04 女子高生のドミノ倒し
突然だけど、わたしには親が3人いる。
いや、何か複雑な事情があるというわけではないのだけど。
一人は実の父親、もう一人は実の母親。
そして最後の一人、おじさんがいる。
おじさん、というか匠はお父さんとお母さんの昔からの友達で、わたしが幼稚園の頃から面倒を見てくれているらしい。
高校生になった今でも、毎週土日は家にお邪魔させてもらっている。
お邪魔させてもらっている、といっても私は全く気なんてものは使っていないのだけど。
ただ、向こうは少しこちらに気を使っていたりする。
ついさっきも、
「昨日の夜行ってないから銭湯で朝風呂してくるわ」
と言って家を出て行ったのだけど、実は彼の毎日銭湯習慣は、私が発端なのだ。
私が中学生の頃、それまでずっと家のお風呂を使っていた匠がいきなり銭湯に通うようになった。
「銭湯にはまった」などと言っていたが、
この家のお風呂を使う私への気遣いであると後々になって気づいた。
よくわからない気遣いだし、そんなことを気にして貰う必要はないのだけど。
嬉しいので、ありがたくその優しさは素直に頂戴している。
まあ今では、私が来る週末以外も本当に行っているようだから、確かに結局はまってしまったみたいなんだけど。
「ふ〜。この本も面白かったな〜」
ソファーで寝そべりながら読んでいた本を、パタンと閉じた。
私が今持っているのは『青春のクイーン』という本。
先週この家に来た時、匠の部屋から何冊か拝借したうちの一冊である。
のそりのそりとソファーから脱出し、匠の部屋へ行く。
カーテンの締め切られた部屋、ぱちんと電気をつけると本の世界。
大きい本棚が12個、人一人がギリギリ通れる細さの通路を作りって並んでおり、手前にちょっとした読書スペースが設けられている。
読書スペースといっても、匠が普段執筆をしている机と、私もよく使うクッション、あと黒いワイヤレススピーカーが置いてあるくらい。
私が子供の頃は、その小さな読書スペース全部本で埋め尽くされていたくらいだったのだけど、今はすっかり整っていた。
私が小さい時は、匠はいつもその読書スペースで本を読むか執筆をしていて、私はその横で遊んでいたから、片付いているとなんとなく落ち着かない。
確かいきなり綺麗になったのは、中学一年生の一学期で通信簿を見せた時だっけ。
「さて、どれにしよーかな〜」
普段はゲームばかりしている私だが、結構本は読む。小説家である匠に育てられたからだろう。
この部屋にある本は純小説、ミステリー、ホラー、SF、恋愛、ファンタジーなど、ライトノベルも含めジャンルは多岐に渡り、私の調べによると冊数は3000を優に超えている。
そういえば以前エロ本がないか探してみたことがあったのだが、全くなさそうなのでやめた。
まあ、家に女子高生がいるのに全くそういう目を向けてこない時点で、匠が仙人みたいな人間だということはわかっていたのだけど。
女子としては何か悲しい気もしたりするけれど、匠はそういう相手でもない。
さて、そんなことはいいからさっさと選んでしまおう。
「よし、じゃあこれ読もっかな」
1分くらい悩んだ末、最近発売のライトノベルを読むことことにした。
読書スペースのクッションにぼふっと腰を下ろす。
最近は見慣れた、整然とした光景。
昔は周りが本で埋まっており、たまに雪崩で生き埋めになっていた気がする。
昔は床に散乱していた本で積み木をしたり、ドミノ倒しなんてしてたっけ。
なつかしい思い出である。
と、幼き日々を思い出していると。
「ちょっとやってみようかな」
なんとなく無性に本ドミノ倒しがやりたくなってきた。
大人になってからいきなり子供の遊びがしたくなることがある、というがこういう感情なのだろうか。
まあちょっとだけやってみよう。
「よいしょ」
何冊かを本棚から持ってきて、等間隔に並べる。
最初の本をポン、と押した。
トトトトト、パタン。
訪れる静寂、襲う虚無感。
私は何をやっているんだろう。自分という存在が何なのかわからなくなってきた。
まあでも、なんか。
「……ちょっと、もう一回だけやってみようかな」
追加で何冊かもってくる。
トトトトトトトト、パタン。
「……もう一回だけ」
さらに追加。
トトトトトトトトトトトトト…………パタン。
ちょっとカーブをつけて。
トトトトトト、ト、トトトトト………………パタン。
訪れる静寂、花咲く達成感。
これは意外と————癖になる。
カーブなんてものを付けだしたりしてしまったせいか、創作意欲が湧きだして止まらなくなってきた。
「ちょっと……部屋全体でやってみよ」
普段やったら匠に散らかすな怒られるだろうが、幸いなことに今彼はいない。
彼は長風呂だから2時間は帰ってこないはず。
まあそもそも彼も昔は片付けができていなかったのだが、私の両親より私の片付けを始めとする諸々の生活態度に関して、色々仰せつかっているらしい。
全く大変な役目を引き受けてくれている。
と、いうことで。
十数分後。
「ふ〜。できた〜」
クッションの前から始まり、本棚の間を縫うように進み、途中本の橋を渡り、部屋を一周して最後は本で作ったタワーが倒れる、という大コースが出来上がってしまっていた。
ほぽろん、ぽろろん♪
スピーカーから流れるのは、心地よいメロディー。
のんびりしたピアノメドレーをスピーカーで流すと、やはり効率が段違いである。
この大作、制作時間を考えると結構すごいのではないだろうか。
「さてと、じゃあ」
一本目を倒さんと、ゆっくりしゃがみこんで、慎重に指を伸ばす。
しかしこの時。
スピーカーの音楽と、集中していたのもあり。
ガチャリ。
私は、玄関の方で不吉な音が鳴ったことに気づかなかった。