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001_聖騎士の犬

 


 聖騎士という天職を持ったアナスターシャの足の下で、ラックは地面を舐めている。

 これはいつもの光景であり、ことさら珍しいことではない。


「お前は本当にのろまね。そんなこともできないの?」

「がっ」


 腹を蹴られて地面に顔をつけて苦しがるのが、ラックの日常だ。


 ―――奴隷。そのような言葉がしっくりとくる扱いを、ラックは五年間も受け続けている。


 天職の中でも勇者や英雄と並ぶ最上級の天職だと言われているのが、聖騎士である。

 その聖騎士という天職のおかげでアナスターシャは、バーンガイル帝国の国教であるサダラム教の司教の地位を得ていて、その発言力は父のモーリス公爵にも匹敵するとまで言われている。

 そんなアナスターシャが、広大な領土を支配下に置くバーンガイル帝国でも珍しい黒い瞳に黒い髪の毛、しかもわけの分からない天職を持ったラックをなぜ従僕にしたのか、誰もが不思議だった。

 しかし、アナスターシャのラックへの扱いを見た者は、なるほどと納得するのであった。


 日の光を浴びて光り輝くアナスターシャは、ラックを気に入ったから従僕にしたのではなく、ラックという奴隷を拾ってきただけなのだ。

 貧乏貴族の五男がアナスターシャの扱いに文句を言えるわけもない。しかも、ラックの天職はわけの分からないガチャマンである。

 いまだにスキルのガチャの使い方さえ分からないラックにとって、聖騎士の天職をもつ公爵令嬢であるアナスターシャは神にも等しい存在なのだ。


「うぅ……」


 息ができずに無様に地面に這いつくばるラックを、アナスターシャはその深い青色の瞳で見下ろす。


 聖騎士であるアナスターシャは光り輝く白銀の鎧を身に着けて、毎日剣の鍛錬をしている。

 アナスターシャが汗をかいたらすぐにタオルを差し出し、喉が渇いたらワインを差し出す。それがラックの役目だ。

 アナスターシャがほしいと思ったタイミングから少しでも遅れると、このように殴る蹴るの暴行を受けるのだ。


 この世界では誰でも生まれながらにして天職を持っていて、さらに天職由来のスキルを持っている。

 天職というのは、その人物の生涯を通じて研鑽するべき職業といわれており、例えば剣士なら剣で身を立てることが最もよいとされている。

 また、スキルというのは特別な技能であり、剣士なら片手剣や両手剣など、剣や戦いに関係するスキルを持っている場合が多い。

 鍛冶師のような生産系の天職もあるし、商人のように非生産、非戦闘の天職もあるが、商人だって立派な職業だ。

 そして、よく分からない天職を持って生まれてくる者も少ないがいる。そういったよく分かっていない天職を持った者は、自分の天職の意味を知らずに天命を終えることのほうが多いのだが……。


「私は喉が渇いたの。そういう時はワインを出すのよ、分かった?」


 アナスターシャは再びラックの頭を踏みつける。

 聖騎士として高い身体能力を持つアナスターシャに踏みつけられたラックの頭は、ミシミシと嫌な音を立てる。


「あぁ……」

「分かったの? それとも分からないの? なんとか仰い」


 後頭部を踏みつけられて、地面に顔がめり込んでいるラックが返事などできるわけもなく、ラックは息ができずにその場で失神するのだった。

 ラックの体から力が抜けていくのが分かったアナスターシャは、近くにいた使用人に水を持ってくるように命じるが、水はすでに用意されていた。

 なぜなら、これがいつもの光景なのだから、使用人も水が必要になることが分かっていたのだ。


「このグズでのろまなダメダメのラックに、水をかけて起こしてやりなさい」

「は、はい。お嬢様」


 使用人はただの平民の出身である。

 そんな壮年の使用人に、アナスターシャが行うラックへの暴力を止めることはできない。

 いつも、アナスターシャに酷い目にあわされているラックを不憫だとは思うが、それを見ているしかできない自分が嫌になる。

 ラックを仰向けにして、顔にザバーンと水をかけると鼻と口に水が入ったラックは苦しくて目を覚ます。


「はふはふ……」

「のろまなラック。出かけるわよ、準備なさい」


 アナスターシャは息も絶え絶えのラックに容赦なく声をかける。


「は、はい。お嬢様」


 ラックは急いで着替えてアナスターシャが乗る馬車の準備をする。

 アナスターシャを待たせると、また容赦のない鉄拳制裁を受ける。

 歯を食いしばってアナスターシャのために外出の準備をするのだが……。


「なんでいつもいつも僕が殴られなければいけないのか……?」


 誰でも疑問に思うことをラックも思うのだった。


「僕の天職がわけの分からないガチャマンじゃなければ……」


 ラックの天職であるガチャマンは、過去に例のないことからどのような職業なのか分かっていない。

 同じくガチャというスキルも使い方が分からないものだった。

 何度もガチャが使えないか試してみたが、ガチャがどういうものか分からないので、スキルが発動しているのかさえ分からない。


「なんで僕ばかりこんな目に合わないといけないの?」


 悔し涙で視界が歪む。

 だが、ここでラックが逃げたりアナスターシャに反抗すると、実家のドライゼン男爵家にどのような災いが降りかかるか分からない。

 ラックの両親はわけの分からない天職を持ったラックでも愛情を注いで育ててくれたし、兄妹たちもそうだ。

 アナスターシャの従僕の話がきた時も嫌なら断ると両親は言ってくれた。

 絶大な権力を持っているアナスターシャの不興を買ったら、一瞬でドライゼン家を潰されるのに両親はそれでもいいと言ってくれた。

 そんな父親は領民と共に農地を開拓したり、税が払えない者に仕事を与えたりして、がんばっている。

 そんな父親を知っているからラックはアナスターシャからどんなに酷い扱いを受けても我慢できる。



【氏名】 ラック・ドライゼン 【種族】 人族 【性別】 男

【天職】 ガチャマン 【レベル】 0(0/1)

【HP】 10/20 【MP】 10/10

【固有スキル】 ガチャ



 この世界では、自分の天職やスキルをステータスという形で確認できる。

 脳内にステータスを呼び出して確認するが、いつものようにHP(ヒットポイント)が減っているだけで、それ以外に変化はない。


「こんなわけの分からない天職にさえならなければ、僕だって……」


 今さら言っても仕方がないが、一人になるとどうしても愚痴が出る。

 最強になりたいわけじゃない。大金持ちになりたいわけでもない。ただ、誰かに引け目を感じて生きていきたくないだけなんだ。

 ラックの正直な気持ちだが、今のラックに望むことは許されない。


 アナスターシャを乗せた馬車は、いつものように帝城へ入っていく。

 帝城の門番がラックの顔を見ると、にやけた顔で「聖騎士の犬」と陰口をたたく。

 帝城だけではなく、帝都サダメリスに住む貴族たちの間でラックは聖騎士の犬と呼ばれている。

 そんな声は田舎にあるドライゼン男爵領にも届いていて、ラックの両親はラックに戻ってこいと何度も手紙を出している。それだけではなく、何度かラックの元を訪れて連れて帰ろうとした。

 だが、アナスターシャは「逃げ帰るのはお前の勝手だわ。でもね、私を怒らせるとどうなるか、分かっているわよね?」と安易にドライゼン家を潰すと脅すのだ。


「お嬢様、到着しました」


 帝城のエントランス前に馬車をつける。

 重厚な石造りの帝城にはいくつものエントランスがあって、その中でもひと際豪華なこのエントランスを使えるのはほんの一握りの者だけである。

 本来は公爵令嬢であっても簡単に使えるエントランスではないが、聖騎士であるアナスターシャには使用が許されているのだ。


「やあ、アナスターシャ。今日も美しいね」


 アナスターシャに声をかけたのは、勇者の天職を持つベルナルド・ファイナスだ。

 自慢の銀髪の毛先を弄ぶベルナルドは、勇者でありながら名門ファイナス侯爵家の嫡男である。


「ベルナルド」


 アナスターシャはベルナルドに駆け寄ると、抱きついて熱い抱擁をする。

 この二人は勇者と聖騎士であり、侯爵の令息と公爵の令嬢であり、そして婚約者なのだ。

 世の中の人々はこの二人を美男美女でお似合いだと言う。

 ラックからしたら心が醜い貴族の象徴の二人だが……。


「アナスターシャはまだこんな役立たずをそばに置いているのか? 早く処分してしまえよ」


 圧倒的強者であり権力者の勇者ベルナルドから容赦のない言葉が発せられる。

 だが、今日のベルナルドはいつものようにラックを蔑んだ視線を向けてこなかった。

 ただし、嫌らしくねっとりとした視線を向けられたラックは、いつも以上に嫌な気分になる。


「ああ、そうだった。アナスターシャは知っているかい。辺境でモンスターの大侵攻が発生して、僕たちが派遣されることになったよ」

「あら、そうなの? 辺境ってホコリっぽいから嫌なのよね」

「本当だよ」


 ベルナルドはちらりとラックを見る。


「ああ、そう言えば、その辺境はドライゼン男爵領だって」


 ラックは心臓を鷲掴みされたような衝撃を受けた。


 

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