08 アクシデント
「くぅくぅ。く〜ん」
「もうちょっとだよ〜」
さすさす。
「ぐぅ〜ごご、ぐぅう〜」
「はいはい、もうすぐだからね〜」
さすさす。
「ぐぅ! ぐぅ! ぐぅぐぅ〜〜!!」
「はいはい、どうどう」
ぽんぽん。
「ぐっーーぅう、くうぅん。くんくん」
「よしよし、いい子だね〜」
なでなで。
全くいい子だ。すっかり私の言うことを聞いてくれてる。
「怖いから自分の腹と会話するな」
お腹が空きすぎて吠え狂っていたお腹さんをなだめていると、キッチンの方から匠がやってきた。
「匠が待たせるからでしょ」
「だからってどこに腹の虫を手懐ける奴がいるんだよ」
「ここ」
「ガキか」
「それでもうできたの?」
朝食は抜きだから、流石にお腹がすいてきた。
「ん、できた。布団どけるから机用意してくれ」
「はいはーい」
よいしょっ…………。
だめだ、起き上がる気になれない。
ぐぐっ……だはぁ〜。
よいしょっ……どべはぁ〜。
はぁぁ〜〜〜〜〜 。
「………………」
刺しつらぬくような眼光。
「さーせん」
シュバっ、と素早く前転で回避。
急いで壁に立てかけられた、折りたたみテーブルを取りに行く。
「よいしょっ」
う、案外重い。全くこんな肉体労働を女子高生にやらすなんてどう言う了見だ。
まあ私の筋肉量が足りないというのはあると思うけど。主に運動不足で。
うんしょうんしょと運び、テレビとソファーの向こうまで持っていく。
と、その時。
テーブルの重さにちょぼちょぼと歩いていたら。
ガッ、と足がもつれた。
ぐらり、と体が前に傾く。
(やば—————)
目をぎゅっと閉じて———————
がしっ、と抱きとめられた。
「おい大丈夫か」
上から、匠の声。
テーブルはといえば、がしゃんがしゃんと音を立てて転がっていっている。
(ちょっと、その......)
がしりと肩を掴む手は大きくて、ぎゅっとしっかり私の肩を掴んでいる。
がっしりした腕に結構深く抱きとめられてるから、その、ぬくもりみたいなのがが伝わってきて。
ドクンドクンと早まる鼓動。心なしか、顔が熱い。
別に、そういうのではないんだけど、その。
これは、ちょっと、その......えっと。
これは…………
「セクハラ、じゃないかな」
「俺も思った」
甘い、甘いのです。
心なしか顔が熱い? 心なしです。
「その、早く離してくれませんか、セクハラおじさん」
胸を触られたりはしていないものの、かなり体が密着している。
無論ドキドキはしないのだけど、女子高校生になった今であれば多少気まずくはある。
ちょっと......緊張もするし。
一方で上目に匠を見ると、匠も匠で気まずそうな顔をしていた。
「まあ……なら、早く起き上がってくれ……」
心底めんどくさそうな声で、少しむかっとしてしまう。
これでも私は女の子だから、そんなに嫌かい、とめんどくさい女のようなことを少し思わないでもないのだ。
「起き上がらせて」
—————何だこいつ。と言わんばかりの上から降り注ぐ視線。
私はブルックさんでもジャクソンさんでもないのだから、この姿勢からは起き上がれない。
もちろん、それだけだ。
「……へいへい。よいしょっと」
ポーーーン。直立。戻った。
「ありがと」
…………………………………………沈黙。
「つ」
「ご」
バッティング。
……………………………………。
「つ って何」
「ご って何だ」
「机は俺がやるから、ご飯運んできてくれ」
「ご飯持ってくるから、机はお願い」
完全合意。
二人は、動き出した。