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014_ドーラ1

誤字脱字は誤字報告してくださると、助かります。


 


 ラックたちはベルゴイーユの町の郊外に住むという魔法契約書の製作者に会おうと、郊外までやってきた。

 この世界ではモンスターの脅威があるため町は防壁に守られていることが多く、ベルゴイーユもその例に漏れず防壁で守られている。

 しかし、魔法契約書の作成者が住んでいる場所は、防壁の外側にあって境界を意味する簡素な木の柵があるだけだ。

 これではモンスターに襲われた時に守りに不安があるのに、なぜこんなところに住んでいるのかとラックは不思議に思った。

 ラックの故郷であるドライゼン男爵領は貧しい領地だったが、領都は石を積み上げた防壁があった。

 それほどこの世界ではモンスターの脅威があるのだ。


「魔法契約書の製作者ともなれば、かなりよい暮らしができるはずです。本当にこんなところに住んでいるのでしょうか……?」


 ゴルドが不安に思うほど、その家は質素である。いや、質素というよりは、みすぼらしい。


「とにかく、声をかけてみよう」

「そうですな」


 石を積んだ門と呼べるかも分からないような門を通り敷地内へ入っていくと、ラックたちの目の前の地面が盛り上がっていく。


「ラック様!」


 ゴルドは瞬時に前に出てラックを守ろうとするが、今のラックの能力値はゴルドの六倍もある。

 それでも、ゴルドにはラックに守られるという選択肢はない。

 ゴルドはラックを守り、ラックのために死ぬ。それが今のゴルドが自分に課した使命なのだ。


 土は盛り上がっていき、やがて人の形になった。


「これはゴーレムか!?」


 ゴーレムというのは、錬金術によって造り出される土や石、場合によっては希少なミスリルのような金属でできた人形だ。

 人形といっても基本的には戦闘を主目的に造られているため、オークやゴブリンくらいであれば、簡単にあしらうことができる強さを持っている。


 ゴルドが剣を抜いてゴーレムに切りかかろうとしたが、ラックはそれを止めた。


「ゴルド、このゴーレムは家を守っているようだ」


 門のところから動かないラックたちに、ゴーレムは襲いかかってこないことからラックはそう考えたようだ。


「しかし……」


 ゴーレムは人工的に造られたモンスターというのが、世の中の認識だ。

 術者がそばにいるのならともかく、そうでない場合は非常に危険な存在だと考えられている。

 しかし、ラックたちの目の前位に佇むゴーレムは、一向に動こうとしない。

 ラックたちがもっと敷地内に入っていけば動くのではないかと、ラックはなんとなくそんな気がした。


 門のところでゴーレムを警戒するラックたちは、ゴーレムと睨み合う形になっている。

 このままこうしていても意味はないので、ラックは家の主を呼ぶことにした。


「すみませーーーん」


 大声で何度も家の主を呼ぶと、家の中で気配が動いた。

 今のラックは固有スキルの剣聖があるおかげで、広い範囲で気配を察知することができる。


 キーッと甲高い音を立てて簡素な扉が開く。


「うるさいね、誰だい?」


 家の中から出てきたのは、非常に美しいのだがなんともだらしのない恰好をした妙齢の女性である。

 薄い紫色の髪の毛に赤い瞳を持った二十歳くらいにしか見えないその女性は、下着姿なのに堂々としている。

 ある意味、煽情的な恰好なのだが、その纏っている雰囲気からだらしなく感じてしまう。

 ただ、それを見たラックは女性経験に乏しいこともあって、顔を真っ赤にして視線を逸らした。

 もっとも、ゴルドは家主のそんな恰好を見ても、特に何も思わなかったが……。


「こちらのお方はラック・ドライゼン様。某はゴルド。貴殿がドーラ殿で間違いないか?」

「ドーラは私だよ。それで、なんの用だい?」


 ドーラは扉にもたれかかり、いかにも面倒くさそうにラックとゴルドを見つめた。

 そのぶっきらぼうな物言いにゴルドは不満を覚え、ラックはドーラに服を着てほしいと頼んだ。


「服なんて面倒だ。早く用件を言いな」


 ゴルドの雰囲気がどんどん悪くなっていく。


「僕は魔法契約書がほしいのです。譲っていただけないでしょうか?」

「他を当たりな」


 けんもほろろに断られ、ゴルドは今にも飛びかかりそうな雰囲気だ。


「これは冒険者ギルドの支部長であるボノジョリド様からの紹介状です。どうか、魔法契約書を譲っていただけないでしょうか」


 支部長の紹介状を異空間庫から取り出したラックは、ドーラに紹介状を見えるように掲げた。

 だが、ドーラの興味は紹介状ではなく、今、ラックが使った異空間庫に注がれた。

 アイテムを収納するアイテムボックスというスキルは、商人やポーターという天職に備わっている。

 同じくアイテムボックスというアイテムもあるが、今ラックが使った収納スキルはアイテムボックスとは何かが違うとドーラは一瞬で感じたのだ。


「とりあえず家に入りな」

「ありがとうございます!」


 ドーラが右腕を横にさっと振ると、ラックたちを阻むように立っていたゴーレムが土に返った。

 二人はゴーレムだった土の山の間を通って家の中に入っていくが、家の中に入って驚かされてしまう。


「汚いな」


 ゴルドが言うように、家の中は散らかし放題で服もそうだが、本や何に使うか分からないアイテムが所狭しと転がっていた。

 しかも、数年は掃除をしていないのではと思うくらいにホコリが溜まっているのだ。


「悪いがお茶なんて高尚なものはないからね」

「お構いなく」


 むしろこの惨状を見ると、お茶を出されても口をつけるのにかなりの勇気がいる。


 ドーラはテーブルの上に置いてあった何かを両手ですばーっとどかして、ラックに座るように促した。

 ただし、ラックに座るように促された椅子にも何かが載っていて、とても座れる状態ではない。


「適当にどかして座って」


 ラックが躊躇していると、ドーラは面倒くさそうに言う。


「あ、はい……」


 仕方なく、椅子の上に載っている何かをどかしてラックは椅子に座る。

 ゴルドは従者の扱いだと見たドーラは、ゴルドに椅子を進めることはなかった。

 下着姿のドーラも椅子に座って足を組み、手を差し出してきたのでラックはドーラに紹介状を手渡す。

 ドーラはその紹介状を見ずに何かを呟いたと思うと、紹介状が炎に包まれて一瞬で消滅してしまった。


「何をするか!?」


 ゴルドが剣に手をかけるが、ラックがそれを制した。


「魔法契約書を作ってもいい」


 ドーラはゴルドのことは眼中にないようだ。


「本当ですか!?」

「ただし、条件がいくつかある」

「その条件を教えてください」


 ドーラはにやりといやらしい笑みを浮かべ、ラックは背筋に冷たいものが走った。


「そんなに急かさないでおくれよ。それよりも、あんたラックとか言ったね」

「はい」

「ラックがさっき使った収納系スキル、あれはアイテムボックスじゃないね。マジックアイテムでもない。あれはいったいどんなスキルなんだい?」


 一瞬見ただけで、あれがアイテムボックスではないと理解するドーラの観察眼にラックは驚いた。


「あれは異空間庫というスキルです」

「異空間庫……たしか、昔の大賢者がその異空間庫を使っていたという記述があったと思うが、まさか本当にあるとは思わなかったね」


 ドーラは一人でブツブツ言って、勝手に納得している。


「ラックは大賢者なのかい?」

「いいえ、僕はそんな大層な天職ではありません」

「ふーん……、まあいいや。それじゃ、この家の中を片づけてくれるかい」


 ラックは家の中を見渡す。

 外から見た時は小さな小屋ていどに思ったが、家の中に入って見渡すと異常に広いことに気がついた。


「空間拡張……?」

「そうだよ。この家には空間拡張の術式が組み込まれているんだよ」


 ラックはドーラのその言葉に感嘆するが、ゴルドは肩をわなわなと震わせて怒りの表情だ。


「貴様、ラック様に掃除をさせるつもりか!?」

「そう言ったんだよ。聞こえなかったのかい?」

「おのれ、下手に出ていればつけ上がりよって!」


 ゴルドは剣を抜こうとしたが、ラックがその手を押さえた。


「ゴルド。このくらいの掃除くらい全然平気だから、そんなに怒らないで」

「へー、ラックはできた人間だね」


 ドーラはケラケラと腹を抱えて笑う。

 そのドーラを見てゴルドは血管が切れそうなほどの怒りを覚えたが、ラックの手がゴルドを押さえていて剣を抜けない。


「ゴルドは外にいって水を汲んできて。家の中のものは僕が片づけるから」

「くっ……。承知しました」

「ゴルドちゃん、水汲みをよろしくね~」


 ドーラはゴルドを煽るように手をひらひらさせる。

 ラックは怒り心頭のゴルドを外に出して、自分は家の中をぐるりと見渡した。

 聖騎士の犬と言われていたラックは、毎日モーリス公爵の帝都屋敷を掃除していた。

 本来掃除はアナスターシャの従僕であるラックの仕事ではないが、アナスターシャが掃除するように命じていたのだ。


 ドーラの家は散らかし放題でモーリス公爵の帝都屋敷とはまったく違う。

 信じられないほど散らかっているので、どこから手をつけようかと考える。


「そうか!」


 ラックは異空間庫を発動させて、ドーラの家の中にある全てのものを収納していった。

 ドーラが座っていた椅子まで収納したので、ドーラが自重で床に尻もちをついてしまった。


「い、痛いじゃないか」

「すみません。ついうっかりしていて」


 頭をかきながら、ドーラに頭を下げる。


「すみませんが、あちらに移動してもらえますか?」

「ち、仕方ないね……」


 ドーラは部屋の隅に移動する。

 下着姿の美人が部屋の隅でたたずむ姿は、なんともシュールな光景である。


 ラックはホコリも異空間庫の中に収納していったため、それまでホコリに埋もれて見えなかったシミなどが露わになる。

 そこにゴルドが水を汲んで戻ってきた。


「これはまた……」


 家具もホコリもなくなった部屋の中を見たゴルドは、目を剥いて驚いた。


「よし、モップをかけるから、ゴルドもドーラさんのほうにいってて」


 ラックはゴルドも隅に追いやって、異空間庫に収納したものの中からモップを取り出してモップがけを始めた。

 掃除のし甲斐のある家をとことん磨き上げる光景を、ドーラとゴルドは唖然としてラックを見つめる。

 掃除は得意分野のラックは、あっという間に家の中の掃除を終えて、洗濯もし、汚れがこびりついている食器や鍋を洗った。

 最後に異空間庫から家具を出しながら、その家具を磨いていく。


「ふー。ドーラさん終わりました」


 都合二時間ほどでドーラの家はピカピカになり、家の外には多くの洗濯物が干されている。

 研究には腰を据えて根気よく取り組むが、それ以外に対して無頓着でずぼらな性格だと自分でも自覚しているドーラは、この家を建てて以来初めて見る光景に目をぱちくりさせる。


「これはすごいね。あんた、うちに住みこまないかい? 給料は弾むよ」


 生活無能力者のドーラにとって、ラックのような家事のできる人物は喉から手が出るほど欲しい人材だ。


「すみません、旅の途中なので住み込みで働くことはできません」


 ラックはドーラの誘いをきっぱりと断る。


「そうかい、それは残念だ……。それじゃ、次は何か食べるものを作ってくれるかい」

「分かりました」

「ラック様、少々お待ちください」


 料理をしようとしたラックをゴルドが止める。


「ゴルド、どうしたんだい?」

「ラック様はそこでお待ちを。……ドーラ殿、魔法契約書を作る条件は清掃以外に何があるのだ? 料理を作ったら終わりか? それともまだ何かをさせるつもりなのか?」


 ゴルドは条件の確認をしているのだ。


「あら、気づいてしまったかい?」

「条件を明確にしてほしい」

「ち、うるさい爺さんだね」


 ドーラの視線が鋭くなる。


「分かったよ。条件は料理を作ったあとに教えるよ」

「ち、食えぬ奴だ」

「料理は食うけどね、あははは」


 それを聞いてラックは料理を始めた。

 幸いなことに、ラックの異空間庫には色々な食材が入っている。

 しかも、すでにラックの器用値は千を越えているので、異空間庫内の時間経過はない。

 どんなものを入れておいても、腐ることがないのだ。


 

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