魔女カミラ
「なによ、ブレッド。突然やってきてわけわかんない事言わないでくれる?」
「いや、カミラ、落ち着けって。って、臭ぇ!!変な薬こっちに向けんな馬鹿!」
「何よ、ホムンクルスって。そんなの伝説よ。人工生命なんて出来るわけ無いじゃない!その孤児の二人が嘘ついてるんでしょ!?もう、いま傷薬の在庫が切れてんのよ。作んのに忙しいんだから出てって!!」
現在ブレッドは同じ孤児院で育ち、なんだかんだで付き合いが続いている魔女カミラのログハウスに訪れ、昨日の出来事を話した上で、カミラに二人のどちらかを弟子にして雇えないか相談していたところだ。
しかし、薬の作成に気が立っているのか、話を聴いてくれる状況では無く、調合中の臭い薬をフラスコごとブレッドに向けて追い出そうとしてくる始末であった。
「いや、お前も会えば解るって。ただのガキじゃねぇし、魔法や教養もしっかり仕込まれてるらしいから、絶対お前の力になるからよ。その薬が作り終わってからでいいから、あとで俺の家に来てくれねぇか?カミラのお眼鏡に叶わなかったら、別に何もせずいつも通り飯だけ食って帰っていいからよ。」
そう言うとカミラはジトっとした目つきでブレッドを一瞥した後、鼻息荒くソッポを向いた。
「全く、子供を住まわせるって事は、二人の時間が無くなるじゃないの…。」
「おぉ?いきなり可愛い事言っちゃって。なんだよ、拗ねんなよ。愛してるぞカミラ。」
「誠意が足りない。気持ちがこもってない。だいたいねぇ、もしその子達の言ってる事が本当だったら、面倒事一直線じゃないの。どーすんのよ。」
「それなんだがなぁ…。確かに面倒事なんだが、どーにも見捨てられんくてな。」
そう言うと、ブレッドはカミラを後ろから抱きしめて、ポニーテールでまとめている髪の毛に顔を埋める。
「ちょっと!今はダメ!臭い薬ぶっかけるわよ。夕方以降にあんたの家行くから、待っててよ。」
ブレッドは両手を挙げニヒルな笑みを浮かべながら、「あぁ、待ってる。」とだけカミラに伝えてカミラのログハウスを出る。
「へへ、カミラは相変わらず良い女だな。…確かに、アルフ達がいるとイチャイチャ出来ねぇのは問題か…?いや、でもあいつら、不可抗力とはいえガキこさえてるんだよな。だったら多少は空気よんでくれねぇかな。」
ブレッドはブツブツと独り言を言いながらも、城壁に囲まれた新市街の方へと足を運ぶ。
ブレッドは歩きながら、今後の事を考えていた。
あの二人は良く似た顔立ちだ。それこそ、双子と言われたら素直に信じられるくらいに良く似ている。
実情はホムンクルスなので兄妹では無いのだろうが。
だからこそ、アルフ達が逃げてきた組織の連中は良く似た顔立ちの男女の金髪碧眼のガキをセットで探すだろう。
あの二人の外見をどこにでもいる様な街中にいる子供に仕立て上げ、別々の家に下宿なり住み込みで仕事をさせておけば二人まとめて探しているだろう組織の目も欺けるだろう。
そして手に職を身に付けたら、もしこの街を追われる事になっても別の街や国で生きていける可能性も広がる。
まずは、なんとしてもカミラにはフィーネを魔女の弟子として住み込みで雇わせたい。
これは勝算があると踏んでいる。カミラは何だかんだ言ってブレッドとは孤児院からの付き合いだ。そして恋人なんて言う言葉では収まらない位の信頼関係にある。
ブレッドの頼みかつ、ブレッドがそうした様にカミラもあの二人の様子を見れば手を貸さずには居られないと踏んでいるのだ。
フィーネはカミラに任せるとして、アルフはブレッドがなんとか面倒を見なければならない。
「あまり乗り気じゃねぇが、背に腹はかえられねぇよな。」
覚悟を決めた顔立ちで、ブレッドは新市街へと繋がる門へと到着した。
旧市街の人間が新市街へと足を踏み入れるには、通行証が必要となる。ここ、ミロフ帝国の首都ガザンは市街を城門で囲まれた、綺麗で治安の良い都市だ。広く海にも面しており、観光客も蒸気機関車を使ってよく訪れる、大陸内でも有数の先進都市と言えるだろう。
ブレッドは三年前の内戦で傭兵として活躍した功績が認められ、一応新市街の市民権を得ている。その為通行許可証も手に入れているので、街中に入る事は容易い。
しかし、高い住民税や恋仲と言っても過言ではないカミラが旧市街に住んでいる為、必然的に旧市街に居を構える事となった経緯がある。
門で通行許可証を見せ、新市街に入ったブレッドは迷う事ない足取りでとある店へと入って行った。
「よー、ボリス。久しぶり!」
「ん?なんだ?ブレッドか。久しぶりだな。最近どうしてるんだ?」
ルーンバイクを整備している色黒で丸坊主のイカツイ巨漢が、手を止めてブレッドに向き合う。
店の中には様々なバイク部品や、バイクの駆動源となるルーン鉱石が所狭しと並べられている。
「いやー、相変わらず貧乏生活してるぜ。何かいい仕事ねぇかなって思いつつブラブラしてる毎日さ。」
「はは、前から言ってるじゃねぇか。一緒に店、運営しねぇかってよ。お前、銃の手入れ得意だったんだから、機械の整備も向いてるって。」
ボリスと呼ばれた筋肉質な男は、内戦の時にブレッドと共に傭兵として活躍したおとこだ。
傭兵になる前から機械弄りが好きで、内戦の時に独自で改良した銃やルーンバイクで容赦なく女神真教の暴徒供を屠ってきた形跡がガザン市長に認められて、新市街に店を構える事が出来るくらいの金一封を手に入れた、内戦時の英雄でもある。
ブレッドより十歳程年上で、既に結婚し幼い子供達と今は平和に暮らしている様子だ。
「おぉ、有り難い申し出だぜ。あーそのよ、その件で少し相談があるんだが、今時間取れるか?」
「ん?前向きに検討してる雰囲気だな!良いぞ、今はちょうど客も居ないしな。話ならいくらでも聞くぞ!」
内心、ブレッドは上手いこと行きそうだとガッツポーズをしていた。