017_四兄弟捕縛
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どさりと紙の束がテーブルの上に置かれる。
「これが魔法契約書だよ。持っておいき」
「ありがとうございます。何枚持っていっていいのですか?」
「全部構わないよ」
「え?」
テーブルの上に置かれた魔法契約書は、軽く百枚はありそうだ。
それを全部持っていっていいと言うドーラを見る。
「ラックが持ち帰った素材で二百枚はできるからね、私とラックで半々さ」
「そうなんですね。では、ありがたくいただいていきます」
異空間庫に百枚の魔法契約書を収納して、ラックは丁寧にドーラに礼を言った。
「いつでもくればいい。ラックならいつでも歓迎するよ。まあ、掃除はしてもらうけどね」
「あははは、掃除目当てですね」
「料理も美味しいから頼むよ」
二人は笑い合うが、ラックの家臣であるゴルドとしてはけしからん奴だとドーラを睨む。
「それでは、大変お世話になりました」
ラックはドーラに頭を下げて、ドーラの家を出た。
ゴルドは「ふんっ」と鼻を鳴らしてラックの後についていく。
ドーラもゴルドに「べー」と舌を出す。
相変わらずな二人だと、ラックは苦笑いをする。
冒険者ギルドで支部長に面会を求めたら、すぐに支部長の部屋に通された。
「魔法契約書をもらってきました」
「それは重畳。では、魔法契約書を出してもらえますか」
ラックは支部長のデスクの上にどさりと魔法契約書の山を出す。
「え?」
支部長の目が点になる。
「魔法契約書です」
支部長の目が点になったのは魔法契約書の数を見たからだが、ラックは分かっていなかったようだ。
「あ、うん。魔法契約書ですね。……しかし、これ何枚あるのですか?」
「百枚だと聞いています」
「百枚……」
魔法契約書は希少なので、一枚でもかなり高額になる。
使われるのは高額な取引や、国や貴族同士の契約といった重要な場面である。
魔法契約書に書かれた内容を実行しないと、そこに書かれている罰則が契約者に課せられる。
例えば、罰則に死ぬとあれば死んでしまうし、一生眠れないとあれば眠ることができなくなる。
非常に強力な実行力を伴うため、重要な場面でしか使われないのだ。
そんな魔法契約書が目の前に百枚もある。
個人で持つにはあまりにも多い数で、支部長の頬が引きつるのも無理はない。
「今回はジョイゴ、ボリス、ゴライア、ドゴスの四兄弟に使うので、四枚だけでいいですよ。他はしまってください」
「あ、はい」
ラックは四枚だけ残して異空間庫に魔法契約書を収納した。
「四枚はこちらで四兄弟用の契約内容を記載しておきます」
「お願いします」
「それでは、四兄弟の捕縛を指示します。ただ、二人はミスリルランク、二人は金ランクなので、確実に捕縛するために、少しお時間をください」
「お手伝いしましょうか?」
「それがいい。ラック様なら一瞬で四兄弟を無力化するだろう」
ゴルドがラックの実力に太鼓判を押すが、ラックはただの鉄ランク冒険者だ。
ラックからは何らかの力を感じるが、それでも四兄弟を簡単に無力化できるとは支部長は思っていなかっただけに戸惑う。
「逆に手加減しても殺さないか、そっちのほうが心配ですが。ははは」
ゴルドが高らかに笑うが、ゴルドの性格を知っている支部長は、そこまでゴルドが信頼するラックの実力は間違いないものだろうと考えた。
「ゴルドがそこまで言うのなら、ラック様にもお手伝いをお願いしましょう」
「了解です」
さっそく冒険者ギルドの武力制圧班が招集され、四兄弟の捕縛について説明がされた。
「あいつらは悪い噂がつきまとっていたが、そんなことをしていたとはな……」
武力制圧班の班長をしているひょろっとした男が呟く。
この班長、名をバダルキンというが、斥候職としてアダマンタイトランクにまで上り詰めた元冒険者である。
そのためか、纏っている雰囲気は強者のそれであるのを、ラックとゴルドは感じ取った。
「ドライゼン男爵領で大侵攻があった頃、四兄弟はこのベルゴイーユにおらず、ダンジョンにも入っていないのは確認しているのですね?」
「当然だ。四兄弟は冒険者ギルドの依頼を受けてもいないのに、およそ一カ月の間、消息を絶っており、国境の検問所を通ってバーンガイル帝国に入っているのを確認している」
班長の確認に支部長が答えると、班長は頷いた。
「では、直ちにジョイゴ、ボリス、ゴライア、ドゴスの四兄弟を捕縛に向かいます」
「今回は、ラック・ドライセン殿とゴルド・シバーズ殿にも同行してもらう」
「支部長、素人を連れていくと作戦が失敗する可能性が高くなるぞ」
「大丈夫だ。二人とも凄腕なのは、私が保証する」
実際にはラックの実力を知らない支部長だが、ゴルドがこれほどに信頼するラックなら間違いないと思う。
いつもならこんなことは思わないのだが、ラックの放つ何かがそう信じ込ませるのだった。
「……分かった。支部長がそこまで言うのであれば従うが、俺の指示には従ってもらうぞ」
連携訓練をしていない素人を連れていくのは気が進まないが、支部長が保証するというのだから部下としては連れていかないと強情を張ることは得策ではない。
そう考えたバダルキンは、渋々了承する。
このベルゴイーユに拠点を置く冒険者は、数日から十数日間ダンジョン探索をして地上に戻ってきたら宿をとるのが一般的である。
中には家を借りる冒険者もいるが、ダンジョンに入っていた日数の半分ほどを休んだら、またダンジョンに入るを繰り返すため家を空ける日数が多い冒険者は宿を使うほうが圧倒的に多い。
それは四兄弟も同じで、二日前にダンジョンから戻ってきたのをすでに確認している武力制圧班は、四兄弟が泊まっている宿を取り囲む。
「報告します。四兄弟が自分たちの部屋から出てきて、これから歓楽街へ向かうようです」
「ご苦労。宿を出たところで確保する。抜かるなよ」
部下たちがバダルキンに静かに返事をする。
「二人は俺の後ろから動かないように」
「分かりました」
ラックが返事をするのを見て、バダルキンは宿屋の出入り口に視線を動かす。
宿屋の出入り口から四兄弟が出てきた。
四人とも歓楽街に向かうためか、防具や武器は持っているように見えない。
だが、次男のボリスは魔法使いのため、武器を持っていなくても油断はできない。
「よし、囲め!」
十人ほどの武力制圧班のメンバーが一気に四兄弟を包囲する。
「なんだ、てめぇらは!?」
「我らは冒険者ギルドの武力制圧班だ。ジョイゴ、ボリス、ゴライア、ドゴスの四名に捕縛命令が出ている。大人しく縛につけ」
「ふざけるな!」
長男ジョイゴが腰の後ろに忍ばせていた短剣を取り出すと、三男ゴライア、四男ドゴスも同じように短剣を取り出した。
しかも、次男ボリスは魔法の詠唱を始めており、猶予はない。
「抵抗する場合は切り捨てる! かかれ!」
バダルキンが抵抗の意志を示して四人に攻撃を指示すると、武力制圧班のメンバーが四人に切りかかった。
「ボリスの詠唱が終わる前に拘束するのだ!」
四兄弟は兄弟ならではの連携によって、武力制圧班の攻撃を短剣で受けていく。
武力制圧班がてこずっていると、次男ボリスの詠唱が終わり武力制圧班の三人が炎に包まれた。
「今だ、突破するぞ!」
ジョイゴが弟たちを率いて、ボリスの炎に焼かれた三人の穴を突いて囲みを破った。
「く、逃がすな!」
「へ、俺たちがそんなに簡単に捕まるかってんだ!」
完全に囲みを破った四兄弟は全速力で走ったが、その前にラックとゴルドが立ちはだかる。
「なんだ、てめぇらは!?」
「大人しく捕まってください」
ラックがそう言うと、ジョイゴが短剣で攻撃を仕かけてきた。
ラックはジョイゴの手を取って軽く腕を捻ると、ジョイゴは空中を三回転して地面に激突した。
「ゴルド、捕まえて」
「はい!」
その光景を見た弟たちが、三人が一度にラックにかかっていく。
だが、ラックは三人の目に止まらぬ速さで動いて、首筋に手刀を入れて三人の意識を刈り取った。
そこに駆けつけてきたバダルキン率いる武力制圧班が、意識を失って地面に倒れ込んだ四人の姿を見て目を剥く。
「た、助かった。感謝する」
「いえ、それよりも魔法を受けた人たちは大丈夫ですか?」
「ああ、ポーションをすぐに飲ませたから大丈夫だ」
「それはよかった。この四人は引き渡しますので、よろしくお願いします」
「ありがとう」
四人は冒険者ギルドの地下牢に繋がれることになった。
例えドライゼン男爵を殺した事実がなくても、冒険者ギルドの職員を攻撃して怪我をさせた罪は問われることになる。
だが、後ろめたいことがなければ逃げる必要はないのだから、多くの罪があるはずだ。
また、今回の捕縛劇で勘違いしてはいけないのが、武力制圧班の手並みが悪いのではなく、四兄弟の連携が非常に優秀だったことである。
武力制圧班は町へ被害を出さないように配慮しながらの作戦行動だが、四兄弟には関係ないのだ。
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