019_勇者パーティー
雨にも降られず旅は順調に進み、ラックとゴルドは無事に国境を越えることができた。
冒険者ギルドのギルド証があると、国境を越えるのも面倒な手続きがなくて済むので助かる。
「次のデバナンスの町から駅馬車が出ていますので、それで港町までいけるそうです」
「次の国境を越えたら今度は船の旅になるね。僕は船に乗るのは初めてだから楽しみだよ」
「某は船は好きではありません。地面に足をつけているほうが安心できますからな」
ゴルドは地に足のつかない場所が苦手のようだ。
二人がそんなたわいもない話をしている頃のバーンガイル帝国の帝城では、皇帝がラックの探索をしていた配下から報告を聞いていた。
「それではラック・ドライゼンは、セビナイス王国に入ったのだな?」
「はい。足取りからしてセビナイス王国のベルゴイーユへ向かったと思われます。現在は配下の者をベルゴイーユに向かわせております」
「分かった。お前はこれまで通り、独自にラック・ドライゼンを追うのだ。セビナイス王国には外務省を通して協力を要請する」
「承知いたしました」
その配下が皇帝の前を辞すると代わりに宰相が入ってきたが、宰相の顔色を見て皇帝は訝しんだ。
「どうした、そのように慌てて」
「陛下、こちらをご覧ください」
宰相は懐から書状を取り出して皇帝へ手渡した。
いつも冷静な宰相がかなり慌てている。
皇帝はその理由がこの書状だろうと思い、開けて読んでいく。
「………」
しばしの静寂。その静寂に反比例して皇帝の顔が険しいものになっていく。
「これは誠のことか?」
「冒険者ギルドが魔法契約書を使って確認したことです。間違いないかと……」
皇帝は書状をデスクの上におき、目を閉じた。
怒りを抑え込もうとしているように宰相には見えた。
「教皇猊下と聖女殿、それと賢者殿を呼ぶのだ」
「聖騎士殿は?」
「あの者は勇者に近すぎる。不要だ」
「では、直ちに」
宰相が皇帝の執務室を出ていくと、皇帝は深いため息を吐いた。
書状は冒険者ギルド帝都総本部の総本部長からのものだが、その内容はベルゴイーユでの一件が事細かく記載されていた。
そして、その最後にラックが今回の一件に深くかかわっているという一文があった。
つまり、ファイナス侯爵家の者がドライゼン男爵の暗殺と大侵攻に深くかかわっていることを、ラックが知っているということなのだ。
「何をしてくれているのだ……あの愚か者どもが」
聖騎士アナスターシャ・モーリスのラックに対する行いに頭を悩ませていたのに、今度は勇者ベルナルド・ファイナスがラックの家族を殺したと冒険者ギルドから報告を受けた。
当代の勇者と聖騎士は、その天職がどれほど重要であり高尚な職業なのか、まったく理解をしていないことに怒りしか覚えない。
だが、勇者と聖騎士は対魔王戦において、魔王と直接戦う者たちであり、誰にも代えることができない天職なのだ。
だからこそ国は、勇者、聖騎士、賢者、聖女(聖者)を手厚く保護しているのである。
肩の凝りを覚えて軽く肩を叩くと、執務室の扉がノックされて先ほど出ていったばかりの宰相が執務室に入ってきた。
その後ろには賢者と聖女、そして教皇の姿があった。
呼ぶように指示したのは、つい数分前の話だったことから三人は呼ばれてここへきたのではないことが分かる。
皇帝はまた問題が発生したのかと、目頭を押さえた。
皇帝はデスクを離れて、ソファーに座る。
教皇たちも皇帝の反対側に座り、四人分のお茶が出される。
「教皇猊下。お越しいただこうと思っていたのですが、何か問題がありましたか?」
「神降ろしがありましたので、皇帝陛下に大至急お知らせしなければと思い、まかり越しました」
「神降ろしが……。それは、ラック・ドライゼンのことではなく?」
神降ろしの話があってからまだ十日ほどしか経っていないが、また神降ろしがあったのだろうか?
もしそうなら、極めて異例である。こんなに短い期間に連続して神降ろしがあったなど、皇帝は聞いたことがない。
「ラック・ドライゼン殿にも関係することでございます。いや、ラック・ドライゼン殿こそが最重要人物なのでございます。陛下」
「……お聞かせくだされ」
教皇は神降ろしの意天職を持った者が神より伝え聞いたことを、皇帝に語った。
それによればラック・ドライゼンによって、新たな勇者パーティーが見い出されるであろうというものであった。
「ま、まってくだされ、教皇猊下……。勇者は同じ時代に一人しか存在しないと聞いたことがある。そうではないのですかな?」
「我がサダラム教が貯えてきた古来からの知識を確認しましたが、同時期に勇者が複数存在したことはございません。しかし、同時期に勇者が複数存在しないという文献はどこにもありません」
「………」
皇帝はあまりのことに理解が追いつかない。
いや、教皇が語ったことは理解できるが、それでいいのかと思ってしまうのだ。
「その新たな勇者はどこに?」
「我々には分かりません。それを知るのはラック・ドライゼン殿のみにございます」
「我らはどうあっても、ラック・ドライゼンを発見し、魔王との戦いに備えなければならぬということですな?」
「左様でございます。陛下」
皇帝はお茶を飲む。
あまりの話にお茶の味が分からない。
「ベルナルド・ファイナスは……?」
ティーカップを置いて皇帝が問題の勇者のことを確認した。
「先ほど宰相殿からお聞きしましたが、ベルナルド・ファイナス殿ではラック・ドライゼン殿の協力を得ることは難しいでしょう。彼はその罪にあった罰を受けるべきだと愚考いたします」
ラックさえいれば、新しい勇者も見つかるはずだ。
だが、そのラックをこの国に戻そうとするならば、勇者ベルナルド・ファイナスは邪魔でしかない。
単純な足し算と引き算である。
「それでよろしいのですか、教皇猊下」
勇者パーティーは国に属しているが、その管轄はサダラム教の教皇庁にある。
名目上は国に仕え、実際にはサダラム教の指揮下にあるということである。
「神のご意思は全てにおいて優先されます。そして、ベルナルド・ファイナスは勇者の器ではなかったということでしょう」
「だが、ベルナルド・ファイナスを更迭すれば、聖騎士が黙ってはおりませぬぞ」
「問題ございません。新たな勇者と同様に新たな聖騎士も見つかるでしょう。神は勇者ではなく勇者パーティーと仰っておいでです」
「それは……」
皇帝は同席している賢者ローザ・マルケイと聖女カトリナ・ジスカールを見た。
「この二人に代わる者が現れるかどうかは、ラック・ドライゼン殿の意思一つ。我らはラック・ドライゼン殿を発見しなければ、前には進めない。そういうことです」
嘘ではない。神降ろしの言葉を騙ったり故意に捻じ曲げれば、その者には天罰が下る。
サダラム教の教皇であればそのていどのことは知っているし、教皇であっても神の下では他の者と平等に天罰を受けるのだ。
皇帝が教皇の言葉に頷く。
賢者ローザ・マルケイと聖女カトリナ・ジスカールは、ただ黙って教皇と皇帝の話し合いを見守るだけである。
勇者と聖騎士の暴挙を諫めることができなかった二人も同罪とラックが判断すれば、二人の代わりが現れるし、ラックが二人を受け入れればそれでよしである。
今回の神降ろしは、ラックを見つけるまで公表しないことになった。
ラックが見つかっていない状況で、今回の神降ろしを公表すると勇者ベルナルド・ファイナスと聖騎士アナスターシャ・モーリスがラックを暗殺しかねないと皇帝と教皇は考えたのだ。
暗殺できるできないは問題ではなく、暗殺者を送った事実があることが問題になるのだ。
ただでさえ勇者と聖騎士はラックからいい感情を持たれていないところに、暗殺者が現れてそれが二人によって差し向けられたと知れれば、帝国もサダラム教もラックの協力を得るどころの話ではない。
だから、二人が軽はずみな行動をとらないようにしばらく内密にして、ラックを発見してから公表することにしたのである。
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