06 女子高生は7歳児
ポポロン、ポロポン♪
戻ると、ピアノ曲が流れていた。
のんびりしたメロディー、玲奈がよく聞いているタイプの曲だ。
彼女の両親から「おかえり」と「いってらっしゃい」を言う習慣はつけさせてくれと頼まれているから、一様書斎のドアに手を伸ばす。
がちゃっ。
ぽぽろん♪ぽろろん♪
お気に入りのピアノ曲を聴きながら、私は指に全神経を集中させていた。
15分くらいかけて作った大作、本ドミノの一冊目が目の前にある。
その最初の一冊めがけ、デコピンの体勢を整える。
親指で中指のバネをチャージ。
ぎゅうううううううーーーーーっ。
(いざ、行か——————)
がちゃっ。
「ただいまー」
「ひゃっ!?」
スパン!!
勢いよく振り抜かれた親指に、ドミノが開始された。
トトトトト……トトトトト......トトトトト。
進む本の波。
ぽぽろん♪ぽろろん♪
流れるピアノメドレー。
「………………………………………………」
「………………………………………………」
固まる匠。
気まずい私。
静謐な、混沌。
トトトトト、トト、トトトト......トトトトト。
カーブに差し掛かる波。
ぽぽろん♪ぽろろん♪
流れるピアノメドレー。
「..................」
「..................」
匠のジト目。
気まずい私。
トトトトトトトトトトトト…………トトトトトトトトトトトト…………。
ぽぽろん♪ぽろろん♪
トトトト......ぽろろん♪ トトトト......ぽろろん♪
たがいに追いかけ合うように、本と音の波が交わる。
美しき音楽の世界。
トン、ガタガタガタ、ドスン!
最後。
ドミノは部屋を一周し、盛大に本のタワーが崩れた。
「...........................................」
「..................................」
張り詰める空気。
ぽぽろん♪ぽろろん♪ぽぽろろろん♪ぽぽぽぽろん♪
部屋を巡り流れる優雅なメロディ。
ぽぽろん♪ぽろろん♪ぽぽろろろん♪ぽぽぽぽろん♪
ぽぽろん♪ぽろろん♪ぽぽろろろん♪ぽぽぽぽろん♪
「...................................」
「説明せよ」
と言わんばかりの重圧視線が私にのしかかる。
「..................」
無言を貫く私。
じーーーーーー。
「..................」
じーーーーーー。
じーーーーーー。
じーーーーーー。
................................................。ぽろろん♪
「お願いします何か言ってください」
「説明せい」
「はい」
長き沈黙の末、ようやく交わされる会話。
ようやく張り詰めた沈黙が解けた。
さて、どうやって説明しよう。
「え、えっとですね、その...」
かくかくしかじかかくかくじかじか。
何となくやりたくなってしまったことや、やっているうちに楽しくなってしまったことなど。
「—————子どもか」
呆れたように言う匠。
うぐっ。全く言い返せない。
しかし
(ん?)
あることに気づく。
「そもそもなんでこんなに早いの。カラスの行水は良くないよ」
そのせいでこのプチ悪事が露呈してしまったのだから、良くない。非常に。
「銭湯閉まってたんだよ」
(銭湯め!!!)
何というタイミング。神の悪戯である。
いや、確かあそこ昔ながらの銭湯で、お爺ちゃんが一人で切り盛りしていたはず。
つまり原因は神の悪戯ではなく、じじいの気まぐれということだ。
くそじじい。
嘘です。すいません。
会ったことはないけれど。
「まあ、どうでもいいが片付けろ7歳児」
「じゅ、15歳だし!」
「精神年齢の話だ」
うぅ、否定できない......。
「その、片付けるので、どうか昼ごはんは...」
今日の昼ごはんは朝食兼用だ。
となると待っているのは餓死。避けたい。
「いや、こんなしょうもないことじゃ怒らんて」
「え、いいの」
「そりゃ、7歳に怒る31歳がどこにいるんだよ」
ガッ、と噛みつきたくなったが、抑える。
「それじゃあ今日のメニューは私の大好きな————」
バタン。扉を閉められた。
ぽぽろん♪ぽろろん♪ぽぽろろろん♪ぽぽぽぽろん♪
(..................:.....はぁ、片付けするか)
私はとぼとぼと片付けを始めるのだった。