。


「ゴルド……」

「はっ」

「貴族ってなんだろうか?」

「……某にはお答えができません。申しわけございません」


 アナスターシャであれば「下賤な民を率いる存在よ」と答えるかもしれない。

 ベルナルドなら「人の上に立つ者だ」と言うかもしれない。

 だが、果たしてこの問いに答えることができる者はいるのだろうか? そして、この問いに答えはあるのだろうか?


「申しわけございませんが、気分がよろしければ使者殿の口上をお聞きいただきたく……」

「……そうだね」


 ラックはベッドから起き上がり、着替えを済ます。

 ゴルドはラックの体にある痛々しい痣の数々に目を潤ます。

 ラックの父親である前ドライゼン男爵からラックが帝都で酷い扱いを受けていることは聞いていた。

 前ドライゼン男爵は自分が不甲斐ないばかりに、ラックに大変な思いをさせているといつも涙を流していた。


 ラックは使者の口上を聞いてお礼を言うが、ラックには治めるべき土地はあっても、その土地には一人の人間も住んでいない。

 元々住んでいた領民は、ラックの家族を殺した罪人たちである。

 誰が前ドライゼン男爵たちを殺したか分からないが、ゴルドの話では領民が大挙して押し寄せてきたそうだ。

 そんな領民が戻ってきても、心情的に領民として受け入れることはできない。

 とは言え、領民がいなければドライゼン男爵家は詰みである。


 外が騒々しくなったので、ゴルドが様子を見にいって帰ってきた。


「勇者様がお戻りになったようです」

「そう……」


 ドライゼン男爵家を継承したとは言え、アナスターシャの従僕を正式に辞めたわけではない。

 倒れていた間に勇者パーティーはモンスター退治に向かった。あのアナスターシャが役に立たなかったラックをただで済ますわけがない。

 だが、そんなことは今のラックにはどうでもいいことだった。


「お、役立たずじゃないか」


 ラックの姿を目ざとく見つけたのは、勇者ベルナルドであった。

 ベルナルドは玩具を見つけた子供のように、破顔する。


「お帰りなさいませ、アナスターシャ様」


 ラックが仕えているのは、あくまでもアナスターシャである。

 だから、ラックはベルナルドに目もくれず、アナスターシャに挨拶をした。


「お、何? 僕には挨拶なし? 役立たずのくせに、随分と生意気だね」


 ベルナルドが一瞬でラックの前に移動すると、ラックの腹を殴りつけた。


「ぐわっ……」

「ゆ、勇者様、何をされますか!?」


 ゴルドが地面に倒れたラックを助け起こす。


「ふん、役立たずのくせに生意気だから教育をしてやったまでだ」

「ラック、お前は役にたたないだけではなく、私たちに不快感を与える。はぁ……、心底から愛想が尽きました」


 アナスターシャはベルナルドにしなだれて、ラックを汚物でも見る目で見る。


「ベルナルド、貴方は乱暴です。少しは勇者の品格を身に着けてください! 大丈夫ですか、ラックさん」


 聖女がラックに駆け寄り、治癒魔術を行使する。


「教皇の孫だからって、あまり調子にのるなよ、カトリナ・ジスカール」

「そのような物言いを止めなさいと言っているのです」


 一触即発の雰囲気が張り詰める。

 勇者パーティーと言えど、一枚岩ではないのだ。

 特に、聖女カタリナは勇者ベルナルドの粗暴さに辟易しているし、アナスターシャの無知蒙昧な行いに嫌悪感を持っている。


「聖女様、ありがとうございます。僕のことは大丈夫ですから……。アナスターシャ様、従僕の務めを果たせず申しわけございませんでした。どうか、寛大なお心をもってお許しください」


 ラックは立ち上がるとアナスターシャに深々と頭を下げた。


「ふん、いいわ。今回だけは許してあげる」

「ありがとうございます」

「おいおい、こんなに簡単に許していいのか? アナスターシャ」


 せっかくまとまった話を壊そうとする勇者の底意地の悪さが聖女には信じられなかった。


 

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